アルベルト・ランカスター その1『魔剣を担う者』
皆がラクロア様の言葉に同意すると、それぞれが移動ポータルを用いて目的地へと向かう事となった。
移動ポータルは、刻まれた転移魔法術式に己の魔力を流し込む事で、広大な王都の外縁部を東西南北の各要所まで瞬時に移動することが出来る転移装置であった。現在は聖堂国教会の本部が置かれる東部地区は通行止めとなり、転移装置が機能していないとのことで、その理由が明確化されていない中であっても、王都に住まう人々はその不穏な気配を感じ取っているように思えた。
「しっかし、王都っていうのは想像していたよりも、その一段上を行っているって感じだな」
ミチクサは周囲で稼働する様々な魔法による仕掛けを見渡しつつ、難しい表情を浮かべながら感心したり、驚いた表情を浮かべたりと忙しなく表情を変化させていた。
私達が向かうランカスターの工房区画がどこに属するのかを示す地図に示された数字による割り当て先も、等間隔で中空にその数字の羅列が浮かんでおり、現在地点を指し示す役割を担っていた。その他にも通りを行き交う荷馬車の多くは魔力機構が組み込まれ、馬のいない荷台だけが敷設された道路上を自動で移動している。馬のいない馬車という一見すると奇妙な光景は私も啞然とせざるを得ない。
「ノエラ・ラクタリス曰く、住まう人間の数は二百万人を超えるとの事です。ガイゼルダナンの人口が十万人程度の規模でしたから、その大きさは押して図るべしと言ったところですかね……。外縁部も幾つかの区画に切り分けられて東西南北で住まう人々の属性で切り分けられて管理されているようですから、かなり統制が効いていると考えるべきでしょう。因みに件の国教会については東部の区画に属しているようですから、南部区画に位置するランカスターの工房に訪れるのに合わせて、王都の様子を窺うのも良いかもしれません」
私の提案にザイは同意を示し、今後の動きも視野にいれ情報収集を進めるべきだと主張する。
「ああ、それが良いだろう。此処での用事が済めば俺達は騎士団や魔法技術研究所の動き待ちになるんだろう? それであれば可能な限り情報は持ち帰るに限る」
ミチクサも「それには同意するが」と目の前のアルベルト・ランカスターとの交渉について疑問を呈す。
「しっかしよお、ザンクのところには俺達だけで良かったのかよ?」
私達とザンクが別れ数ヶ月、ザンクに対する労いの言葉を掛ける為にラクロア様が帯同するのは筋とも思えたが、状況を加味するれば仕方のないことなのかもしれなかった。
「そうですね……いえ、寧ろそれで良いのかもしれません」
ラクロア様としては、私達にアルベルト・ランカスターとの会談を任せたという事は、最早ラクロア様がいなくとも話が成立段階であると考えての事なのだろう。それであればこそ、私達に王都の中を動き回る為の時間を与えたとも受け取れる。
ラクロア様から預かった一通の手紙を懐から取り出しながら、その内容にどんな事が書かれているのか想像をしてみるが、纏った考えは浮かばなかった。
私達は商業地区に区分される南部区域へと移動すると、ザンクの知らせに記載のあった住所を目指し、区内でも一際大きな工房に辿り着いた。
門戸を叩くと、中から工房とは思えない程に整った姿をした従者が現れた。じろじろと私達の服装と胸元に光る冒険者の徽章を見ながら大凡の事を察した風であった。
「アルベルト・ランカスター様の従者のミラルドと申し上げます。失礼ですがお客様、どなた様からのご紹介で御座いますでしょうか? 生憎当工房は紹介制となっておりまして」
「我々は中級冒険者の『白銀』と申します。商工会議所に所属する行商のザンクからの紹介となります」
ザンクという名前を告げると、難しい表情を浮べていたミラルドの険が僅かに和らぐのが見えた。
「ああ、あのザンク様ですか……確かに内容承っております。アルベルト様は鍛冶場で材料の検品中ですので恐らくお時間頂けるかと存じます。それではご案内申し上げます」
工房内は、居住区と鍛冶場に別れており、鍛冶場自体完全に別の建屋となっている様であった。実際に工房の中に入るとそこは作業場と言うには余りも無機質な造りをしていた。
