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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その5『先へ進む者達』


 目を覚ますと、浮かない顔で私を覗き込むルーネリアの顔が真っ先に飛び込んできた。


 判然としない意識が徐々に明瞭となり自身がベッドの上に寝かされている事に漸く気がついた。


「ラクロア様、ルーネリアです。お分かりになられますか?」


「ああ、大丈夫だよ。気を失ってしまったようだね……心配を掛けたかな?」


 身体を起こすと、部屋にはルーネリアだけで無くスオウ、ザイ、ミチクサ、キリシアそしてノエラが安堵したかのように私を見遣っている。


「ラクロア様が倒れたと聞いた時はどうしたものかと思いましたよ。無理は禁物ですよ?」


 スオウがやれやれと言った体で私を嗜めるように言うと皆それに同意するように頷いていた。


「それでノエラ、彼は……獣はどうなった?」


「完全に機能を停止した。魔力精製が止んだと同時に身体崩壊が起こった。亡骸は既に埋葬済みじゃ」


 私はそれを聞いて胸を撫でおろした。苦痛に苛む彼の道は幕を下ろし、それを無事に私が引き継ぐことが出来たと分り、ほっとしていた。


 これは彼との会話、願いを引き受け、そしてこの先に訪れる苦悩の日々を、いつか自分が果たすべき責任を全うする為の第一歩を踏み出したことに他ならない。


「そうか……それであれば、私は役割を十分に果たせると言うわけか」


「それは無理じゃろう」


 私はノエルの否定に首を傾げ、その意図を問うた。獣は強制的な生を終えたはずでは無かったのか。


「お主、あれから一週間に渡って昏睡状態が続いておったのだぞ。王都に存在する全ての獣を解放することは難しかろう」


 唐突に告げられる、一週間という時間に対して私は皆との温度感の差に今になって気が付いた。


「……あの後一週間も眠りについていたのか」


 私自身にその実感は無かった。夢……いや、魔翼を通した魂の干渉。その会話の中で出会った様々な人々の記憶、想い、全てが一瞬のうちに過ぎ去ったように私は感じていたのだ。


「それだけお主にも負担が大きいことだったのだろうよ。人造の獣が取り込んだ魂を紐解き、浄化する為の時間と考えれば分からない話ではない……だが、それが王都で起きれば、お主とて対応しきれまい」


 ノエラの言う事は最もであった。王都において人造の獣を解放しようとした際に、同じように時間が掛かるのであれば、それを妨害する為の邪魔を受けるのは間違い無い。


「それでやめられるような話でもないがな。私が産まれる為に礎となった者達、その末路が道具として使われ続けるのであれば、報われるわけがない。彼らに報いる為に、諦める選択肢は存在しない」


 そう、これはもう決めた事であり、覆ることはない。私は私の意志で私の同胞である人造の獣達をその役割から解放させる。そう決めたのだ。


 私と、ノエラの間に冷えた空気が流れる中、ぽりぽりと頭を掻きながら間に割って入って来たのはミチクサっであった。


「何の話か、ついてはいけねえが、旦那がやると決めたのであれば俺達はついて行くだけだぜ」


 ノエラと私の会話についてこれないミチクサであったが、どっしりと構えたその姿勢には一切の気負いがなく、紳士に私を見つめていた。


「……これはもともと私がするべき任務とは別の、個人的な問題だよ。それでもかい?」


「はっ、旦那らしくねえな。あんたはお俺達の大将なんだ。何も気にせず、俺達に銘じればいいだけですよ。それだけで俺達は地の果てまでも旦那に付いて行く用意はとっくに出来ているんだ」


 ミチクサの言葉に、スオウとザイも同様に頷いていた。


 今になって思えば、タオウラカルからセトラーナに訪れる道のりにおいて、彼等は何一つ不平不満を言わずに私に付き従ってくれた。私がスペリオーラ大陸で何を望み、何を為すのか、その目的すら明かさぬ不透明な旅路の中で、彼等はひたすらに自己の研鑽に励み、高みを目指す道を選ん出来た。それは彼等の気高い精神性を真に表していると言える。


 彼等の澄んだ眼には疑いの色は無い。


 損得ではなく、私は感情の思うがままに、彼らへと初めて私が心から望むものを伝えることとした。それが独りよがりであったとしても、きっと彼らであれば受け入れてくれるだろうと信じて。


