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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その2『人造の獣』


 タルガマリア城からセトラーナへと戻り、各々が休息を取る事になってから程なくして、私はノエラ・ラクタリスに呼び出しを受け彼女の研究所へと訪れる事となった。


「呼び出してすまんな」


「いや、構わない。今後のことについてなのだろう?」


 私を迎え入れた彼女の表情は優れず、どことなく陰が見えた。


「ああ、先ずはお主にこれを見て欲しい」


 ノエラが指差したのは、研究所の奥に布を被せ丁寧に安置された魔力が滲み出る置物であった。その魔力はオドによるものではなく、明らかにマナである事を感知し、私はノエラを見遣る。


「これが、あの召喚魔法術式において魔力精製機構となったものか」


 恐らくはタルガマリア領よりノエラが回収したのであろう。ゼントディール伯爵を転移させた後に城には火を放ち、三日三晩延焼させ続けた中で、いつの間にそのような動きをしていたかは定かでは無かった。


「そう、あれによって黒騎士達が呼び出されることとなった、皮肉なことだな」


 何が皮肉なのか、私が質問を投げかける前にノエラは覆いかぶさっていた布を捲り、魔力精製機構の全容を明らかにした。


「これは……」


 目に飛び込んできた瞬間に受けた印象は『魔石』であった。結晶化した魔力、濃密なマナが封じ込められた魔石のように見えたが、目を凝らしてみると、その中には僅かに蠕動する内臓器官のような物が見え、私は眉を顰めた。一目見た時は琥珀のようだ、と魔石内に幾つも張り巡らせられた血管に似た管と、心臓と思われる収縮運動を繰り返す動物的な動きは明らかに、この魔力精製機構が生きている事を指し示していた。


「生きているのか?」


「そうだ、これは生きている。どうしようもなくな」


「……これは一体何なんだ?」


「前に話したことがあるだろう……人造の獣と呼ばれている」


 人造の獣、その言葉を聞いたのは初めてではない。トリポリ村や、確かにノエラと出会った際にも聞いた、魔力精製機構をその身に宿すことに成功した実験体との話であった。


「それは、私と同じということか?」


「成り立は同じだ。だが、決定的に異なってもいる」


「失敗作という事か」


「そう……自由意志も無く、ただ魔力精製を行う事によって死ぬことも無く、生き続けるだけの抜け殻……今は、人造の獣ではなく、魔力炉と呼ばれ、奴らに道具として使用されている」


 私はセトラーナに足を踏み入れた時に見た、夢について漠然と思い返していた。


「これを見せて、あんたは私に何をさせるつもりだ?」


「解放してやってくれないか、この不完全な生き物を……自らその延々と続く命を断ち切る事も出来ず、利用され、剰え人を殺す道具として活用される……哀れではないか、空しいではないか……ただ、利用されるだけの人生だ。終わらせてやるのが、創造主としての責任だと、私は思っている」


「あんたにはそれが出来ないのか?」


「……圧倒的な迄の魔力精製に儂の魔力では殺しきれん。あの黒騎士達と同じ、核を完全に破壊されるまでは死なんよ」


 ふと、思い出す。トリポリ村で感じた魔族との戦い、湖の警備部隊員であったカイゼンに見出した、魔族の圧倒的な回復力。そして、私自身をして、致命的な傷を負うや否や完全に回復してみせる、生物としての違い。


「あんたらは、人類を魔族に近づけたかったのか」


「……そうだ。私たちは魔族を超える為に、人間を魔族へと近づける研究をしていた。人間は身体に取り込んだ食物を介して魔力精製を行う。それは魔族のようにエーテルから無尽蔵に魔力を精製することとは訳が違う。どこまで行っても生物としての限界があった、だからこそ我々は強い身体を求めた」


「魔族を倒す為か」


「……魔王バザルジードが我々と交わした盟約をお前は知っているか?」


「いや、知らない。ただ『魔翼』が関係を持つことは知っている」


「魔翼を持つものが人族に現れた際には、その者を無条件で魔族として迎え入れることを奴は我々に提案し、それを我々は呑んだ……それ故に我々は人類の存続を望む為に、人造の獣を産み出す研究を始めたのだ……それは偏に、人の世を後世に遺すという意味合いを込めてだ。そして私がこの研究を始めた当初より、実に二百年以上が経ち、お前という完全な人造の獣が産まれた。マリアンヌ・ラーントルクという稀代の天才の手によっ、てそれが成し遂げられたのだ」


 魔族と戦ったとしても勝てぬのであれば、条件を満たす為に研究を行い、『魔翼』を持つ者を造り出す事に成功した、か……


「そして、魔翼を持つ者に連なる者達もまた、魔族として迎え入れられる、か……」


 ノエラは目を瞑って頷いた。


「そうだ。お前が十年前に生まれ落ちたその時から、お前が残す子々孫々は全てが魔族として生きる資格を持つ事となる事が決定づけられた」


「それを知って、何故、母さんは私を魔大陸へと飛ばしたんだ?」


「お前の存在を快く思わない者達がいる……それをお前は既に見て来た筈だ」


「天族、そして魔法技術研究所」


「騎士団も、な。全ては魔族を人族の手で超える事を目的に、牙を研ぎ続けて来た者達にとって、『愛憎の獣』の力を用いて『魔翼』を持つに至ったお前という存在を許すまい。それは奴らにとって人魔大戦から四百年に渡って延々と積み上げてきた先祖代々の努力を踏みにじられるに等しいのだろうなあ」


「……だが、あいつらは失敗作の人造の獣を魔力炉と称して使用している……皮肉とはそういう事か」


「その通りだ。今となっては、この魔力炉は王都における都市機構を支える為に必要不可欠な魔力精製機構として重用されておるよ」


「自由意思なく、死ぬに死ねず、利用され続けるだけの在り方か……これを産み出した者の罪は重いな」


「そう、儂は罪人と呼ばれるにふさわしいのだろうなあ」


「……救う事は出来ないのか?」


「ただ、生き続ける事が救いであれば、それも一つ。だが、いつかは滅びを迎えることも必定。人造の獣によって捕らえられた魂を解放する為に、『始祖の獣』が遠くない将来、魂の回廊を超えこの獣達を破壊し尽くすことになるだろうよ」


「始祖の獣?」


「黒騎士が、人の魂の集積によって産み出された存在であるのであれば、始祖の獣は魔族の魂の集積によって産み出された存在。魂の循環を妨げるものを許さぬ、冥府の番人にして王となる者の事よ」


 私は即座に記憶の底からあの恐怖と死を司る王の姿を想起し、気が付けば身震いをしていた。かの冥王がその気になれば、ありとあらゆる生命を根こそぎ枯らし尽くすことなど造作もないであろう事は理解できる。


「業が業を呼び、巡り巡るという訳か……私もまた生まれただけで、その罪を背負う、という訳か」


 母は、その業を私に背負わせたくなかったのかもしれない、顔すら分からぬ私の正真正銘の生みの親である人が何を想っていたのか、その答えは考え尽くしても真実にたどり着く事は出来ないだろう。だが、その思いやりを、漠然と感じることは出来る。今はそれで、十分であった。


「いいさ、それが私の役割であるのならば、背負ってみるだけさ」


 私は魔力感知をこの人造の獣へと向け、その身に宿る想いをゆっくりと紐解く事に決めた。

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