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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その7『ベルディナンド家の少年』


『スコット……では無さそうだな』


 通信魔具を通して感じる得体の知れない雰囲気を俄に感じ取り、私はその先にいる者へと問いかける。


『然り。ノエラ・ラクタリス、そう言えばわかるかな?』


 妙齢の女性の声、ノエラ・ラクタリスという言葉に私はスコットの状況を完全に理解した。


(『白銀』との繋がりはそれほどに強い、か)


『なるほど、流石は魔術協会の統括者、余所者への対策は万全と言うことか……であれば、私達が何を求めているかは既に理解しているだろう? 全く……ノエラ・ラクタリス程の人物であれば人質など取らずに堂々とベルディナンド家の門戸を叩けばいいものを』


 スコットを拘束する正当性を先ずは問い掛ける。スコットはそれなりに強引に調査を行う性質ではあるが、ベルディナンド家に不利になるような行動を取る人間ではない。そこを信じるのであれば、論点はそこには無いはずである。いずれにせよ外交的な話で解決する方向性に持ち込むのが正着手だろう。


『ちと邪推が過ぎるのう。我らにお主の従者に対する敵意は今のところない。ラクロア・ベルディナンドがお主の従者に頼み込んだまでよ。今回の騒動、お主との直接の対話が必要でな。従者であれば血族を無碍にはできまいと踏んだまでよ』


『よく言う……それで、騒動とは、聖堂国教会に端を発するタルガマリア領内の顛末についてか? それと私を如何にして結びつけると?」


『ふむ、先ずは儂等の立ち位置整理した方がいいのう。タルガマリア領における召喚魔法術式の発動、それにお主も一枚噛んでいるだろう? アストラルド・ローデウスが今回の内紛における劇作家であれば、お主は舞台道具係と言ったところかのう』


 私はノエラの言葉がナイフの切先の様に喉元に突き立てられたかのように思え、自身の迂闊さを呪った。


 アストラルド・ローデウスは魔法召喚術式を自ら使用する事で、魂の制約に関係なく間接的にベルディナンド家を渦中に引き摺り込むことに成功していたのだ。


 しかし、そこで一つ疑問が生じた。何故、それをこの女は知っているのか……その点に考えを巡らせる中で、一つの可能性に辿り着き私は改めて自身が道化を演じていた事に失笑した。


『……なるほど、ノエラ・ラクタリス。あんた、最初からジファルデンと繋がっていたな? それ故にジファルデンはアストラルドを私の下に連れてきた訳か』


 確かにそれであれば、ジファルデンがアストラルドを屋敷に通したことも納得が行く。いい様に動かされたという訳だな。


『ラクロアよ同様に頭は切れる様じゃのう。可能性として大いに有り得ると踏んでいたまでよな。アストラルドは優秀だ、だが天才ではない。その執念によってあらゆる手段を用いる事に躊躇いがない。儂に挑む力を得る上で、構造解析の魔眼の存在を見過ごす訳はない。お主を取り込もうとするのは分かり切っていたまでさね』


 構造解析の魔眼、現存する魔法術式に関してその仕組みの分解、再構築を補助する魔術特化の能力を確かに私は持ち合わせている。魔法技術の研究者にとっては喉から手が出るほどに欲しい代物であることは間違い無いだろう。


 私が過去からそのような力がある事を喧伝した覚えは無い。しかし、ベルディナンド家の一員として生き残るために力を見せる必要に迫られた事は幾度となくあり、母であるマリアンヌ・ラーントルクの才覚を知る者が私もまたその能力を継承したであろう事を予測するのは想像に難くない。


(私を巻き込んだ上で何をさせるつもりだ……?)


 そしてまた、アストラルドがこの魔法召喚術式を世に知らしめるにあたって、ベルディナンド家の名前を用いるとするのであれば、間接的に今回の内紛にベルディナンド家が関与している事を明らかにすることとなる……それが広く知られればジファルデンとも繋がりの深い、国王の心証は決して良くはないだろう。


『とは言え、致命的では無いな……お前達の頼りにする懸念は現段階では言い掛かりに近い話だ。そしてなによりもあの術式は欠陥品だろう? 発動に掛かる莫大な魔力を補う術が無い上に発動した後にも継続した魔力供給が必要となる……それこそ、際限無くな。そして何よりの問題は、召喚した存在の制御が容易には出来ないという点にある』


 それこそ発動に掛かる魔力量は都市一つに使用される魔石を掻き集めたとしても足りない程だろう。使用するために必要なコストが高すぎて使い物にならないと言うのが私の正直な見立てであった。


 しかし、私の目算を頭から否定する声が響く。


『だが、実際に奴は魔力炉という代償を支払ってまで奴は術式を起動した。そして重要なことはその欠陥をお主であれば完成に導くことが出来るという点にある。今回の小規模の起動だけでアストラルドは満足はすまいよ』


 ノエラ・ラクタリスの話はあながち的外れでは無いのだろう。アストラルドに魔法術式の改良を求められる可能性は十分にあり得る。今回、アストラルドが術式を発動する為に、魔力炉を犠牲としたというのは初耳であった。どうやって術式を発動したのかについては気になっていたところではあったが、確かにそれだけの出力を持つ魔力機構を用いれば起動も可能ではあるだろう。


(魔力炉……カーリタースが私に以前語って聞かせた魔法技術研究所によって存在は秘匿されてきた人造の獣の成りそこないか……)


『確かにそれであれば、術式の起動は可能か……しかし、貴重な動力を犠牲にしてまで拘る理由が分からんな……まあいい。それで、あんたらの要求はなんだ?』


『発動後に外部から直接術式自体に干渉できる様に魔法術式に穴を組み込んで欲しい』


 その声はどことなく聞き覚えのある男の声であった。そう、それは私自身の声に酷似したものであり、ノエラと共に片割れが通信魔具越しに存在していることを私はようやく確認することが出来た。


