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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第五章 世界の成り立ちを僕たちは未だ何も知らない
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セトラーナとの別れ


 訪れた際には冬景色に染まっていたタルガマリア領全域も気が付けば雪解けも終わり、地表からは様々な植物の新芽が己を誇示するように力強く生え始めていた。


 石畳のセトラーナ市街を軽く散歩しつつ、快晴の空に少し肌寒い風が印象的な朝、澄んだ空気を肺一杯に吸い込み、春の陽気を噛み締めながら、私は一枚の手紙を手に取っている。


 セトラーナから王都へ向かう為の準備を続ける中で、一足先に王都で魔剣鍛冶師のランカスター家との接触を図っていたザンクからの便りを商業会議所経由で手に入れる事となった。


「王都にてアルベルト・ランカスターの公房で待つ。か」


 使役獣として運用される伝書鳩によって届けられた手紙は極めて短いものであったが、ザンクが自らの成果をいち早く報告したいが為のものであったのだろう。商人だてら、顧客思いが過ぎると内心笑いながらもその手腕は間違いのないものであった。


(最悪、ランカスターとは会えなくて元々と思って居たが、流石と言ったところだな……)


 サンデルス家の邸宅に戻る頃には、馬車への荷物の積み込みは既に完了している様子で、休憩がてらに朝食をつまむ三人が見えた。


「ミチクサ、準備はどうだ?」


「旦那、こっちの準備はとっくに終わっていますよ。後はノエラ・ラクタリスと、スコットの二人が来れば出発可能です」


 暫く二人を待っていると、ルーネリアとキリシア、そしてアイゼンヒルが屋敷から姿を現し我々を見送りに現れた。


「……随分と世話になったな」


 ルーネリアに声を掛けると、これまでと変わらぬ凛々しさを保ったまま、ルーネリアは変わらぬ可愛らしさと、以前と変わらぬ態度を見せている。


「いえ、それを言うのは私達です。お力添え、ありがとうございました」


 それが本音であることは間違いない。憂いを含むこともないきっぱりした物言いに私は少し救われた気がした。


「おっと、私が最後ですかね?」


 私達がルーネリア達と会話を交わしている間に姿を見せたのが、スコットであった。スコットは冒険者然としていた姿は身を隠し、貴族の従者として上質な衣装に身を包んでいる。王都に帰るのであればそれなりの服装を、という考えが如実に表れている。


「遅い。既に出立の時刻は過ぎているぞ」


 ザイが荷馬車から彼等を急かすと、スコットは小走りで馬車に近付き自身の荷物を中に入れ始める。荷物、と言っても大仰なものはなく、魔獣の皮を鞣し縫い合わせた荷物袋二つばかりを適当に荷馬車に放り込んでいた。


「そう堅いことを言わないでくださいよ。王都までの道のりを一緒に行く者として仲良くしたいですからね」


 申し訳なさそうな様子を一切見せずに、堂々とそのように宣うスコットは肝が据わっていると言えたが、それをザイはやれやれと言った風に眺めていた。


 ザイはその様子を苦笑しながらも、良いから早く乗れとスコットを促していた。


 私達に捕らえられてからスコットは開き直ったように素直に私達に付き従うようになっていた。単純にシルヴィア・ベルディナンドと我々が協力関係を表面的には結んでいることからも、自分に害が及ぶことはないと判断したのだろう。


「馴染み方が凄いですね、肝が据わっているというか、何というか」


 スオウも呆れたようにその様子を見ていたが、私はノエラの姿が見えないことが気になっていた。


「ここにおる、待たせたようじゃな」


 先ほどまで何も無かった空間から声が響いたかと思うと、そこから見覚えのある金髪、灼眼を持った人物が、その美しい髪を靡かせながら、重さを感じさせないふわりとした足取りで姿を現した。金の刺繡が施された紅のローブに身を纏った姿は、気位の高さを感じさせるものであった。


「ノエラ、()()は?」


 私はそうした外見上の見た目の他に、ノエラ・ラクタリスが自身のものとは異なる魔力をその身の奥底に隠していることに気が付き尋ねる。超高密度に圧縮された魔力、それが完全に解き放たれた際にどれだけの力を放つのか……。少なくとも前回、タルガマリア城下では見る事のなかった力の片鱗だけに、私としても興味が湧いた。


