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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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胎動する予感


 チグリス達と別れ、予定通り二週間馬車に揺られ、私達は王都の目前にまで至っていた。最後の峠道を超えれば漸く王都が見えてくるとの事であった。


 そうした中で、私は改めてノエラ・ラクタリスと国教会に関する一般的な見解を求め会話を進めていた。


 未だに私としては教皇派が内部で活動を続ける理由についての仮説を確かなものにしたいという理由が意図としてある。


「国教会の内紛が未だに続いているが、どう見ている?」


 ノエラは特に興味の無さそうな表情で淡々と見解を述べた。それは要点が整理された答えであるように感じたが、どうやらノエラとしても国教会に関する現状を自分なりに纏めていたようであった。


「奴等は公国において神学と医学、医療事業全般を請け負う団体であることは知っているだろう? いつの世も国として重要な地位を占める者達に権力は集中する。そうした増長がカルサルドにとって目障りであるのは間違いない。実際に国教会に充てられる国費は馬鹿にならない額であり、国庫を圧迫する厄介な物種になっていたという専らの噂すら市井に流れる始末。カルサルドとしてはその統制のために教皇権を剥奪し自身がその座に君臨した訳だ。元々、教皇として国教会の覇権を握り甘い蜜を吸っていた大司祭達は内心穏やかでは無かったのだろうよ」


「王にとって穏健派の粛正を見逃す利点はあるのか? 神学方面に関連する政治闘争の意味合いは理解出来るが、医療従事者は内政には必要だろうに」


「本来であればその通りではあるな。儂はただの我慢比べとして見ておるよ、聖堂国教会が完全に消滅するのは、それはそれで禍根を残すことになるじゃろう。生かさず殺さず、分水嶺の見極めをしている頃だろうよ」


 教皇派に属していたゼントディール伯爵も、恐らくはこうした穏健派を粛清する流れについて、ある程度想定はしていた筈だが、ここまで()()が拡大することは想定外であった筈だった。彼はあくまでも王政に仇なすのが目的であり、悪戯に内部粛清で人員を減らすのは全く以て悪手でしかないと考える質であるはずだった。


「国教会を潰す事で自らの権勢が増す可能性の有る組織……騎士団か、若しくは魔法技術研究所が未だにこの内紛を止める気が無いのは何故だ? 私達を相手にするとしても、これ以上は無駄と考えるのが普通だろう」


 ノエラは私の質問に対し、明確に答えを出して見せた。


「十中八九、召喚魔法術式の贄であろうな」


 その可能性が高いことは私も認識をしていただけに、術式について多くを知る人物の言葉であれば、間違いのない推論として


「召喚魔法術式を発動するに当たり、魂の回廊に接続する為に必要なものが……人の魂か」


「左様、一定量の魂の存在が起動には必要となる」


「だが、人造の獣の中には大量の魂が存在する筈だろう?」


 セトラーナで私が破壊した人造の獣の中には気の遠くなるような魂が集積されていた。王都に存在する人造の獣達も同様に魂をその身に宿すとするのであれば、そもそも贄が必要になるとは思えない。


「重要なのは、術式に直接的に魂が接続されることにある。魔力炉となった獣達はその内に魂を取り込んでいたとしても『魔翼』のように魂を回廊へと己自身で接続することが出来ない。それ故に、獣達が術式に連結された状態で魂を取り込む必要があるということさね」


「なるほど、それであれば王都内で起こる国教会の聖職者達が虐殺されるその時こそが、召喚魔法術式の発動の合図か」


「そう捉えていて間違いはなかろう」


 召喚魔法術式の発動は、私が王都に存在する全ての人造の獣に同調する為の必須事項といえる。しかし、それは同時に王都内に存在する教皇派、穏健派の人間の犠牲が必要不可欠であるとも言い換える事が出来る。


「とは言えそれは……悩ましい問題ではあるな」


 私自身、未だ心の中では迷っているということに少し驚きを覚えていた。


 獣達を解放しなければいずれ訪れる『始祖の獣』による王都の崩壊は免れないのも事実。それであれば、多少の犠牲は看過するべきというのが正しい選択と言うものであることは理解していた。しかし、それでも良心の呵責が確かに私の中に存在していた。


 目の前にある命を救わなくてもいいのだろうか。


 そんな当たり前の想いが去来し、決断を鈍らせている。


「なるほど、それであればそこにアルヴィダルド達がいる、そう考えて間違いはなさそうですね」


 私とノエラの会話に割って入ったのは、側で耳をそばだてていたスオウだった。


「ラクロア様、私は彼に対して因縁めいたものを感じています。これはミチクサも、ザイも同じ思いでしょう。もし、ラクロア様がお止めになられたとしても、私達は奴を打ち倒す為に動かさせていただきます」


 それは、私に対しての確認を求めた物言いではなく、明らかな宣言であった。


 そして、それは私のこの僅かに胸に走る心苦しさを払拭する為の、彼なりの優しさであることは言わずとも伝わっていた。


「ありがとうスオウ……。私からはもう何も言う事はないよ。三人で好きに動くと良い」


 スオウはその瞳に一切の淀みを見せず、精悍な面構えのまま頷いてみせた。

 

 会話を続ける私達に、不意に御者席から声が響いた。


「旦那、着きましたぜ。王都の城壁が見えてきました」


 御者席に座るミチクサの声と共に、荷馬車の動きは緩やかとなり始める。私はミチクサの声につられ荷馬車から顔を出し、王都シュタインズグラード、人族の国の首都を目の当たりにした。


「これが、王都シュタインズグラードか……」


 これまでにない白亜の建造物に私は人の歴史を感じると共に、これから起こる戦いの時が近づいていることを確かに感じていた。


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