「私は、この背に生える『魔翼』を宿す為に魔族が持つマナを注ぎ込まれ、人工的に造り出された存在なんだ。タルガマリア城に私と同じ、人造の獣と呼ばれるマナを宿す者が、黒騎士を召喚する為の魔力リソースとして用いられていた。彼等は実験の過程で失敗作として産み出されてしまった……。けれど、人造の獣同士であれば意思疎通も出来る、会話を通して彼に私は願いを託された。王都に残され、道具として扱われる同胞を解放して欲しいと。そして私は決めた、彼等を必ず解放して見せると。だから、力を貸して欲しい」


 私の言葉に、三人は目を輝かせ始めていた。


「漸く、我々も恩に報いることが出来るという訳ですね」


「問題ない、ラクロア様の思う通りにすればいい。その為に、俺達は修練を積んできた」


 スオウ、ザイは当たり前と言うように力を貸すことを快諾して見せる。


「俺達はあんたの横に立ちたいという想いを抱きながらここまで来た。それが俺達にも出来ると証明する絶好の機会だ、決まりだぜ旦那」


 ミチクサもまた、決意を漲らせ笑みを見せた。


 彼らの思い思いの言葉は、共に在ることを選んだ仲間としてこの上なく嬉しい言葉であった。


「ありがとう、恐らく敵は魔法技術研究所と、騎士団が出てくる可能性が高い。人造の獣は魔力炉として都市機構を支える魔力機構の役割を担っている。そうである以上、彼らは全力で魔力炉の破壊を阻止してくるに違いない」


 私の言葉に、息を呑むキリシアとルーネリアであったが、白銀の三人はひるむ様子は無かった。その様子を横で静かに眺めていたノエラが、口を開いた。


「やれやれ……それであれば儂にも案がある。そもそも、王都に用があるのは儂とておなじじゃ。奴らは、タルガマリア城で見せた召喚魔法術式を王都で展開し、儂という存在の抹消を目論んでいる。いずれにせよ、その中核となる人造の獣の解放は儂の勝利条件にも関わってくるからのう」


「あんたが、王都に出向く理由があるのか?」


「無いと言えば嘘になる。これもまた役割という事だな。物事に始まりがあるように、何れは幕を下ろさねばならない。それを見届けるのもまた、始めた者の役割ということだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()魔大陸へと赴き、魔族と相まみえる為には一つの盟約を果たす必要がある」


「盟約?」


「そうじゃ、ノエラ・ラクタリスを己の力を以て討ち斃すということよ」

 

 ノエラの言葉は私にとって腑に落ちるものであった。何故、四百年もの間、魔族と人族の間で均衡が成り立っていたのか。文化的に成熟し、満ち足りた人族の世界において再び魔族と相まみえるという選択がこの長きに渡って何故行われてこなかったのか、疑問は確かにあった。答えは目の前にあったのだ。

 

「……そうか、これまで魔大陸への人族の侵攻が為されなかったのは、あんたが楔となっていたのか」


「然り。嘗て、七英雄と共に魔王と和議を結び、私がその後の世を永きに渡って見守る為に必要な一つの処置であった……それ故に私の事を奴らは『管理者』と呼ぶのさ。人の世に楔をもたらした者としてな」


 ノエラ・ラクタリスは言外に己が持つ責任を口にしていた。ノエラは以前私に自身の役割が既に終わっているということを告げた。しかし、今の彼女は、既に役割を終えた身でありながら未だに世界を守護し、管理し、見守ることを選んだ者としての矜持をそこに見出してるように思えた。


「それで、あんたの案とは?」


「奴らが見せた召喚魔法術式は今のことろ未完成であった。現代の魔法技術において、魂の回廊を開く魔法術式を完全に完成させる為に奴らが魔法研究所以外の者に手助けを求めることとなるのは分かっていた。そこに対して搦め手を使えばいいということさね……そして、その為の細工の第一段階は既に仕込み終わっている。後は点と点を繋げばいい……。白銀の魔術師ラクロアよ。己の血族と向き合う時が来たという事さね」


 私は、ノエラ・ラクタリスの言葉を不思議と理解することが出来た。


「そうか……やはりいるのだな。私の片割れが、王都に」


 ノエラは頷くと共に、彼女が街に監視を目的として放った使役動物達から得た情報を私に差し出した。


「その為の足掛かりは既にある、前に言ったじゃろ。『魔翼』に反応を見せた者がいる、とな」


 ノエラはそう言うと、にやりと笑みを浮かべた。

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