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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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ベルディナンドの獣達 その2『双子の邂逅』


 魔法術式陣に乗るとともに、空間の揺れを感じると、次の瞬間には先ほどまでいた狭い部屋から移動し、良く手入れされた豪奢な部屋が目の前には広がっていた。


 足元は控えめな光沢を放つ赤く染められた絨毯が部屋一面に敷かれており、部屋に設えられた窓からは城下外を見渡す事が出来た。他に入り口は無く、転移による移動だけがこの部屋に入る手段である事を示していた。


「ここは中央内政区と城下町の間に作られた緩衝地帯なのだが、こうして貴族と冒険者なり訳アリ同士が密談するのによく用いられているんだよ」


 私の魔力感知が、室内へと繋がれた魔法の発動を察知していた。移動魔法によって新たに現れた人物はこの移動には慣れ親しんだ様子で、特に躊躇いを見せる仕草も無く、良く通る声で声を掛けてきた。


 奇妙な事にその者が持つ魔力は私がよく知る者と酷似しており、声に関しても同様にどこか聞きなれたものであった。


 振り返ると、そこには黒髪と碧眼の自分とよく似た顔立ちの人間が目の前にはいた。瓜二つと言って過言で無い顔立ちから彼が自分と血を分けた人間であることが容易に理解できた。


「シルヴィア・ベルディナンド・フォン・シュラウフェンバルトだ。フォンを名乗っているのは一応ベルディナンド家の当主代行として政務に関わっているから、とだけ言っておこう」


 シルヴィアと名乗った男、彼はベルディナンド家の嫡男にして十歳にして既に父親に変わり領地の政務を代行しているという。その態度、言葉遣い、そこに感じるのは幼い容姿に見合わない違和感であった。兼ねてからスコットを通じてどのような人物であるかを聞いていたが故に、私はシルヴィアがどのような人物であるるのか、凡その予想はついていたが、それだけに一層、私と似通った在り方に不自然さを覚えていた。


 そしてその様子はそのまま私にも当てはまるのだろう。シルヴィアもまた、私の顔をまじまじと眺めながら皮肉気に笑みを浮かべていた。


 傍から見れば私達が異常な才覚を発揮しているように見えるのは恐らく間違い無いだろう。反面教師的に自分自身も同様の見られ方をしているのかと思うと、少し態度を年相応にする努力をすべきとも思いはしたが、そのような雑事に努力を向ける程の感性は生憎持ち合わせていなかった。


「随分と堅い挨拶だな。形として、中級冒険者『白銀』の魔術師のラクロアとでも名乗ればいいのか?」


「好きにすればいいさ。俺達にとってそれはさほど重要な問題ではないだろう」


「お前は私が生きているということをはじめから知っていたのか?」


「まあ、実のところ有り得るとは思っていたよ。力を求めたジファルデンが妻を犠牲にしてまで産み出した人造の獣が死んでいるとは信じるに信じれなかった。だが、まさか自分の片割れが王都を破壊する、そんな役割を担っているとは思わなかったがな」


 私は「だろうな」とシルヴィアに同意を示しながら設えられた椅子に腰を落とした。


「まあ、それだけ見ると、感動の再開とはいかないわけだ」


 私が半笑でそう言うと、同じくソファに腰掛けたシルヴィアは笑いごとではないと私に迫った。


「それだけではないさ。俺はお前が母マリアンヌによって逃がされた際に、それを知り発狂し掛けたジファルデンに俺は殺されかけた。今となっては笑い話だが、それほどまでにベルディナンド家はお前と言う存在を必要としていた、ということだな」


「それで? シルヴィアよ、お前には我々に協力をした以上、何等か私達に求めることがあるのではないか?」


 そこまで会話に口を挟む事はなかったノエラ・ラクタリスが射抜く様にシルヴィアをその紅の瞳で見つめていた。ノエラの直球な物言いは正しかった。言葉遊びも感情論も私達には必要のないものであった。互いにとっての利益、その一点において協力関係を結ぶことができるといっても過言ではない。


 この場において、召喚魔法術式に罠を仕込む役割を引き受けたシルヴィア・ベルディナンドは私達にその協力の見返りを求めることが出来る立場にあると言えた。何も私達とて、スコットを人質に無理やりに彼の協力を求めるだけではない。

 

「ふむ。腹の探り合いは止めて要点を纏めよう。先ずはラクロアと認識の擦り合わせを行いたい。俺はこの通り、この姿で生まれ、もうすぐ十一歳となるわけだが、恐らくはラクロア、お前と同じように前世の記憶を保持したままこの身体に生を受けている。母親から生まれると間もなく自意識の発芽と共に自分が転生していた事に気が付いた。お前はどうだ、俺と全く同じ記憶があるのか? 前世の名前は思い出せるのか?」


 前世という言葉と転生という言葉を生まれてから何度か考えることはあったが、私自身に具体的な記憶は残っていなかった。それは隠す程の事では無く、ありのままを私はシルヴィアに伝える事とした。


「いや、私にそうした記憶はない。あるのは前世で得たであろう知識だけだな。双子として生まれたが故に記憶の継承が上手く出来なかったのか、私が強制的にマナを植え付けられた事で生じた身体的な変化の影響による記憶の欠落なのか……その事実は分からないが、自分が何者であったのか、そうした部分に関しては綺麗に抜け落ちている」


