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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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魔翼を見た者達 その1『スコット・オーデヴェルン』

 

 聖堂国教会の内紛を先導したとされるゼントディール伯爵の画策は叶わぬままに脆くも崩壊した。


 穏健派に肩入れをしたガイゼルダナン家と、伯爵の娘であり、嘗ての教皇と同じ能力を持つルーネリア・サンデルス一派による実力行使が功を奏し、王都のカルサルド国王が軍勢を動かす前に首謀者は殺害され、後は地方で未だに燻る教皇派の抵抗勢力の鎮静化を待つばかりであった。


 タルガマリア領、セトラーナではそうした緊迫した状況からの解放を受けてか、冒険者や魔術師、そして兵士達が骨休めに酒を楽しむ時間が増えていた。領民達も一時期の不穏な気配が去ったことを感じたのか、幾分か表情が明るくなったようにも見受けられる。


 そうした情勢下、セトラーナの冒険者管理組合に併設された酒場では、魔獣ガンダルヴァの鏖殺と龍狩りに続き、タルガマリア城で現れた黒騎士を退けた『白銀』の功績について半ば英雄譚のように語られていた。


 一体どの成果が一番の偉業と呼ばれるに相応しいか、冒険者達は競うように語り合い、酒を酌み交わしている。


「龍狩りは冒険者としての誇りだろう」


 一人の冒険者が上げた声に、呼応するように賛同の声が上がる。


 冒険者としての到達点の一つである龍狩り、それをたった三人によって実行してみせたことに、彼らと同じ中級冒険者達は色めき立ち、準上級以上の冒険者は『白銀』が見せた大物殺し(ジャイアントキリング)を讃えて再び盃を交わしていた。


 『白銀』が狩った龍種は、エルダー級では無いもののA -ランクに区分されている、翼を持たない龍種であり、その名をディアブロザイスと呼ばれ、周辺の村落民には長らく畏怖の対象とされてきた。その凶暴性は幾つもの村を壊滅させてきた過去があり、歴とした怪物であることをセトラーナにいる冒険者で知らない者はいない。


 かつて猛威を奮っていた凶獣の被害を減少させたのは、ノエル・ラクタリスが施した魔法術式による結界の功績が大きい。そうした中で、ガンダルヴァ討伐以降、彼等がノエラ・ラクタリスを擁するルーネリア・サンデルスの客人であると分かった当初は、その関係性や裏側を勘繰る者まで現れ、辺境騎士のアイゼンヒルと同じくサンデルス伯爵の隠し球だの、ノエラ・ラクタリスの戦力の一端だのとその噂は様々であった。


 しかし、今ではそうした勘繰り以上に、彼らの実力をまざまざと見せつけられた者達による賞賛の声が大きくなり始めていた。


 そして、冒険者達の声を制するように一人の魔術師が声を上げる。


「前代未聞の数が押し寄せたガンダルヴァの群れ、あれをただ一つの魔法術式で葬り去ったことこそ称賛を受けるべきだろう」


 その声に賛同する魔術師は多い。例年とは異なる、異常発生したガンダルヴァの群れにセトラーナの冒険者達も、衛兵も危うく崩壊の憂き目に遭ったことは間違い無い。第二波の到来と共に白銀の魔術式が放った、対軍規模に匹敵する魔法術式の行使と、その完全な術式の掌握はノエラ・ラクタリスを彷彿とさせる程の技量であった。


 あの場に居合わせた魔術師達が、その力量を賞賛することはおかしなことではない。ガンダルヴァと至近距離で対峙した者達であればあの一手によって討伐が終了したことを賞賛こそすれ、侮る事はできないだろう。


「……だが、タルガマリア城下での黒騎士をたった一人で制圧せしめたあの力、あれがなければ数千の屍が晒される事になっただろうに」


 ガイゼルダナン家より派遣された兵士が喧騒の中で、ぽつりとつぶやく。その言葉に彼の周囲は水を打ったかのように静まり返っていた。


 圧倒的な練度を誇る黒騎士達の突貫に次々と切り裂かれた仲間達の姿を見ていた兵士達は、同胞への献杯と共に酒を飲み干し続けていた。


「あれは最早……人では無い、それほどの力だったろうに」


 賞賛、憧憬、羨望、そうした感情を抑え込む程の圧倒的な力量。それは最早、唯人にとっては恐怖として白銀の魔術師の姿が映ったに違いなかった。


「だが、俺達が救われたのは間違い無い。先ずは感謝を、そして敬意を」


 兵士達は再び酒を呷った。胸中に溢れる想いを全て飲み干さんと酒を飲み続けていた。


(タルガマリア城下で見たあの翡翠色の閃光……あれは過剰なまでの戦力だろうよ……)

 

 しかし、彼等が保持する戦力を過小評価する事は出来ないのも確かであった。中級冒険者が持ち得る力量を大きく超えている事は間違いない。それどころか、近衛騎士にも匹敵する実力を持った黒騎士の一団を瞬時に崩壊せしめた実力は、ノエラ・ラクタリスと同様に一個の巨大な戦力として勘案されてしかるべきではないのだろうか。


 私は冒険者に紛れ、彼らの行動を監視してきた。それによって得た結論は、彼等、というよりも白銀の魔術師と言う個人が極めて危険な力を持った危険人物であるという認識であった。


(情報は十分に集まった……後はシルヴィア様に任せるとしますかね……)


 セトラーナにおける任務が終わったことを主へと報告する為に、そそくさと酒場を後にした後、周囲に人影が無いことを確認しながら主人へとの連絡を試みる。


『シルヴィア様、彼等は現在セトラーナにて逗留中です。実力を間近で見ましたが……あれは見ものでしたよ』


 耳に装着したピアス型の遠距離通信の魔法術式が刻まれた魔具に魔力を通し、王都にいる主と連絡を開始した。


『スコットか……。お前の事だ、どうせまた無茶をしたのだろう? それで、改めて彼等をどう見る?』


『実物を見て思いましたが、案の定化物ですね。ラクロアと名乗る少年は数百頭のガンダルヴァの大群を一人で一掃していましたよ。彼の従者とされていた三人の戦士も魔術師と龍種を倒し切ったことからも、改めて相当な実力者集団ですね』


『タルガマリア城で『魔翼』を展開した姿を見たか?』


『あれは……人が持つには分不相応な力だと言うのが正直な感想ですね』


『くっくっく、そうか……。だが、そうでなければ奴に価値は無いのだろうよ。白銀がノエラ・ラクタリスやガイゼルダナンと組むのであればこちらとしても歓迎だが、やはり私も奴に会う必要があるか……。一旦は王都へと戻って来い。王都内の教皇派の一部勢力が未だくすぶり続けているようでな、直に対応を求められることになる、道中はくれぐれも気を付けるように』


『分かっています。私も命は惜しいですからね』


 シルヴィア様との連絡を切り上げると、私を見つめる少年の姿が突如として視界に入り、予期せぬ遭遇に反射的に構えを取るが、時すでに遅し、眼の前の御仁は既に魔法構築を終え、いつでも私を即殺する手立てを講じているようであった。


 驚くべきは髪色を除けばシルヴィア様と瓜二つの相貌でありながらその表情には感情は無く、冷酷無比な魔術師然として私の前に立ちはだかっていた。



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