表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
140/191

旅立ちの前に その2『騎士としての矜持』


 敵は屠って来た。


 立ちはだかる敵を、己の力のままに、積みあげた力のままに。


 だが、それだけではどうにもならない世界があることを知っていた。


 サンデルス家には辺境騎士となる前、十五年以上前に姉と共に世話になることになった。当時のサンデルス家は公爵家として権勢をふるい、聖堂国教会を嗅げながらに管掌していた。


 そうした中でゲルンシュタット家はサンデルス家に取り入る為に姉を差しだし、当時十二歳となり成人を迎えたばかりの俺を、厄介払いのように姉の護衛として送り込んだ。それは、サンデルス家に逆らう事はしないという、権力者に対するポーズであったのだと、今になっては思う。


 そんな人質と大して変わらない筈の俺達姉弟をゼントディール様は優しく受け入れて下さった。


 それは権力者としての懐の深さ故か、生来の気質故なのか……いずれにせよ、俺達姉弟はサンデルス家に迎え入れられ、多くを学んだ。辺境騎士となることが出来たのも、ゼントディール様の後ろ盾あってのことであるのは間違い無かった。


 初めて人を斬ったのは十四歳の時だった。領地を行脚していていた、ゼントディール様へと放たれた刺客を鍛えた槍術によって屠って見せた。権力者であるサンデルス家に敵は多く、要人の暗殺紛いの事件など数えればきりがない。


 それからと言うもの、事あるごとに姉の護衛だけではなく、ゼントディール様の護衛を担い、主を護る従者として方々へと繰り出し、護り、生き残って来た。


 姉の死と共に、託されたルーネリア、それは奇しくも前国王が弑逆され、カルサルド国王へと王位が移った年であり、公爵家であったサンデルス家のが爵位剥奪の憂き目とあった年であった。


 今思えば、あの十年前からゼントディール様の考えは如何にしてサンデルス家の血を残すのか、この点に主眼を置いていたのだろう。ルーネリアが特異な力を持つか否か、それを気にする姿を幾度と無く俺は見ていた。

 

 ルーネリアは生まれ持った力によって未来を視ていた。破滅の未来を回避する為に父を騙し、情報を隠し、己の人格すらも偽って生存の道を探って来た。ノエラ・ラクタリスがルーネリアに力を貸したことも、ゼントディール様にとっては痛手だったのかもしれない。


 それが、教皇派ひいてはその裏で暗躍していた魔法技術協会と騎士団との繋がりが深まる原因であったとするのであれば、それは悲劇なのかもしれない。結果的にはゼントディール様の願いの通り、事は進んだ、それはいい。


 だが、その最後に救いの手を差し伸べたのが、なぜ何の関係もない、()()()だったのか、どうして俺はあの時素直にゼントディール様に死を与えようとしたのか。


 抗うのは、俺の役目では無かったのか。


 そんな想いが俺の虫の居所を悪くしている。


 これは俺にとってケジメでしかない。人が聞いても理解が出来ないであろう苛立ちのぶつけどころを探していたに他ならない。そして、それを理解しているかのようにラクロアは俺の前に立ち、魔法術式を発動させることなく、長剣を構えながら、剣術を以て俺の想いに応えようとしている。


 このくだらない、だが、どうしようもない騎士の矜持を汲む事が出来るからこそ、ラクロアはゼントディール様を救うことが出来たのかもしれない。


 それは、ただ騎士としての役目を果たそうとした俺には取れない選択肢だった。それを俺は羨ましいと思ってしまった。


 ラクロアは俺には無い選択肢を、自分の想いに殉じる事で叶えようとし、そして、叶える事が出来る力を持っていた。


 俺は悔しかったのだろうと思う、これほどまでにサンデルス家の側にいながら、何も選択することが出来なかった自分自身が不甲斐なかったのだ。


 だからこそ、今ここで本来俺がするべきであった全力の抗いを行わなければならない。そうしなければ、ラクロアという人間に対して、俺は一生負い目を覚えながら生きる事になる。


 それは、それだけは、自分自身が赦せねえ。


『贖い、恐れ、捻転し、吼え散らかせ。“ベルサーガ”』


 それは魔槍を起動する為の言葉であり、全身全霊を以て相対する敵を撃ち斃さんとする合図。


 目に映る全てのものがゆっくりと流れていく。まるで時間が圧縮された世界にいるかのような不可思議な感覚、そして魔力による限界まで押し上げられた身体強化が悲鳴に似た軋み声を上げる。

