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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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雪溶けは流るるがままに その8 『転移魔法術式』


「転移魔法術式における座標の固定、その応用という訳か。なるほど……不可能ではない、か」


 ノエラ・ラクタリスに伯爵を魔大陸へと転移させる事を伝えると、検討の余地はあるか、と半ば呆れ顔で理解を示した。


 彼女は転移魔法術式については私以上に使用に長けている。それであればこその提案であった。


「そもそも私の母がどのようにして私を魔大陸へと飛ばしたのか……それだけの魔力を人族が持つとは思えない。そう考えた際に転移に重要な情報は術式の正確性、つまり座標の固定そのもではないか、そう仮説を立てた」


 転移魔法術式の実行と維持には多大な魔力が必要となる原因は物体を送る空間の座標の固定に大量の魔力を消費することにある。この点、座標が固定されている状態であれば、物体の転移そのものは大した労力は掛からない。それは、村でノクタスが作った物資運搬用の転移魔法術式陣が証明している。


 嘗て私の母が行った転移魔法術式の行使、それは恐らく私が持つマナを基に、それと同質、若しくは近似の魔力を有する者へ座標を固定することで転移する為の魔力消費を抑える事が出来たということでは無いのだろうか。それが可能であるのならば、スペリオーラ大陸から魔大陸へと超長距離の転移が可能であったことも理解が出来た。


「恐らくは『魔翼』が持つ魔力(マナ)を軸にすることで無理矢理に転移を実行したのだろうよ。確かにマリアンヌならば限定下であったとしてもやりかねんか……今回も同じことをしようというのか?」


 かつて、トリポリ村近くの湖畔にて、魔王バザルジードが『魔翼』を通じて私の目の前に姿を現した事。そして魂の回廊から黒騎士が姿を現した事。その二つが私の中で一つの線となって繋がったとも言えた。


 どちらの事象も実態は物質の移動でしかない。術式の構造が同じであれば私にできない道理はない。


 マナを目印とするのであれば、トリポリ村にいる魔族、その中でもグリム、ヒナール、ジナートゥ達が持つ、エルダードラゴンの龍鱗を転移先の目印とする事ができると踏んでいた。


 奇妙な縁だと感じなくは無かった。遥か彼方にある故郷を繋ぐ自分自身の思い出と、誰かを救う事が両立している……。


「ゼントディール伯爵、これをお持ちください。私の仲間が同様の龍鱗を持っていますから、これが貴方の身分を証明する根拠にもなる。ひとつだけ忠告を、くれぐれも私の仲間に対して手を出さぬ様お願いします。優秀な者達ですから、間違いは起こらないと思いますが」


 伯爵はエルダードラゴンの龍鱗が持つ魔力を感じ取ったのか、その価値に気がついたようであった。


「そうか……君はその年で龍を超える者達と共にいたのだな……私もいつかは、と冒険譚に心躍らせ憧れたものだよ……魔大陸へ行けばそのような冒険譚の主人公となる者達と会うことができると思えば、多少は気分も紛れるというものだな」


「ええ、きっと刺激的ですよ」


 目の前に現れるのが、人ではなく正真正銘の魔族だと分った時に伯爵がどのように取り乱すのか、想像に難くはなかったが、私の友人達であれば難なく切り抜けてくれることは間違い無かった。


 彼らと過ごした日々を思い出すと今でも胸が躍る思いがした。正真正銘の冒険を彼らと初めて経験したことを鮮明に覚えている。彼等は私の期待を裏切る事はないだろう。


 伯爵は私に礼を述べると、私の傍に立つノエラへと向き直った。


「……ノエラ様、こうしてお会いするのもだいぶ久しく感じますな」


「ゼントディール、その通りだ。お前とこうして口を交わすまでに実に二年以上の歳月が経っている……。貴様にとってラクタリスの血は重荷だったようだな」


「残念ながらサンデルス家はラクタリスには至れない。それを強く感じました。選択を迫られたときにそれを覆すだけの力はないということに気づかされました……血は通っていても、才覚無くしては世の理から抜け出す事は叶わない」


