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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その3『魔力炉と呼ばれた者』


『毎年初雪が降ると、お母さんは必ずシチューを作ってくれるの』


 少女は笑顔で言った。茶色の癖毛が特徴的な女の子だった。


『今年のラクナルは身が締まって実のりがよくてのう』


 果樹園でラクナルを見上げる老人は我がことのように嬉しそうに笑っていた。


『春になればセトラーナにいる両親の下に一度顔を見せに行こうと思って』


 城勤めの彼女はメイドとして自立した自分の姿を両親に見せたいと言った。


『冬の蓄えとして、酒も忘れちゃいけねえよなあ?』


 男はこっそりと隠していた酒瓶を仲間と一緒に楽しむために妻には内緒で家から持ち出している。


『この子になんて名前を付けてあげましょうか、あなた?』


 春には生まれる子供を想い、大きくなったお腹を摩りながら未だに名前を悩む夫を見てほほえましく笑う女性。


『この国に聖なる加護を……』


 聖職者として、惨事となること憂く者が神格化された英雄に祈りを捧げていた。


 人々の生活がそこにはあった。タルガマリアという場所において、当たり前の生活を、当たり前に享受する人々がいたという記憶がこの場には残されている。


「色々な人々の記憶を見て来たよ、彼等は未だに私と共にあり続けている」


 それ、の声は酷く窶れているように思えた。姿は朧気であり完全には人の形を保ってはいない。魔力によって霧のように漠然と形どっているようにしか見えないでいる。


「……あなたが、人造の獣の意識か」


 霧の姿が不定形に変化をしつつ、念話として直接脳内に男、と思われる声が響いた。


「実験体第六十五号、比較的初期に製造され、魔力精製機構を持つ事が可能となった第一世代の人造の獣……君とは違う出来損ないだよ。名前すら存在しない、私達は実験体であり、ただの道具だ」


 自由意志がない、そうノエラは言った。しかしそれはただの間違いであることが一瞬で理解できるほどの明確な意志疎通能力に驚きつつも私は会話を続けることとした。


「どれだけの数の人造の獣がこの世界にはいるんだ?」


「……約三百体以上の人造の獣が今も王都では魔力炉として稼働し、死ぬことも出来ずに人の魂を吸い続けているよ……私も君がこの場に無ければ、人々の記憶に埋もれ、まともに会話を交わすことも出来なかっただろうね。無理矢理に人々の魂を取り込み、エーテルとして還元し、マナを製造し続ける機械。僕達にとって魔力精製は苦痛でしかないんだ。この役割を終わらせて欲しい」


 それは彼らにとっての切なる願いなのだろう。自分の意志で死ぬことも出来ず、ただ道具として生き続ける日々、それを苦痛と呼ばずして何と呼ぶのか……彼らの想いに応える事に最早躊躇いは必要なかった。


 しかし、それでも私は確認しなければならない事が一つあった。


「人造の獣だけでなく、人々もまた魂の虜囚……王都の人造の獣を解放した後はどうなる?」


 霧は再び不定形に変化をしつつ、言葉を淀ませる。彼等も理解しているのだろう、彼らという存在によって維持されるものがあるとするのならば、その維持機能が消失したことで連鎖的に物理的な被害を受けるものが存在している。


「さあ……私達にそこまでの責任を負えと言うのかい? 望んだ訳でもなく産まれ、道具として酷使され続ける私達に……」


 それは彼らにとって偽らざる本音だろう。この先、消えて行く彼らにとってその後がどうなったとしても構いはしないということも理解できる。それだけの行いを人々見知らぬ内には彼らに強いてきた、そして見知らぬうちにその利益を享受してきたのだから。


「お前達は責任を負う事は無い、残された者達がその責任を負うことになる。その為の確認だよ」


「それは、()()、ということか」


「そう、私がだ」


 彼は、暫くの間呆然としたように沈黙していた。しかし、私の意図を汲み取ったのか、彼の語り口調は冷静であり、明快であった。


「……王都はスペリオーラ大陸における魔法技術を惜しみなく使用することで巨大な都市機構を安定運用させている。その基盤となるのは魔力炉として使用される私達だ。無尽蔵に魔力を精製する魔力炉が消失した時に起こるのは都市の崩壊そのものだろう。人々の生活基盤を占める重要な施設、設備の停止はそれだけで災害と呼ぶにふさわしい規模となるだろう。二百万人以上の生活を支える魔力炉の功罪がここにあるとも言える」


 二百万人が住まう、王都シュタインズグラード。その都市機能が一時的せよ完全に麻痺した時にどれだけの被害となるのか。実際の文明の程度も想像がつかない以上、現時点でその被害を推し量るのは難しい。


 だが、仮に『始祖の獣』が彼らを強制的に開放するとするのであれば、被害はその比ではないことは間違いない。それであれば、私がその役割を担ったとしてもお釣りが来ると言うものだろう。


「どれだけの数が死ぬことになるか、想像もつかんな。魔力炉の代わりに魔石を用いるにせよ必ず歪は出るということだろう……だが、それでも構わない。私のやるべきことは既に決まっているのだから」


 そう、私が言うと霧は一つに纏まった後、安心したかのように徐々に光の粒子となってその姿を薄れさせ始めた。


「私たちは疲れた。人の記憶を背負うことも、人の生活を担う事も。もう楽にさせてくれないか……」


 気が付けば『魔翼』が翡翠色の結晶体を光らせ、私の周囲を回遊していた。私の意志に従い、実験体六十五号と呼ばれた人造の獣がその身に宿す魔力に干渉を始め、そして彼の核へと己の牙を重ねた。


「次は、人として、若しくは魔族として生まれることを願っているよ。我が同胞、ラクロアよ永遠に続く苦痛の果てに君もまた安寧を見出す事を願っているよ」


 魔翼が彼の核に殺到し、弾けた魔力と彼が取り込んでいた膨大な魂が魔翼を通して私の意識を駆け抜けて行く。


 私は目を閉じ、その奔流に身を任せ眠りに就いた。

 


 

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