 長くは持たない、しかしここで、この技を見せることがこの先、白銀の魔術師にとって益になることを俺は理解している。


 王都へ赴き、向き合うは近衛魔術師と近衛騎士、騎士達、その中でも剣聖が持つランカスターの魔剣は他の魔剣を凌駕する力を持つ、その一端をベルザーガを以て知らしめる。


(これが、俺からの手向けだ)


 高速で動き回り、魔力感知によって探知される以上の速度を以て凌駕する、俺が動くたびに軌跡を穿つように紫電が走り、周囲に存在するものを焼き焦がして行く。


 ラクロアは既に目で俺を追う事は諦め、じっと、こちらの出方を窺うように目を閉じ、気配を探る事に集中している。


 容赦の無い男だと思う、己に対する自信に満ち溢れた行為に肝を冷やす。それは過信ではなく、あくまでも自分に今出来る事を行う意志の表れであり、それが出来ると自分自身を信じる者の行為でしかないのだ。


 完全な虚を突く形での行動が出来ないのであれば、問答無用に槍を振るうのみ。


 地面を蹴り、槍を構え、紫電の一槍を繰り出す。音を置き去りにし、受ける者を確殺する為の槍の一撃に、カッ、っと目を見開いたラクロアと視線が交錯する。


 ラクロアはこの一撃が回避が不可能である事を理解してか、先ほどと同じく槍を防ぐ為に、振り抜かれた長剣が槍を斬り上げんと迫る。それは圧倒的な反射によって為された迎撃であったが、しかしそれでも、俺の方が一枚上手であった。


 剣と槍が触れあった瞬間、ベルザーガから紫電が迸り、ラクロアに対して雷撃が奔り、一秒にも満たない硬直が隙となって現れる。


 俺は迷いなく、左手で握った長剣を振るい、ラクロアの脇腹へと滑り込ませる。


「流石は、近衛騎士を超える辺境騎士と言ったところか、アイゼンヒル・ゲルンシュタット」


 左手に握った剣はラクロアの身体を捉えることなく、翡翠色の結晶体によって阻まれていた。


 そして、それはラクロア自身が操作した魔翼ではなく、反射的に現れた自動防御機構としての『魔翼』の発現であった。


「黒騎士達との会話を通し、確かに私は騎士達が積みあげてきた世界を見たはずだった。だが、その積み上げの先に今現在の技術が存在している。君は既に、その頂に近いところに至っているということだよ。誇るといい、アイゼンヒル・ゲルンシュタット。君は強い。『魔翼』が蠢く程にね」


 その圧力は危機感を覚えるものであった。魔槍を発現したベルザーガを以てしてもどれほどの時間、その前に立つ事が出来るのか。


「……俺はどこまで行ってもただの人間だ。魔族を超えるには未だ力は足りないのだろう、だが、それでも先を目指す者達が集うのが近衛騎士であり、近衛魔術師達だ。奴らは人間にして人間を超えようと願った者達だ。これまでの人生を、積みあげてきた歴史を、それを全て踏みにじることになる」


「分かっているさ。関わると決めたからには責任は果たすよ。人造の獣を解放するだけで収まらない事は理解している。その先もまた、私は責任を持つ必要がある」


「……それで、お前はいいのか?」


「いいのさ。もしかしたらいつか後悔するのかもしれない。今すぐ逃げ帰って見ない振りをして、生きる事もできる。それでも、私はここまで出会った人々の姿を見てしまった。だから、出来る限りのことをするよ、それが今は正しいと思っている」


「……そういう生き方が、俺には出来なかった。俺はゼントディール様の騎士としての在り方と、お嬢を護ると言う使命その両天秤、どちらかを捨てざるを得なかった。全てを救う選択肢など、最初からなかった……。自由に選択を、そして人よりも手を伸ばす事が出来る範囲が広い、お前を羨ましく思う」


「アイゼンヒル、君はルーネリアと共に生きるといい。タルガマリア領はここから立て直しが必要だろう? 人は思った以上に好きに生きていいはずだよ。悔やむことはない。いつか、伯爵ともまた会える日が来るように、その時が来たときはまた手を貸してもらいたい」


「ああ、分かっている。少なくともそれまで、死ぬんじゃねえぞ?」


「ふふ、お互いにね」


 騎士として、ラクロアと出会えたのは幸いだったのだろう。そしてこの先は人として如何に生きるか、足元を見るだけじゃなく、更にこの先を考える為に時間を使いたいと今は思う。





 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