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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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シルヴィアの見据える先


 王都シュタインズグラードの中枢区に屹立する王城。建築当時から幾度となく増改築を繰り返され、石材とコンクリートの継ぎ接ぎと、それを覆い隠す幾つもの彫刻による、ある種歪な建築美を誇りながら王国の中枢として君臨し続けて来た。


 そこで執られる内政の実態が、それこそ砂上の楼閣という言葉が似付かわしい程に浮ついたものであることは、歴代の国王であれば誰もが痛感するものなのだろう。現にこの城に住まうカルサルド国王は騎士団と魔法技術研究所の権勢を苦々しく思っていることがそれを物語っている。勿論、そこには宰相であるジファルデンもまた同様の考えを持ってるはずであった。


 登城と共に、カルサルド国王がいる謁見の間へと急ぐ傍ら、私の胸中は複雑であった。カルサルド国王とジファルデンが十年前に起こした政変、その理由が魔翼を持つ人造の獣の擁立と、それに伴う騎士団と魔法研究所の排斥にあった。そして、その中で生まれた私とラクロアという存在の中で、彼らにとって鍵となるのはあくまでも『魔翼』を持つかどうかであり、私が用無しと思われるのも仕方がないことではあった。


『かっかっか、真相を知って、ジファルデンに対する恨みが増したか? それともマリアンヌに対する軽蔑か?』


 カーリタースがせせら笑うように私の内心を読み取りながら言葉を発する。


「俺からしてみれば、今となってはどうでもいいことだ。逆にベルディナンド家の立場は今後のことを考えれば使えるだろうよ。今はラクロアとノエラ・ラクタリスに協力することで確固たる立場を作れさえすればいい」


『ジファルデンとノエラ・ラクタリスには既に繋がりがあるじゃねえか。それでも意味があると?』


「俺にとって重要なことは、ノエラ・ラクタリスの権勢ではない。あくまでもラクロア・ベルディナンドと強固な関係性を持つことさ。その意味が結果として実るまでは雌伏の時を過ごすさ」


『くっくっく、それもあの二人が騎士団と魔法技術研究所を抑え込んでこそ意味があるということだがな』


「その通りだよ、カーリタース。俺達に出来ることは国王の軍勢を以て常に騎士団と魔法技術研究所を睨め付けるしかないのさ。この機会を逃すジファルデンとも思えんしな」


 そう、騎士団と魔法技術研究所がノエラ・ラクタリスとの衝突に乗じて国王軍は隙あらばその戦力を削る事を考えているだろう。実際に各地から上級冒険者がベルディナンド家の下に集結しており、ある程度の戦力として確保されている。勿論、その動きを騎士団は察知しており、我々に対して牽制を始めているようでもあった。


 戦況を考えた際に、本来ノエラ・ラクタリスに全力を以て望みたいはずの騎士団と魔法技術研究所であったが、それをさせないこともノエラ・ラクタリスの戦略の一つであり、政治的駆け引きの妙味でもあった。


 ノエラ・ラクタリスからして見れば魔術協会の戦力を王都には出さずに、あくまでもカルサルド国王の軍勢を前面に押し出す事がこの戦略の肝になる。それは招集された上級冒険者達からすれば、いい迷惑だろうが、使える戦力を以て最適解を打とうとするジファルデンの性格からしても、この方向性に間違いはない。


 問題があるとすればそれは、召喚魔法術式の完成に手を貸す際に私が個人的に結んだアストラルド・ローデウスとの魂の誓約ぐらいのものであった。私は今回の戦闘において、魔法技術研究所との戦闘は実質的には不可能となる。現時点ではそれが明確に不利に働くことはないが、どちらかと言えばこの点を知っているジファルデンに私の首根っこを抑えられている方が問題とも言える。今になって思えば、ノエラ・ラクタリスと既に組んでいたジファルデンにとって、あの誓約は渡りに船であったのだろう。


(まあ、今はいい。俺は俺のやるべきことをやるだけだな)