『……お前がラクロアだな? 流石は双子、声も似ると言う訳か。しかし、発動後の干渉か……出来なくは無いが何故そんなことをする必要がある? 無用の長物にすると言うことであれば、いっそのこと発動後の術式を時限式に瓦解させた方が奴らに対する嫌がらせには適していると思うがな』


 そう私が冗談めかして言うと、冷静な声音でラクロアはそれでは足りないと説明し始める。


『ここで重要なことは、召喚魔法術式を物理的に使用不可にする事にある。発動後、術式に干渉し魔力供給源となる王都に現存する魔力炉を全て破壊する』


 その不穏当な言葉に私は耳を疑う。ラクロアの言葉に困惑を覚えつつ、真意を推し量る為に会話を続ける。


『王都に存在する魔力炉を全て破壊する、か……お前は何を言っているのか分かっているのか? そんなことをすれば王都の都市機構が完全に麻痺することになる。私にはそこまでする理由が見えんな』


 王都に存在する魔力機構が全てとまった時にどれだけの被害が出るのか、考えるのも億劫となる規模の被害が予想される。それを全て破壊すると言うのは正気の沙汰ではない。


『アストラルド率いる魔法技術研究所、そして近衛騎士団は魔大陸への再びの侵攻を目論んでいる。その為の召喚魔法術式を王都にて発動しようと画策しておる……それを止める為、と言えば納得するかのう?』


 ノエラ・ラクタリスの言葉は確かに、国王派閥の者達からすれば貴重な情報であった。魔法技術研究所、近衛騎士団が魔族に手を出すというのは、穏やかな話ではない。前国王によって打ち切られた魔族との繋がりが完全に途絶えることになりかねない。このスペリオーラ大陸という閉じられた世界において、魔族との徹底抗戦が良い結果になるとは私は思えずにいた事もあり、ノエラ・ラクタリスの情報は思案に値するものであった。


『傾聴に値はするが……だが、それで王都を壊滅に追いやるというのは余りにも短絡が過ぎると言うものではないのか?』


 私の言葉にラクロアが追い打ちのように反応を見せる。


『人造の獣をそのまま放置し続ければ、魂の回廊を辿って冥府の王が人造の獣に囚われたままの魂の解放を求め、王都を襲う。私は一度奴に遭遇したことがあるが……あれを止める術は人間には存在しない。いずれにせよ限界は訪れる、遅いか早いかだけだ』


 ラクロアの言葉を受け、今まで沈黙を保っていたカーリタースが反応を見せる。


『シルヴィア、残念ながらこいつらは嘘を言っちゃいねえ。出来損ないの人造の獣は生物の魂を捕らえたままそれをその身に取り込み続けていやがるのさ、そのうち痺れを切らした冥王を名乗る『始祖の獣』が全てを破壊する為に魂の回廊を抜け出てくる可能性は否定できねえなあ』


『カーリタース、こちらで単純に魔力炉から魂を解放することは出来ないのか?』


『無理だな。俺達には破壊する術がねえ。人造の獣は超高密度の魔力精製を行う過程でその身を維持している。傷を付ける事さえ人間には無理な話だろうよ。なんせ、この俺の魔力を持ち合わせているわけだからな……魂の濾過と解放、それこそが本来の『魔翼』の役割だからな、少なくとも人間には無理ってもんだ』


 達観した様子で私に状況を語り聞かせる様はカーリタースの言葉に嘘が無い事を示していた。


『……身から出た錆、これまでのツケを払わされるという訳か』


 私がぽつりとつぶやくと、ラうロアがそれに同意を示す。


『誰かがやらなければならない。そしてそれをやる者が必要であるとするならば、同じ人造の獣である私こそが相応しかろうよ』


 ラクロアの言葉の裏に決意を感じ私は逡巡していた。果たしてそれが正しい行為なのかどうか、判断を下すことが出来ずにいる。


『……ノエラ・ラクタリスの狂言回しによってベルディナンド家が表舞台に立たされるのを回避する機会、そう捉えられなくもないとするのであれば、少なくとも、召喚魔法術式を止める事で得られる利益はあるか。いいだろう、その話に乗ってやる』


『いい心がけじゃな。儂等は準備が出来次第、王都へと向かう。くれぐれもアストラルド達に気取られぬように動いてもらいたい』


『分かっているさ。こちらとてそれほど間抜けではないさ』

 

 ふと、これまで会ったこともない片割れであるラクロアに対して、これまで聞いてみたかった質問が脳裏を過り、話の終わりに投げかけて見ることとした。


『ラクロア、一ついいか?』


『なんだ?』


『お前にとって、人族はどう映っている?』


 ラクロアは、己自身を人として見ているのか、それとも『魔翼』を持つ魔族として考えているのか、それに興味があった。母の手によってこれまで柵に囚われる事のなかった彼が何を想うのだろうか。


『曖昧な質問だな……。ただ、内面を吐露するのであれば、今は手の届く範囲の者を護りたいと思っている。それだけさ』


 私は意外な回答に零れる笑いを抑える事が出来なかった。


『くっくっく。いや、すまない。面白い奴だなお前は』


 ラクロアがスペリオーラ大陸に姿を現してから積み上げてきた幾つかの功績、そして『魔翼』という強大な力を持つ半人半魔の人造の獣、そのラクロア・ベルディナンドという人間の本質が思いのほかに慎ましく思え、可笑しかったのだ。


『だが、それでいいのかもしれないな。凝り固まった人間の目を覚まさせるのはいつだってそういう奴の役割だからな』


 私はこの袋小路に陥った世界を管理する、行き詰まった者達の姿を思い描いていた。



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