 私の言葉に、側にいたスオウはちらとノエラを見遣るが普段との違いを特に感じることはなかったようで、訝し気な表情を浮かべている。


「ふふ、気づけるのはお前ぐらいだよ。まあ実際に見てから判断するといいさ。儂を倒すということは必ずしもこの身体を駆逐することでは無い、ということさね」


「それだとセトラーナの守りが手薄になるのでは? 真正面から連中も私達を迎え撃つものかね?」


 私は単純に疑問をぶつけるが、ノエラは首を振る。


「お主が心配する事ではあるまい。大丈夫じゃ、少なくとも儂の二割はここには置いていく。とは言え、街の結界維持や魔術協会への指示出しの為程度にしかならんがな……。少なくとも奴らは過去四度、こうして儂に挑み敗れてきた。その時の経験を基にするのであれば、奴らは常に正面から敵を倒したくて仕方ないのさね、己の力がどれほどのものであるのか、それを知りたいと言うのは古今東西、力を持った者の心理ということだね」


「なるほど、そう言うものか……確かに分る気もするな」


 私は過去に騎士団が前回ノエラ・ラクタリスへと挑んだとされる記憶を朧気ながらではあるが自分の中に存在することを理解し、小細工を講じない騎士としての美意識のような奇妙な感情があることに気が付き頷いた。


「しかし、結果を求めることを最優先とするのであれば、それは極めて無駄な感情だな」


「……そうした感情を捨てきれないのが定命の間、僅かな期間でしか足掻く事を認められない人間の性質というものだな。そういう者達は自分達が定めた方法によって結果を求めたがる。それが間違っていた時でさえもそのやり方を容易に翻すことができない。まあ、だからこそ人の世は続いているとも言えるのだがな」


 ノエラは僅かに憂いを見せるが、私の視線に気が付くと、はっ、と我に返ったようであった。


「やや抽象的な論だが、管理され過ぎた世界ではそれもまた真理かもしれないな。まあいいさ、私達の目的は変わらない。魔法技術研究所と騎士団を止めて、私は人造の獣達を完全に破壊するそれだけできれば十分だ」


「そういう事さね、何であれ王都を舞台とした戦いから逃れることは、儂にはできんのでな。では、行くとするかのう」


 そういうと、ノエラは堂々と荷馬車の中に入り込み、自分の座席を確保して胡坐をかき始めた。彼女の見てくれとして見れば、貴族用の馬車こそが似合う姿だけに、私達のような煤けた冒険者と並んで荷馬車に座り込む姿は奇妙にすら見え、思わず笑みが零れた。


「カフェで香草茶を飲むかと思えば、冒険者と同じように荷馬車に腰を降ろす……形に拘らない当たり、やはり剛胆な方ですね」


 スオウが呆れ気味に私にそう零したが、スペリオーラ大陸において、地位や、形をいうものに対するこだわりを彼女は既に失っているのかもしれなかった。着飾った方がそれらしく見える、というのは他人の目を気にするからこそであり、「そんなものはどうでもいい」という想いを抱いている人間であればいつでもそうした上辺の在り方は捨て去れるのだろう。


「それでは、そろそろ行くとしますかね旦那」


 準備が整ったと見たミチクサは御者席に座ると、私に声を掛け、私の合図を求めた。


「ああ、王都へ向けて出発してくれ。一ヶ月程度の道のりだ。道中を楽しむとしよう」


 私は馬車に乗り込むと、ミチクサに合図を出し、馬車を出発させた。その際にノエラの横に移動して、彼女に一つ疑問を投げかけた。


「移動手段を敢えて馬車にしたが、転移魔法術式であれば皆を一気に王都まで運ぶ事が出来るんじゃないか?」


「ああ、できなくは無い。しかし、王都周辺は近衛魔術師だけではなく、魔力炉を用いた超広範囲に渡る魔力感知の術式網が張り巡らされていてな。正規の手段を用いずに転移魔法を使用して接近すると防御機構に蜂の巣にされる仕組みになっている。儂やお前だけならいいが、他の者を連れて無理やり突破するというのは余り得策とは言えんのでな。王都に訪れる業者や冒険者に紛れて先ずは中に入り込む、これが重要さね」


「なるほど、魔法技術研究所も対策は十分に取っているという事か」


「そういうことじゃ。という訳で堂々と正面から王都へ向かうのが最も安全と言う事じゃな。お主の言った通り、道中をのんびりと楽しむとしようではないか。ふわぁ……それでは儂は寝るとするぞ、無駄な体力を使うのは、魔力の無駄に等しいのでな」


 ノエラはそう言うと大きく伸びをして荷馬車に寝転がり自分の帽子を顔に乗せるとすぐに眠りについた。


 私もまた、目を瞑り、自分の内に眠る誰のものとも分からない記憶をまた一つ解きほぐすこととした。


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