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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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旅立ちの前に その1『槍を操る者』


 シルヴィアとの会話を通して、魔力炉を破壊するための算段を付けつつ、王都へと向かうための準備を進める必要があった。


 タルガマリア城下の凄惨な状況から、ルーネリアはセトラーナで臨時領主として政務に駆り出され、それを補助する形でガイゼルダナンから幾人かの政務官が遣わされていた。


「ラクロア様、お久しぶりです。……また随分と、練り上げられましたね?」


 私に声を掛けたのはガイゼルダナン家の元辺境魔術師であるキアラであった。彼女もまたタルガマリア領の政務執行の補佐としてルーネリアの下に派遣されたようであった。


 それがシャルマ公爵として、ルーネリアの後見人としての地位を固める為の施策であることに理解が及び、手際の良さに対して舌を巻いていた。


「男子三日会わざれば活目して見よ、なんて言葉があるくらいだからね。年頃の男というものは成長を続けるものだよ。それで? シャルマ公爵から言伝かい?」


 キアラから渡された手紙には簡潔に「タルガマリア領については任せ給え」とのみ記載されていたが、私の憂いを断つには十分な言葉であった。


「君がルーネリアの護衛も兼ねるということか。まあアイゼンヒルにキリシアもいれば十分な戦力でもあるか……今後はカルサルド国王の承認を得て、ルーネリアは爵位を引き継ぐことになるわけだな?」


「はい、その通りです。国教会の再編にもご尽力いただくことになります。魔眼の能力を欲しがる者は多いでしょうから、その点もカルサルド国王並び、シャルマ様が上手く管理していくことになるものかと」


「ある程度の自由と引き換えに得られる地位という訳か……家族を亡くし、多くの領民を失い、それでも貴族としての在り方を取らざるを得ないか」


「それがルーネリア様の選んだことなのでしょう。自ら父上を討つと決めたお心は立派です。シャルマ公爵も後ろ盾となった以上、無碍にされることもないでしょう。犠牲を払い、それだけの報酬を得ることが出来たということだと思います」


「結果を得る為の代償か……私もそれを肝に銘じておかなければならないな」


「それだけの力を持っていても失うものがあるのですか?」


「……零れ落ちる物は常にあるさ。手が届く範囲が人よりも少し広いかどうか、その程度の違いでしかない」


 全てを救うことは出来ない。私自身の成り立ちがそうであるように、この世界はそのように出来ている。けれど、それでも足掻き続ける事で届く範囲を広げようとし続けることに意味があるのだと、ルーネリアを見ていて思う。彼女を助けたいと思ったのも、その必死さが私を動かしたのかもしれない。


「そうかもしれませんね…… それでは、そろそろ私は行きます。……ああ、そうでした、アイゼンヒル様がラクロア様を探していらっしゃいましたよ? ルーネリア様の邸宅にいらっしゃるとは思いますが……」


「ありがとう。こちらでも探してみるとするよ」


 私はキアラと別れ、魔力感知を通してアイゼンヒルがセトラーナの街から出た、平野に一人佇んでいるのを感知する。まるで私が来ることを理解しているかのように剣気を放っていることからも、私に何等か用があることは間違い無いのだろう。


 転移魔法術式を用いて、移動を行うと、その魔力に反応したようで、アイゼンヒルはこちらに向き直った。


「ふむ、先ほどキアラと会話をしていてね。私を探していたと聞いたのだけれど、間違いないかな?」


 対面したアイゼンヒルはこれまで放っていた獣のような圧力をその身に潜め、限りなく落ち着いた、ともすれば見透かすような目でこちらを見遣っている。


 ゆっくりと息を吸い、吐く。その動作だけで、アイゼンヒルが何をこれから行おうとしているのかについて私は察しがつき、目を細めた。


 アイゼンヒルは自身の身長を超える槍を携え、言葉もなくその穂先を私へと向けて見せた。


「理由は聞かせてくれないか……いや、逆に理由はいらないかな?」


 気負いのない魔力が全身を駆け巡り、魔力の動きによる先読みが極めて困難なほどに均等にアイゼンヒルの身体を魔力が覆い尽くしている。


 魔力によって強化された身体能力を考えれば、既に間合いと考えて差し支えない状況下に置かれていることに気づく。


 刹那の合間に繰り出された神速の槍がアイゼンヒルの腕と一体化したかのように迫り来る。


 私は長剣を引き抜き様に、迫る槍に合わせ、切り上げると共に距離を潰すべく一歩踏み込みを行うも、アイゼンヒルは既に私の間合いの外に退避を見せている。


 槍と剣の間合いを理解するアイゼンヒルは常に自身が有利な状況下で槍を振るう事を徹底する構えを見せ、私は上段に剣を構え直す。


 二度目の衝突は横薙ぎに脇腹を狙った一撃であり、僅かに身体を開くことで私は槍撃を交わすと、うねる様に切り返しを図る槍の腹を叩き落とし、滑る様に剣を跳ね返しながらアイゼンヒルへと襲い掛かる。


 それは読んでいたとばかりに、アイゼンヒルは槍を手放し、腰元の剣を引き抜くと、私の一撃を易々と受け切って見せ、刃をずらしながら私の体勢を崩さんと蹴りを放ち、私を後退させて見せた。


「槍を手放してすら見せるか……」


 アイゼンヒルの行動は意外であった。彼が槍術に自信を持っていることは理解しており、よもや防御の為だけに手元から槍を手放すことがあるとは想像だにしていなかった。


 何事も無かったかのように、アイゼンヒルは槍を拾い上げ、すぐさま構えを取り直してみせた。右手に長剣を握り、左手で槍を構える姿は伊達ではなく、一朝一夕には真似のできない雰囲気を醸しだしている。


『贖い、恐れ、捻転し、吼え散らかせ。“ベルサーガ”』


 アイゼンヒルは躊躇いなく、魔槍の名前を静かに呼び起こし、仕込まれた魔法術式を完全に開放して見せる。


 その次の瞬間、アイゼンヒルが視界から姿を消した。


 魔力感知によってのみ把握することができる程の速度と共に、紫電の閃光が周囲を包み、超高速でアイゼンヒルが移動を行っている事を把握し、私は長剣に魔力を込め、それを迎撃する構えを見せる。


「本気、という訳だな。いいだろう――来ると良い」


 私はアイゼンヒルの全てを魔法術式を使う事なく捌き切ることを心に決めていた。それが、騎士としての彼の想いに応えることになるとその時、信じて疑わなかったからであった。

 




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