アルベルト・ランカスター その2『魔剣を継ぐ者』
「私達は中級冒険者の『白銀』です。右から、ザイ、ミチクサ、そして私がスオウと申します」
私達の挨拶もほどほどにアルベルト・ランカスターは私達を品定めするようにじろじろと眺め始めた。
「ふむ……確かに強いな。龍殺しを為したと言われても十分に信じられるだけの潜在魔力、そしてある程度の練度をそれぞれから感じるか……確かに中級冒険者とは到底思えんな」
潜在魔力量の多さについては、以前ラクロア様からも指摘されていたこともあり、そう言うものか程度にしか思っていなかったが、アルベルト・ランカスターから改めて指摘を受け、それを見抜いた彼の能力に興味が湧いた。
「ランカスター様は見ただけでそれがお分かりになるのですか?」
「かっかっか、まあ魔剣なんて代物を創る家系に生まれればそういう力も身に付くってこったな。下手な人間が魔剣を用いれば、それだけで死に至る事もある。まあ、まともに魔剣の力を引き出す事もできないだろうけれどな。だが、魔力核の実物を見た以上、多少の色眼鏡も掛かっているかもしれねえがな」
アルベルト・ランカスターは私の疑問に答えながら、椅子の下に大きめの布で包まれた荷物を手に取り、中身を確認し始めた。彼が手にして眺め出したのはエルドノックスの魔力核である角の一部であった。それは嘗てラクロア様が首級を挙げた物で間違い無かった。
「これをザンクが持ってきたときは流石に驚いた……。老成したエルドノックスの魔力核を見るのは滅多に無い、なんせロシュタルトの湿地帯に棲息する龍種を狩ろうなんて考える冒険者はそう多くは無い。専門行商を通さずに俺のところに来たのも判らなくはねえな、ランカスターの工房と直接接点を持つという事はそれだけで恩恵は十分にあるからな、口利きを商売にしている奴らまでいることを考えれば、俺とこうして直接会話出来る事がどれだけ価値があるのか、お前達もそれは理解できるだろう?」
魔剣の威力についてはアイゼンヒルから十二分に聞かされていた。潜在魔力を消耗しながら発動する身体強化魔法術式と、魔剣独自の魔法制御。それは本来騎士が苦手とする外部的な魔力操作の手助けを行う補助道具としての役割を持つ一方で、その発動中の負荷は常人であれば一分と持たない程に極限まで魔力を消耗するものであった。肉体的、身体的な磨耗と引き換えに圧倒的な力を手にする魔剣は騎士の象徴であり、それ故に恐怖の対象ともされている。
私自身も、アルヴィダルド・イクティノスの力を目の当たりにし、魔剣の威力は身を以て知っているが故に、アルベルト・ランカスターのいうことは決して誇張でも、奢りでもない。
魔剣の制作依頼という点は、剣匠との繋がりを持つのであれば重要な要素と言えた。ラクロア様の真意が何処にあるかは分からないが、一方で我々が力を持つ事は騎士と対等に渡り合う為に魔剣の存在はいずれは必要な条件となる事を薄々と感じていた。コンビネーションでは対処し切れない圧倒的な力、それはアルヴィダルドに植え付けられた屈辱の為か色濃く脳裏にこびり付いていた。アイゼンヒルにしても彼が持つ魔槍は強力であった。だが、私達が魔剣という力に頼るのが正しいのか、その答えは出てはいなかった。武器に頼るという事は、極限まで自らを鍛え抜いた先にある、限界を越える為の手段なのでは無いかと、自分がその領域には未だ無いという認識があった。
「ええ、その通りですね、私達の目的は王都一と名高い剣匠であるアルベルト・ランカスターとの繋がりを持つことです」
アルベルト・ランカスターは私の世辞の入った言葉を聞き僅かに失笑を漏らした。
「ただ、私達が本日訪れたのは、魔剣の依頼ではありません」
しかし、私が続けた言葉を聞くな否やアルベルト・ランカスターは「ほう……」と、ザンクと共に短剣を眺めていた時のような剣呑な雰囲気を身に纏い始めた。
「はっ、面白えことを言いやがる。大概の連中は真剣に力を求めるもんだぜ、それこそ自分が魔剣を扱える力など無い事にも気付かずにな。まあいい。魔剣が目的じゃねえなら、武器の安定供給か? 繋がりか……。その言い方からすると、ただの個人的な関係性って訳じゃあ無さそうだな。……なんだ、お前ら、何処ぞの貴族とでも戦争でもするつもりか?」
過去にもそういった例があったと言外に告げるアルベルト・ランカスターの瞳には若干の警戒心が浮かんでいた。
「いえ、少なくとも私達にはそういった意図はありませんよ。魔剣に対して個人的に興味があるのは否定しません。ただし、そこにあるのは、我々三人が持つ因縁の清算、その一点のみに対してです。どう例えたものですかね……そこには復讐心も確かにありますが、それよりも、強くありたいという、我欲や執着心から来る力に対する渇望と言うべきでしょうか……」
「ふむん……要領を得ねえな、お前さんたちは俺に何を求めているってんだ?」
「少し、話がそれてしまいましたね。貴方と会ったのは私達の為では無く、あくまでも我々の主人である白銀の魔術師、ラクロア様の為です。これを、ラクロア様からお預かりしております」
