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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その6『血の繋がりを知る者』


 世界が潰れたかと錯覚する程の圧力を目の前にいる少は放っていた。


 魔力の過多の問題ではなく、何処までも底の見えない静謐さがより私の恐怖を助長させている。


「ああ、確か冒険者管理組合で会って以来だったな」


 ガンダルヴァ討伐前にルーネリア・サンデルスを連れ立って冒険者組合に訪れていたところ接触を図ったことを少年は言っているのだろう。


 伸びた銀髪の合間から碧眼が私を見透かす様に覗き込んでおり、息が詰まりそうになるのを何とか持ち直しつつ平静を装いながら言葉を吐く。


「……そうだな、ガンダルヴァ討伐にタルガマリア城の制圧においての活躍は聞いている、酒場でもその話題で持ちきりだよ」


 少年は私の言葉もどこ吹く風と言った様子で、そんな事を聞きに来たわけではないと、不敵な表情でそれを語る。そして少年は抑揚を欠いた声音で滔々と私のしくじりについて指摘し始めた。


「遠距通信用離魔法術式、確かに有用だ。私の魔力感知においても全ての読解を受動的に、それも即時に行うことは難しいが、ここは魔術協会のお膝元であるセトラーナ、そうであればこそ、監視の目は常にあると言うわけだ」


 私はそこで、私を見つめる小動物の息遣いに漸く気が付き歯噛みした。


「魔術協会ですか……それで、あなたの望みは?」


 ちりちりと体内からせり上がり始めた焦燥感が全身へと緊張を伝え始めていた。彼が放つ魔力はとてもではないが私が抵抗出来る限度を超えている。獅子は兎を捕らえるのにも全力を尽くすとは言った物だが、彼の油断の無さは、単純に私の活路を封殺していた。


 何かに乗じて逃げる算段すら脳裏から失せてしまいかねない圧倒的な圧力に、今にも膝が折れかねず、じとりとした冷や汗が背中を伝い、ポーカーフェイスを保つのが精一杯であった。


「言わなくても分かる、と言うのは買いかぶりでしょうか?」


 不敵に笑う彼の姿を見据えつつ、逃げ出す為に現状公算が高い方法を模索し始める。じわりと魔力を違和感の無いように操作をし、肉体強化を行う為に意識を集中する。しかし、それを数舜で看破した彼は私の魔力操作を見咎め、警告を発した。


「止めておいた方がいい。人に風穴を開けるのを趣味にはしていないのでね。答えは単純さ。シルヴィア・ベルディナンドに渡りを付けて欲しい、ラクロア・ベルディナンドの頼みと言えば彼も無碍にはしまい」


 少年が自らをベルディナンドと名乗ることは意外であった。己の出自を知っているとはシルヴィア様も知ってはいなかった様子であった事も有り、真意を図りかね、私は困惑の表情を浮かべていた。


「その通信魔具を借りるだけでも構わない。今重要なのは、奴と会話をも持つことに他ならない」


 敵意は無いことをラクロアは表明するも、それは都合の良い言葉に聞こえ、私はそれを鼻白みながら聞かざるを得なかった。


「詭弁ですね。いずれにせよ私を逃がす事は無いのでしょう? それでも、あくまで私の自由意志によって選択を促すことで信用を買おうと言うのは余りにも虫が良すぎると言うものです」


「だが、抵抗は出来まい? あなたの理解の通り、選択肢があるようで、実質的にはそれは選択とは呼べないのかもしれない。まあ、こんなところではなんだね、場所を変えるとしようか」


 ラクロアが呟いた瞬間、僅かに魔力の律動を感じ、咄嗟に身構えようとした一瞬、視界が歪んだかと思った次の瞬間に、私は見知らぬ部屋の中に立っていた。


「なっ……これは転移魔法術式!? 今の一瞬で?」


 どうやら私は彼を甘く見積もり過ぎていたようであった。超高速での魔法術式構築による空間移動、それも私に発動を感じさせることなく実行する手際、改めて、途方も無い人物と相対している事に気づかされ、思わず手先が震えてしま。


「ふむ。お主がシルヴィアの従者という訳か。思いのほか若造じゃのう」


 香草の仄かな残り香が漂う部屋には、老女のような言葉遣いをした美女が一人、私を待っていたと言わんばかりに椅子に腰を降ろしたまま私を見遣り、そう評した。この薄ら寒くなる程の美貌を持った魔女からは、私が感知できる範囲で言えば、ラクロアに負けず劣らず濃密な魔力を宿しており、悪戯に私に警戒感を抱かせている。


 私は自分が置かれた状況に徐々に追いつき始め、彼女の金髪と紅く妖しく光る瞳の特徴から彼女がスペリオーラ大陸随一と謳われた魔術師本人であることに気が付き、驚愕の声を上げた。


「ノエラ・ラクタリス!」


 私の上ずった声を聞いて、彼女は妖艶に笑っていた。


「愛い反応をするものじゃな。いや、本来はそのような反応こそが、このノエラ・ラクタリスとの邂逅に相応しいものであるのかもしれん。ラクロアが余りにもそう言った点に無頓着であるが故、暫くは酒の肴にでも出来そうじゃな」


「貴女はシルヴィア様へ何を伝えるつもりですか? あの方はジファルデン様とは違います。力への妄執も、権力への希求からも程遠い御方だ。シュラウフェンバルト領を真に治め得る方に何を吹聴するおつもりですか?」


「吹聴とは、嫌われたものだな……しかし、ジファルデンとは違いその様子からすると部下想いではあるようだな。なに、知らぬうちに舞台へと上げられていたことを告げてやるだけさね……いや、種明かしと言った方が正確かもしれないがね。何れにそよ舞台は整った、それであれば、後は道化として躍るだけだとな」


 ノエラ・ラクタリスに漲る魔力に私は気圧されながらに気づき始めていた。


 今ここで何かが新たに始まろうとしていることに。


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