 シルヴィアは意外そうにそれを聞くと、少し想定と違うなとぼやいていた。


「ほう。それではこの十年お前は何をしていたんだ? 冒険者としての活動を始めたのはこの一年内と言う事は調べさせてもらったが?」


「そこまで分かっていれば、凡その予想はついているんじゃないのか? お前の中に潜む魔の気配……それこそ、その身体にお前が飼っている者にでも聞けば分かる事だろう?」


 シルヴィアは驚いたように私を見て、直ぐに表情を元に戻した。「そこまで分かるのか」と私に対する警戒色を強めたようにも見える。しかし、シルヴィアの身体から立ち上る強大なマナの気配は私の魔力感知を通して濃密にその事実を語っていた。


「お前が魔大陸で生活していた可能性は考慮していたが、その様子だと魔族とも関係が有りそうだな。お前はこのスペリオーラ大陸についてどの程度まで理解している?」


 私はシルヴィアの意図を読めず訝しんだが、要求に答え、素直に私の認識を述べた。


「人魔大戦によって人族は魔族に負け、魔大陸への侵攻を諦めて数百年。独自の魔法技術体系を作り出し、今のスペリオーラ大陸は機能を削がれた王権の下で見かけ上は皆幸福度高く生活しているように見受けられる。貴族内での政治闘争は有れど、国民はそれなりの生活を送れているようだしな。魔法技術の発展によって食料自給は十分に担保され、飢饉も無く、外部との戦争もない。内紛はあれども、影響を被るのは貴族達であれば、平民は自らの生活を侵されずに済んでいるように見えるが?」


 私の言葉を聞いて、シルヴィアは失笑混じりに溜息をついた。


「ふふ。なるほど、それは実に魔族側から見た一方的な視点だな」


「なんだと?」


「お前は、人族が置かれた状況を完全には理解していないということだよ。そこにいるノエラ・ラクタリスも、その事実をお前には未だ伝えていないようだな」


 シルヴィアの言葉にノエラの鉄面皮が僅かに揺らいだのを私は見逃さなかった。


「スペリオーラ大陸は魔大陸を含むこの世界全体から見れば僅か数パーセントを占める辺境の陸地にしか過ぎない。お前はこれまで陸路をひたすらに進んできたようだが、不思議には思わなかったか? この世界には海運が全く発達していない。一部の漁業はあれど、それは沿岸付近に制限されている。沖合には強力な魔獣と魔族によって行動が制限されており、一部海域以外での航行が殆ど不可能な状態だ。また魔法技術の発達によって各都市における魔力消費は年々高まり、その結果として魔石消費量が加速度的に増加し始めている。人魔大戦時にクライムモア坑道を失った結果、技術の発達に対して人々の生活向上水準は極めて緩やかに推移している。魔法技術は効率化を求め、結果として魔法技術研究所と王立近衛騎士団の力が年々増しているのだ。それは一重に魔族による魔大陸の占有、そして人族が魔大陸に存在する資源に対して一切の手出しが出来ない状況がその元凶だとも言える」


 端的にシルヴィアは現状を説明してみせた。魔大陸の規模感等、私の認識には無い部分の情報まで持ち合わせている辺り、かなりの深度でシルヴィアは情報収集に取り組んでいるようであった。


「おかしな話だな。人族は自ら戦争を仕掛けておいて、魔族に負けた。それであれば自らの首を絞めたのは人族だろう? その結果が根底にあるにも関わらず、その責任を魔族に寄せるのか?」


「まあそう言うな。それが人間の視点から見た世界と言う事だ。物言わぬ魔族に対して我々は常に生活を圧迫され続けている。そういった意味で魔族との会話を始める時代が来ているのではないかと俺は思っているが、世間はそうではない。魔族と戦った七英雄の子孫が人族を支配している以上、魔族に対する忌避感が薄れる事は無い」


 これまで見て来た街において魔族という言葉を聞いた事は無かった。しかし、様々な歴史書、小説、物語、英雄譚、歌謡、舞踏、文化的な側面の中には、一般的な生活の表層には出ていない魔族に対する恐怖が明確に描かれており、同様にそれは人々の生活の中で確りと根差したものとなっているのも感じられていた。なによりも、騎士団、魔法技術研究所、彼等がこのスペリオーラ大陸の管理者として君臨していることが、その証左でもあった。


「……数百年に渡る恨み辛みが積み上げたのが今の人族の世界という訳か」


「俺としては、この状況を打破すべく魔族と会話を試みる機会が欲しい」


 平和的な交渉、その裏には増長を続ける騎士団と魔法技術研究所に対抗し得る力を外へ求める、という意味合いも含まれているのだろうことは想像が出来た。


「しかし、此処に来て、時間が徐々に無くなってきていると言える。それこそ、この半年に渡って俺が魔法技術研究所に協力を行い完成させた召喚魔法術式は人族が持つ怨恨の極致と言える代物だ。そして、あの魔法術式の基礎を創り上げたのはノエラ・ラクタリス、あんただろう。何故そこまでして魔法技術研究所はあんたを目の仇にする? 俺が知らない情報がある筈だろう?」


 シルヴィアの言葉にノエラ・ラクタリスは両手の指を絡めながら落ち着いた態度でそれまでの会話を聞いていた。私とシルヴィアの視線に対して、ノエラは意を決したように目を見開き、言葉を紡ぎ出した。


「いいじゃろう。儂が何者であるのか、お前達には話しておいた方がいいだろう。人の世界と魔族の世界に分かれた双子の獣、お前達がそれを望むのであれば」


 そう言うとノエラ・ラクタリスは静かな声音で彼女が何者であるのかについて語り出した。それは、私達にとって自分の在り方を見つめ直す為に必要不可欠な情報だった。


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