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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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国立魔法技術研究所


 魔法技術研究所には多くの魔術師が研究に勤しんでいた。王都の研究所にいる者はその殆どが近衛の称号を持つ者達であり、一級魔術師を超えた、特級に属する者達によって支配された空間であった。


(まるで魔窟だな、ここは……)


 王都の市街地区には存在しない、様々な魔法術式の文献、魔道具、魔力機構がところ狭しと存在している。世に出れば、人の暮らしが変わるであろう術式は構造解析の魔眼を通して見る事でその有用性が改めて理解出来る。


 例えば、物体浮遊の魔法術式、そしてその位置情報の固定化術式。この二つを応用するだけで現在の交通網に変革が起こるのは間違い無い。安定的な出力を維持する為の魔力が問題ではあるが、魔力炉を用いればそれも不可能ではない筈であった。その他にも、熱魔法を応用したミスリル合金の簡易的な抽出及び精製方法など、一部の鍛冶屋が時間を掛けて変性を加える特殊金属の短時間での加工応用もまた、あらゆる加工品に適応が可能であり、人の生活は広がりを見せることになる。


 そもそも、生活インフラにおける文化的習熟度が異常に高いことは兼ねてより疑問ではあった。各地方都市における下水道、特に浄水処理における精度の高さ、安全性はそのまま人の生活の安定に多大な寄与をしている。そして、そこに併せる形で発達を遂げた農業設備における魔法技術による自動管理システム。これは労働力を掛けずして、安定した食料供給を可能とし、スペリオーラ大陸の人口増加の主だった要因となっている。


 どうしてこれだけの高い技術が存在しながらも、市井に普及していないのか……勿論、それを維持する為に必要な魔石の埋蔵量と流通量に限界があることは間違いなく理由の一つなのだろう。


 しかし、その資源的な問題は魔力炉によって解決されるとすれば、魔法技術研究所としてみれば己たちが持つ技術を用いて人の世を拡大させるという目的を以て、拡大路線へと走ろうとすることは間違い無い。


『人間ってのは短い命ではあるが、積み上げた知識をその次の世代へと繋ぐことで、進化の速度を早めることが出来る稀有な生物ってことなんだろうよ』


 カーリタースの感想は彼が魔族であるからこその言葉であるのだろう。しかし、問題はそこに留まらない。人魔大戦から四百年、妄執が実を結んだ結果がこの膨大な技術の集積だとすれば、それが陽の目に出ることなく雌伏の内に死んでいった者達の無念は深いものだろう。


『しかし、それにしても膨大な情報量だな。研究所を創ったのは元はノエラ・ラクタリスだとするのであれば、奴もまた同じ思いを抱いていたのではないのか?』


『……何故、七英雄が魔族に対して戦いを挑んだのか。その理由に繋がると?』


『仮説でしかないがな。本心はノエラ・ラクタリスにしかわかるまいよ』


 私は自分に宛がわれた研究室へと向かい、そこで作業を行っている助手となった魔術師に進捗状況を尋ねた。


「シルヴィア様、魔力炉との同調に今しばらく時間が必要となりそうです。魔力炉一基であればいざしらず、王都にある三百十六基全てに不具合無く同調させるというのは中々に骨が折れる作業ですね」


 赤毛のおさげと、金縁の丸眼鏡が特徴のマリー・ブライトと名乗った二十代後半の魔術師は難しそうな表情をしながらも、作業を正確に、丁寧に進めることに定評があった。あくまでも魔法技術研究所の職員である以上、私が彼女に気を許すことは出来ないがその魔術への精通度合や実際の作業の手際を見るに、彼女は極めて優秀と言えた。研究に没頭する余り食事に手を付けない事が玉に疵と言えばそうだが、そんなものは些事でしかない。


「問題は魔法術式陣を中心とした構築であれば魔術文字によって偏差を調整することが出来るが、アストラルドが求める移動可能な術式と言うのが厄介だな。言うなれば、魔力炉に即時接続が可能となる、『触媒』の制作だからな。調整は容易ではないだろうよ」


 魔法術式陣の中心には、多大な魔力を注ぎ込まれたミスリル鋼で作り出された身の丈程の杖が中空に固定されている。刻み込まれた魔法術式は件の召喚魔法術式と、その魔力供給源となる魔力炉へと起動式を通して瞬時に接続する複数の魔法術式であった。一般的な『触媒』において刻まれる術式は一つか二つ。それに対して、今回、召喚魔法術式の触媒に刻まれる術式は七つとなる。起動式、魔力供給源との接続、召喚魔法術式の発動、抗力の安定化、発動後の対象固定化、そして対象の使役術式、更には『触媒』共有化。この七つの術式を組み込むことは一般的な至難の業であり、私の構造解析の魔眼がなければまともに術式を発動する事はとは困難であろう。


「ですが、術式の共有化については本当に必要な機能なのでしょうか? 私には一見すると無駄な備えに思えますが」


 マリーの指摘は鋭い。今回の共有化とは、魔法術式を発動した者が仮に失われたとしても即時に他者がそおの発動状態を引き継ぐことが可能な機能であった。『触媒』を発動する起動式を起こす為に多量の魔力がそもそも必要となること、一度召喚魔法術式が強制的に解除された際にどのような影響が出るか、その被害を考えた際の補助的な意味合いとして説明を行っていたが、術式の共有化はともすれば敵に術式を奪われる事にもなり得る諸刃の機能とも言えた。


 そして、これは片割れであるラクロアとノエラ・ラクタリスの要望を取り入れた形での術式の穴として私が敢えて組み込んだ機能である。ラクロアが一度、この『触媒』を管理下に置けば、即座に魔力炉――人造の獣達へと干渉が可能となるだろう。


「召喚される存在が強大であればあるほど、それを制御下に置く方法を立てておくことは必要だと私は思いますけれどね。敵はノエラ・ラクタリス。犠牲無しで乗り切れる程、甘い相手ではないでしょうからね、当代最高の元魔導士相手に備えを持ったとしても誰も咎めはしないでしょう?」


 私の言葉にマリーは気難しそうな顔をそのままに一応の納得を見せたが、髪を乱雑に掻き上げながら不満を述べた。


「それは確かにそうですが……単純に作業時間が増えるので、私の身にもなってもらいたいものですね」


「ふふ、それもそうだな。作業がひと段落付いたら市街地で食事をご馳走するよ。暫く休みもとっていないのであれば、数日休みを取ってもらっても構わない」


 私の提案にマリーは気を良くしたのか、皺の寄っていた眉間から少し険が取れたように見えた。


『かっかっか、お前の魔眼の能力を用いれば魔力炉との同調なんぞも大した時間は必要無いだろうに。片割れの為の時間稼ぎって訳か』


『まあな。こちらとしても戦いになる前にカルサルド国王とも十分に対応策を練る必要もあるだろう。ラクロア達がスコットを連れて王都に潜入する時間ぐらいは稼ぐさ』


 私は既に脳内で組み上がっている魔法術式を思い浮かべつつ、如何にして時を稼ぐかに思案を巡らせていた。



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