人を斬り、人を護る者
王都に近付くにつれて、人の数は増えて行く。それは整備された交通網のお陰もあり、至る所に村が作られ、交通の要所に要所における休憩地点として用いられていることが理由であった。
そんな最中、立ち寄る村に国教会の支部があれば、穏健派、教皇派を区別する事なく切り捨てる。それが今の私の課せられた任務であった。
「化物め、それでも人の道を示す騎士がやることか!?」
罵声を浴びせてきた司祭に私は無言を貫き、躊躇いも呵責もなく、一閃によって命を奪い去る。
手に残る確かな感触と、斬った身体から溢れ出す鮮血を幾度となく見続けて来た。
(何故、こんなことになったのか……)
命令に従うままに剣を振るってきた。それは騎士として、人の世を護るためだと息巻いていた。そしてそれを誇りに思った日々も確かにあった。
それが今では己の余命に抗う様に、命乞いの如く剣を振るっている。
剣の腕は鈍って行く。衰えを隠すために魔装具で身を包んだとしても、いつかは限界が来るのも理解していた。
聖堂国教会、王国にとっての一つの組織の崩壊は国王カルサルドによってもたらされたと言って過言では無い。使われる側から使う側へ、首輪を掛けられた状況を打破するための施作であれば、それを咎める者はいないだろう。
だが、世のバランスを管理するのが騎士団の在り方であれば、斬らねばならない。
力なき者には死を以って退場を促す、それが騎士団の役割なのだから。
酷い矛盾を抱えた存在である事を皆が理解している、大を生かすために小を殺す。
それは正しい。だが、それはそうあるように我々が置かれているからに他ならない。人が魔族よりも強く、研鑽を積むに適した世界を創り上げてきた、魔族を討ち倒し、人の世界を広げる為に。
我々はその途上にいる。それ故に先へ進めぬ者は斬って捨てる。それが許され、続けられてきた。
(この先に一体何があると言うのか)
抜け出すことのできない螺旋階段を私達は未だに昇り続けている。
◇
王都における中央区画に魔法技術研究所は存在し、世に存在する魔法技術の知識を保管し、そしてまた研究を続けている。ここは私にとっては護るべき人間の研鑽そのものであり、後世に遺さなければならない、力の源泉であった。
天へと上るように作り上げられた国王の居城とは対照的に、研究所は地上には必要最低限の施設のみが存在し、その殆どを地下へと隠す様にして構えられている。魔法術式による防御機構だけでなく、王都の基本骨子となるあらゆる基盤が研究所の管理下に置かれている。
そして、そこには魔力炉も存在し、召喚魔法術式との同調へと向けて調整が施され始めている。
「久しいなアストラルド。こうして二人で顔を合わせるのはミナレット・ラーントルクを取り逃がした時以来か?」
身の丈が二メートルに近い大柄な男、野太い声、見るものがその圧力を受ける偉丈夫が私に声を掛けてきた。騎士団の正装に身を包み、腰に携えたランカスターの魔剣と、胸元に光る銀翼の徽章はその男が、国立近衛騎士団の団長の座に身を置くことを示している。
「ザラツストラ騎士団長、皮肉ですかな?」
嘗て、前国王をカルサルド国王が弑逆せしめた際に、前王の娘であるオリヴィア姫と共に姿を晦ました、前騎士団長ミナレット・ラーントルク。当時、副団長であったザラツストラとしては未だに蟠りが残っていることをうかがわせる物言いであった。
「なに、私も忸怩たる想いを抱いたものだからな、皮肉ではないさ。それで、タルガマリア領へとわざわざ自らの身を晒したのは何の真似だ? 何のためにアルヴィダルドをお前に貸し与えたと思っている?」
それは、私が召喚魔法術式を用いて黒騎士を直接タルガマリア領地に放った事に対する糾弾であった。確かに、魔法技術研究所、騎士団共々、全体を掌握し旗を振る役目ではあれど、直接的な介入を示唆することは足元を掬われかねない危険な行為であった。
それゆえに、力を持て余した死に行く者達が野に放たれ、全ての責を担う形で手を汚し、我々の管理を実行していたのも事実であった。
「ふむ、騎士団長殿。我々の目的は権力闘争でもなければ、人族の保存でも、ましてや間引きでもない。あの一件によって、ノエラ・ラクタリスは我々を止めに王都へと訪れることになるでしょう。盟約に基づき、管理者として君臨するノエラ・ラクタリスを殺し、我々は外界へと道を切り拓く。その意志を見せつけてきたに過ぎません」
「あの召喚魔法術式の完成を以て、ノエラ・ラクタリスを乗り越える算段が付いた、そう言いたいわけだな?」
「その通りです。少なくとも邪魔な管理者が消えれば、後は残された魂の盟約を実行に移すのみ。それは我々、魔法技術研究所のみならず騎士団としても四百年に渡る宿願の達成に至る為に必要な行為であったとご理解いただきたい」
「……ふふ、まあいい。私がミナレット・ラーントルクに対して思うところがあるように、お前もまた前任者であるノエラ・ラクタリスとの因縁を意識するという訳だな。滅私によって築き上げられてきた歴史を背負う我々が、我欲によって事を為そうとするのは些か愉快ではあるがな」
ザラツストラは「それもまた人間の醍醐味だ」と私を嘲笑するわけでもなく、何か納得したかのように笑みをみせた。その太々しい表情の奥には、闘志がありありと見える。
「……いずれにせよ我々はノエラ・ラクタリスという楔を破壊する。そして、同時に騎士団にもやってもらいたい事があります」
ザラツストラは、ほう、と腕を組み、品定めをするように私を見つめた。
「内容は?」
「半人半魔、人造の獣の完成体もノエラ・ラクタリスと共に王都へと来るでしょう。そう、王都に存在する同じ獣――魔力炉を破壊する為に彼は現れるでしょう」
その為に私はタルガマリア領にに魔力炉をわざわざ残してきたのだ。彼もまた王都へと現れる、それでなくては困ると言うもの。人の手に依らない盟約の達成等は断じて私は許さない。我々はあくまでも人の手によって、人の世界を救い、外界という世界を手に入れ、閉ざされた道を拡げることに命を捧げてきたのだ。それであれば、『魔翼』を持つ人造の獣など、我々人間には不要なのだ。
「なるほど、それを俺達に殺して見せろという訳か……いいだろう、人では無い者達を斬る、その為に我々はここにいるのだからな」
魔法技術研究所と騎士団、双方ともに見解は一致している。
我々は、我々の手によって、魔族を超えて見せる。そうして生きてきた、それを願って散っていった者達が紡いだ歴史を私達は知っている。
その為であれば、我々はありとあらゆる手段を用いて、道を阻む者を殺し尽くしてみせる。