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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その4『人として、獣として』


 私は彼らが何を想うのか、何を求めたのか、それを知らなければならなかった。


 私が見た記憶は断片的に記憶を紡ぎ出す。誰の記憶なのか、定かではない記憶が私自身と結びつき、実像となって脳内で明滅を繰り返す。


 それは他人か、それとも私自身なのか。全てが曖昧に、そして激しい郷愁が強かに胸を貫くのを感じていた。


 見慣れた小麦畑、茹だるような夏の草原、暁に映える水面、群青の中に佇む月光、鉄風吹き荒ぶ戦場、血の匂い、滴る汗、そよぐ風に漂う甘い彼女の香り。


 母に聞いた子守歌と冒険譚は常に私に夢をみさせた。七英雄によって守られた世界。魔族によって閉ざされた世界。龍を殺し、賞賛される世界、いつの時代も戦いは側にあった。燃え盛る想いを原動力に、私達は人としての高みを目指し続けていた。


 何の為に戦うのか、何の為に剣を振るうのか。


 ふと、血だらけになった手の平を見て思う。この手は如何にして磨き上げられたのか。


 父の背中を見た、兄の背中を見た、仲間の姿を、忠義を立てた人の、護るべき人の姿を見た。


 振り続けた剣は人を守り、己を守り、意志を貫き通す為に用いられた。


 斬った、斬った、斬り続けた。


 人を護る為に人を斬り続ける。その矛盾に耐え忍んだ。


 積み上げるように、誇るように、そうする事で手を伸ばし続けて来た。手に入れたものは少しの虚栄心と、努力に見合ったほんの僅かな結果でしかない。どんなに積み上げても、人を救うにはまだ遠い。


『いつか、魔族に剣を突き立てる』


 そんな夢を思い描き、英雄譚を思い描き続けて来た。


 七英雄が英雄となったように、剣を交え、生き残り、人類の先を切り拓く。がむしゃらに強さを求めた日々、そしてその強さが人としての極限に至った時に感じた充実感と、先を目指す昂揚感。全てが私を作り上げていた。


 その為に剣の腕を磨き上げた。


 しかし、夢を叶える瞬間が訪れる事は無かった。


 力が足りなかった、課せられた壁に辿り着く前に更に立ちはだかる壁が私達の道を閉ざしていた。障害を乗り越える為に更に時間を掛けて己を極限まで高め続ける。


 足掻き、抗い、それでもと進み続けた。けれど、私達にはたどり着くまでに必要な時間が十分では無かった。人間の命は短い、この短い時間の中で私達が辿り着いた場所は高みからは程遠い場所にあることを理解せざるを得なかった。


 それでも夢を視続けた。老いが進み、気が付けば衰えが顕著になる、技術は錆び付き、覇気が失われる身体を見るたびに焦燥が身を焦がし続ける毎日を送っていた。


 年を取り、気が付けば剣を振るうよりも、子の成長を見守る時間が増えた。今の自分に何の価値があるのか、自分では成し遂げられなかったことを次の世代に託すことしか出来ない自分に歯噛みした。


 何のための努力だったのか、何のために剣を振り続けたのか。


 魔族と相対し、人魔大戦を乗り越えた英雄と並び立ちたかった。けれど、その挑戦すらも私達には許されなかった。


 その想いが、紡ぎ出された願いが、死しても尚、私達を私達足らしめようとしている。幾千、幾万の魂が連綿と紡ぎ続けた意志の結晶として、私達は今も尚、魂の連環に逆らい続けている。


 もう、任せても良いのだろうか。


 もう十分に戦ったのだろうか。


 私達は道を示す事が出来たのだろうか――


 一人の黒騎士が、口火を切るように想いの丈を叫んだ。


『戦った。戦えた。魂の回廊を超えて、漸く我々の想いは叶った。我々は強かっただろうか、我々の剣に意味はあったのだろうか、我々に価値はあったのだろうか』


 その声に呼応するように、百名に及ぶ黒騎士達が、一斉に騎士の礼を取り、長剣を胸の前に構え、祈りに似た姿勢を以て、私へと問いかけ続けている。


『背負うと言うのならば、我々の想いを、技術を、人として積み上げ続けた歴史を、全てを持って、壁を壊して見せろ。それが、()()ということであり、()()()()()()()()でもある』


『白銀の魔術師、魔翼を持つ者、人界を超え、魔族と共に歩む者よ、どうか、その歩みを止めるな。人として、獣として、世界を拓く礎となってみせてくれ』


『私達がたどり着けなかった場所を見せて欲しい。そして、我が子等にここではない、新しい世界を与えてくれ』


 私は皆の願いを聞いた、聞き続けた。最早、託すことしか出来ない者達の想いを次へ紡ぐために、彼らの記憶を、想いを、その生きた証を以て、先へ進む為の篝火とすることを胸に誓った。


 これが私が産まれた業であったとしても、これが誰かに与えられた役割だとしても、私は彼等の想いを見過ごすことが出来ない。出来るはずが無かった。


 誰かを護り、この閉じられた世界を切り拓き共に生きる。それを望んだのは私とて同じであったから。


「他の誰かじゃない。魔翼を持つ私だからこそ出来ることがあるとするのなら、皆の想いを私が紡いでいくよ。安心して眠って欲しい」


 黒騎士達は私の言葉を聞くと、安堵したように膝を付き、自らの剣を以て魔力核を完全に貫いた。


『我々は血と肉になり、永劫の時を生きる汝の力となり、未来を切り開く為の助力となろう』


 黒騎士達は燃えるような魔力の粒子を放ちながら、徐々に魔翼へと吸い込まれるように、消失した。


「人は想いを重ね、次の世代へと自らの意志を託して行く。そういう生き物だからこそ、深い愛情を他者に抱き、育むことが出来る。それは常に、自らの為ではなく、誰かの為を想うことこそが重要なのだと、私は思うよ」


 気が付くと、私はあの白い空間に一人、伽藍洞の顔をした彼と久しぶりに相対していた。


「今は無性に、皆に会いたい。そう思うよ」


 私の言葉に、彼は表情の無い顔で、確かに笑っていた。





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