石材を建築材としているが、石材毎の繋ぎ目は綺麗に研磨されて眼に見えない程に整えられており、それに気づくと少々ぞっとする感覚を覚えた。無、を印象付けられるアーチ型の通路の先に鍛冶場は存在しており、鍛冶場を通る形で素材部屋、鍛治道具部屋、工房で寝泊りする為の部屋、半製品の保管部屋、完成品の保管部屋等、幾つかの部屋が設えられていた。
鍛冶場に置かれた簡素な難燃性と見える鉄骨組みの椅子にアルベルト・ランカスターは真剣な顔で座っており、手元に持った短剣を眺めていた。そして、その対面には同じ様に真剣な面持ちのザンクが鎮座していた。
焼けた鉄、煤の匂いが鼻腔を刺激する以上に、殺気に似た雰囲気が部屋に充満している状況に、私達三人はミラルドの後ろで僅か身構えつつ彼らを眺めていた。
「……そこな冒険者、この短剣をどう思う?」
唐突にアルベルト・ランカスターが我々に話しかけ来た。ミラルドがアルベルトの意を汲んで、その短剣を受け取り、ミチクサへと手渡した。
ミチクサは皮張りの柄を握りその場で軽く振るって見せた。握りを変えながら的確に人体の急所を狙うかのように素振りを見せる。ミチクサによる魔力強化にも難無く順応し、至って使用には問題が無さそうであった。
「俺は普段この手の小物は使わねえが、違和感はねえな。ただ、思った以上に魔力の通りが良いのに何か理由はあるのか?」
ミチクサはそう言いながら短剣をミラルドに返した。
それを聞いたアルベルト・ランカスターは低い地鳴りのような笑い声を出しつつ解説を始めた。
「ミスリル鋼を含有した金属は魔力の伝導率が高いからな。その短剣には六割近いミスリル鋼材を使用している。ミスリルは通常の鉄と混ぜ合金とする事で粘性が高まり、衝撃に対して高い耐性を持つ様になるわけだが、通常は使用しても精々が一割程度が相場だろうが、今回は武器自体の損耗を抑える事で長時間に渡っての使用が意図された配合となっている」
アルベルト・ランカスターはミチクサの質問に答えながら、一般的な武器との明確な差に気付いたミチクサに感心しているようであった。
「それで、これが一体何なのです?」
私の疑問に対して、それはそうだとアルベルト・ランカスターは笑っていた。
「そこのザンクがこの三ヶ月で作成した完成品だと言えば少しは驚くか? お前らに会うという条件の一つにこの製作を課したんだが、この苦行にまさか耐え切るとは思わなかった。たった三ヶ月で実用に耐えられると冒険者が認める作品を作った事実は変わらねえ。くっくっく、今回の賭けは俺の負けだな」
ザンクはそれを聞いて、脂肪が削ぎ落された顔を我々に向けた。以前よりも窪んだ、そして充血した瞳に明らかに生気が灯るも焦点は定まっているようには見えない。絞り出すように出した声は酷くかすれており、よく見ればザンクの至る所に火傷の跡と煤の汚れが目立ち、どれだけの時間、同じ衣服を着続けていたのか酷い汚れが見て取れた。
「はは、……やりましたよ、旦那……」
ザンクは掠れた声で呟くと、張り詰めていた緊張が急激に解けた様で、急に力を失った様に椅子から転げ落ちた。私が地面に落ちる前に身体を抱き支えると、「後は私が」とミラルドがザンクを支えて部屋から運び出した。
「ザンクさんは、あなたの元で働いていたのですか?」
「ああ、期間限定でな。はは、しかし人間ってのは面白いもんだなあ。ザンクの野郎は冬に入る少し前ふらっと此処に来やがって、最初は適当に追い払っていたんだが、一ヶ月間毎日来るもんだからミラルドの奴が根負けしてな。囲っている行商連中に示しがつかねえから徒弟としてお前らが来るまで働く事を条件にしてやったのよ」
「それでザンクさんはこの短剣を造るに至ったという訳ですか……しかし、たったの三ヶ月で、ですか?」
「執念と言うものは人が生きる上で凄まじい動力となるって事だな。当初は三日で逃げ帰ると思ったが、案外粘ってな。挙句に三ヶ月でこの短剣を鍛造しやがった。ただの行商がそこまでする『白銀』って奴等が何者なのか、興味が湧いちまうのも仕方ねえわなあ」
そして、改めてランカスター工房の主は椅子から立ち上がり私達を正面に名乗りを上げた。
「六代目ランカスターの名を継ぐ、アルベルト・ランカスターだ。お前達の知る通り、魔剣の製造を担う者だ」