私はラクロア様からお預かりした手紙を渡した。
「……俺は何に変えても力を求めるような人間に対して剣を作り続けて来た。その果てに騎士に登り詰めた奴等を何人も見てきた経験からすると、お前達の持つ雰囲気はそういった先を目指す者達が持つ、飢餓感や執着心を強く感じるな。悪くはない、強くなるためには必要だからな……だが、それも行き過ぎると待つのは死だ。精々気をつけるこったな」
アルベルトは私達の危うさを指摘しつつ、受け取った訝しげに手紙の封を開けた。中にはネックレスと手紙が封入されており、それを確認するや否やアルベルトの顔色が急な真剣な物に変わり、手紙を食い入る様に眺めた。
「はは、そうか、ミナレット、あの野郎……」
アルベルトは何処か懐かしむ様に、ネックレスを見ると少し乱暴に懐に仕舞った。
「ラクロアって言ったな。そいつに伝えておけ、確かに受け取った、ブツは後ほど送り届けるとな。……後はお前さん方次第だ。魔剣が欲しけりゃ新たに作成するのも吝かでは無い、龍種殺しには最大の敬意を払うのが剣匠ってもんだ。手紙にあったが、お前等三人が狩った龍種の魔力核を見せてみな」
私は持ってきた龍種の魔力核を取り出すとそれをアルベルトに渡した。
「セトラーナの近郊で狩った龍種の魔力核です」
「ディアブロサイスか……良い魔力核だ、やはり、これを三人で討伐するというのは既に中級冒険者の実力じゃあねえな。因みにこの、ラクロアってのもあんた等並みに強いのか?」
私は被りを振ってそれを否定した。私達並みではない、ラクロア様は遥か先を行く御方なのだから。
「いえ、ラクロア様は我々よりも先を行く御方です。先程のエルドノックスはラクロア様がお一人で討伐された物です」
「ほう……単独で龍種を殺す人間か。近衛騎士並みの力量か。流石は奴の……ふふ、良い戦士なのだろうな」
「恐らくはそれ以上の実力かと。戦士としての実力もさることながらラクロア様の本職は魔術師ですからね。近接戦闘もさることながら遠距離戦に於いても圧倒的ですよ」
アルベルト・ランカスターはそれを聞いて愉快そうな顔を見せた。
「クックック、疑うわけじゃねが戦士としても魔術師としても一流なんざ聞いたことねえな。まあいい、あいつが何を考えていようが俺は依頼を済ませるだけだ。エルドノックスの魔力核は工房で買い取ろう。金銭授受はザンクの奴と済ませるがそれで構わねえな?」
「はい、問題ありません。因みに魔剣はいつ頃に出来上がりますか?」
「そうさな、三日も有れば十分だろう。魔剣の素体は幾つか用意があってな。それに見合った折を見て訪ねに来るといい」
「分かりました」
魔剣を手に入れた後に私達は飛躍的に戦士としての強さを手に入れることになるのだろう。しかし、本当にそれで良いのだろうか。そんな考えが釜首をもたげる。しかし、意固地になる事とアルヴィダルドを倒す事を天秤に掛けるという事は自らの命を賭けるのと同義であった。
そんな私達の様子を見て、アルベルト・ランカスターは愉快そうに笑っていた。
「魔剣を使うか否かは好きにすればいい。戦士なら悩むのも無理は無い。だが近衛騎士であれば、私心を全て投げ打って魔剣を使う事に躊躇いを覚えないだろうがな」
「……それは何故です?」
「そのぐらいは自分の胸に手を当てて良く考えるんだな」
騎士としての在り方の問題なのだろう。彼等は圧倒的な力を持った魔族という存在を滅ぼす為に力を求めている。それであれば、魔剣を用いることに躊躇う理由など存在しない、そういうことなのだろう。
「分かりました。今日のところはこれで失礼致します」
アルベルト・ランカスターに軽く会釈をして鍛冶場から出ると、其処には既にミラルドが待機しており、我々を再び先導し始めた。途中、これは独り言ですが、と前置きを置いてミラルドは我々にアルベルトについて語り始めた。
「……アルベルト様はここ数ヶ月に渡って非常に楽しそうでした。ザンク様と皆様のお陰で御座います。魔剣の力を求めてランカスター家に近づく邪な者は数知れません。それ故に剣匠の意志に関わらず、弱者を殺戮する為の道具と成り下がる事も珍しくありません。それ故にランカスターの剣匠は鍛冶の力量だけで無く、使い手の魂を見抜き、選定する事を求められるのです。ですから、アルベルト様が魔剣を打つという意味は重いと私は考えております。……皆様が善き道を歩かれる事を私は切に願っております」
ミラルドは敷地の出口まで我々に付き添い、深々と頭を下げて我々を見送った。
ランカスター家もまた力を持つが故に力を求める者に悩まされる。そう言った一端を垣間見た気分であった。
「ザンクはこのまま置いていくのか?」
ザイが、そういえばと屋敷の方を見てどうするのかと私に尋ねてきた。
「またここに戻って来ればザンクの消息は掴める筈ですから、我々は国教会周りの情報を集めるとしましょう」
今は、疲労困憊に見えたザンクにも休息が必要と私は判断した。