 謁見の間の扉の前に立つ衛兵が私の登場を認めると、言葉もなく脇へとよけ、そのまま扉を開いた。


 私の視界に現れたのは、既に玉座に腰を降ろしたカルサルド国王と、その横に立つジファルデンの姿であった。


 礼儀作法に則れば、国王が姿を現すまでに所作通りに玉座の前で跪き、国王が姿を現すのを待つのが習いであったが、カルサルド国王はそうした礼儀よりも実を取る人間であったが故の対応であろう。その性格を知り、予期していたが故に微塵も狼狽は見せずに形式に則り挨拶を述べる。


「シルヴィア・ベルディナンド・フォン・シュラウフェンバルト、領主代行としてはせ参じました」


 最敬礼と共に、私は国王を見据え、忠義を示す為に跪こうとしたところでカルサルド国王から声が掛かった。


「今は火急の状況なれば作法は不要、そのままで良い。して、シルヴィアよ、貴様がここに来たということは魔法技術研究所における召喚魔法術式は完成した、そういうことだな?」


 彫りの深い顔、栗毛色の髪、そして良く通る重低音の声が、威圧感を放ちながら私の耳を穿つ。玉座の肘置きに片肘を突き、胡乱気な目で私をみる姿には、少なからずとも王とよばれるだけの威厳が備わっていることは言う迄もない。そしてまた、情報の整理についても既に済んでいると言わんばかりに、私がこの場に訪れた理由についても正確に当てて見せるあたり私の行動も予測済であるということなのだろう。


「はい、既に召喚魔法術式は最終調整段階に入っております。ノエラ・ラクタリスも既に王都の外縁部に潜伏をしており、術式の解放と共に戦闘が開始されることとなりましょう。そのご報告に上がりました」


 私の言葉に頷きを見せると、カルサルド国王はジファルデンに視線を動かした。


「であれば囲いの冒険者共を中枢区画へと動かすがいい。王の軍勢は西部区画から内政区画へと睨みを効かせ、奴らの動きを牽制し続ければいい。『魔翼』の力がどれほどのものか、それ次第で我々の動きも変わるというもの。くれぐれも抜かりなきようにな、ジファルデンよ」


「はい、我々の悲願、必ずや成就させてみせましょう。その為の十年ですから」


 ジファルデンは鋭い視線を私に向けつつ、噛み締めるように言葉を漏らした。その隠し切れない敵意の名残は私にとっても同様の感情をジファルデンへと向けさせていることに彼は気づいているのだろうか?


「シルヴィアよ、貴様は既に魔翼を持つ人造の獣には会ったな? お前から見て、如何に映った?」


 そんな悪感情を知ってかしらでか、カルサルド国王はラクロアについて私に尋ねた。その顔は興味津々と言った面持ちであり、余裕が感じられる。まるで自分の持つ絵画を品評されるかのような面持ちに私は違和感を覚えつつも、言葉に従い改めてラクロアについて考えを巡らせることとした。


 私が、ラクロアと会って抱いた印象、それがどのようなものであるのか、これまでの行動から漠然とした印象は確かにあった。しかし、彼と相対することで確証に近い感覚が私の中で芽生えていることを否定できずにいた。


「魔翼を持つ人造の獣、白銀の魔術師、どのような呼称も正確ではないでしょう。彼は、ラクロア・ベルディナンドは、間違いなく人間を超えた『化物』ですよ」


「ほう……貴様のような特別な才能を持つ者をして、そう言わしめるか……それであれば、我々は吉報を待つとしよう。下がって良いぞ、魂の誓約下ではこれ以上の働きは難しかろうからな」


 カルサルド国王はそれだけ言うと、僅かに口角を上げて笑っていた。それは、手綱を握れると錯覚をしているが故に浮かぶ余裕なのだろう。それは未だあの二人がラクロアと直接相対していないからこその感覚であることに私は気づいていたが、それ以上は何も言わず、国王の言葉に従い、謁見の間から退出した。


 頭を垂れ、扉が閉まるのを見送る間、私は改めてラクロアの持つ力の異様さを改めて思い出していた。


 『化物』そう私が断ずるだけの圧倒的なまでの魔力量、隣にいたノエラ・ラクタリスが霞む程にすら思えた人外の魔力を私ありありと思い出し、僅かに指先が震えているのが分かる。


「どれほどの化物か……我々の想像が及ぶ範囲かどうかは、分かりませんがね……」


 そう、魔翼を持つ人造の獣は、()()()()()()()()()()、人の領域を超越した者なのだから。




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