「ラクタリスの名がお前を苦しめた、すまなんだ……儂は血の繋がりを持つお前達に何もしてやれなかった」


「それが七英雄と共に世界を護る者の使命であれば仕方ありません。次世代のラクタリスを継ぐものがいつか現れる事を私は遠くの地で祈ることとしましょう……しかし不思議なものですな。我々は衰退し、没落して行く、その反面『白銀』のように力を持った者達が現れて行く。『魔翼』など、七英雄物語に現れる空想の産物としか思っていなかったものを……」


「そう、世界は知らぬ間に動いている。この鳥籠のように管理された中であっても芽吹きは存在するのじゃ。それを認めることができなければ、人族に先はない。それを奴らも理解しておるはずなのだがなあ」


「ご自身を責められますな。行くも地獄、引くも地獄であれば、皆前に進むしかないのですから……ラクロア君、きみに一つ頼みたいことがあるのだが、いいかね?」


 伯爵はノエラとの会話はそれで終わりとばかりに、再び私に声を掛けた。


「私に出来る事であれば」


「ルーネリアを頼む。あれは力を持ったが故に若くして成熟さを持つが、それと同時に未だ脆い。同じ世代として支えてやってくれ」


 それは父親として見せる優しさであり、ルーネリアを後に残すことに後ろ髪を引かれてのことだろう。

 

「……わかりました。善処しましょう」


「ふふ……それだけの力を持ちながら己にも厳しいな。だが、そうでなくては生き残れない世界か……」


 伯爵は口元を緩めて笑っていた。そう、保証等誰にも出来ない。今の自分が最大限できることをやることで結果に結びつくように全力を尽くすしかない。


「それでは伯爵、そろそろよろしいでしょうか」


「うむ、良しなに頼む」


「お父様」


 声を掛けたのはルーネリアであった。先ほどまで泣きじゃくっていた姿はすでになく、今は屹然とした立ち居振る舞いをみせている。


「ルーネリア、後は任せる。好きに生きろ、とは言えないが限られた選択肢の中でもお前が幸福であることを祈っている」


「大丈夫です。私には仲間がおりますから、それだけで十分に幸福です。それ以上を望むのであれば、その時こそは自らの手で掴み取ってみせます」


 ルーネリアは賢い。年相応以上ではあるが、決して老獪でもなければ、ましてや全てを己で差配できるほど成熟はしていない。けれど、彼女は強い、前へと突き進む意志を持っている、この結果も彼女が進んだが故に手に入れた結果なのだ。


(前に進む事を止めない限り、希望はあるか……)


 私は魔翼を解放し、エーテルからマナを精製すると共に転移魔法術式を構築する。遠い故郷を思い浮かべながら、龍鱗が持つ強い魔力の結びつきを目指し、座標を固定する。そして、伯爵とその側付きの二名を同時に天にも立ち上らんとする魔力量を以て魔法術式を発動し抗力を発生させた。


 時空が歪み、目の前の空間に浮かび上がる異なる景色。それは、間違いなく魔法術式が抗力を発揮していることを示していた。


「それでは閣下、いずれまたお会いしましょう」


「ありがとう、この恩は決して忘れはしない…… そうさな、いずれまたゆるりと語り合おう」


 伯爵は最後にルーネリアの頭を優しくなで、側付きと共に空間の歪へと身を投じた。そして、三人が完全に歪の内部へと侵入し終わると、静かにその歪は修正され、やがては完全に消え元の景色が戻っていた。


「無事に成功したようじゃな」


「ええ、非常に安定した転移回廊が構築できましたからね、間違いは無いでしょう」


「人造の獣が、人を救うか……皮肉なものだ。マリアンヌが望まなかったことを今はお前が望んで行っている」


「……重要なのは、母が私に選択肢を与えたことでしょう。そうせざるを得ないのでは無く、自らの意志で、そうするのだという事には歴然たる差がありますから。きっと母は怒りませんよ」


「そうか……ならば何も言うまい。その勇気に儂は敬意を示そう」


「何、僕は嫌な事に対して出来る限りの反抗を示しているに過ぎません。ただ、それだけですよ」


 そう、これは小さな、とても小さな反抗の証であった。しかし、それと同時に、私にとっては大きな一歩目の軌跡となったのは間違いではない。


 もし、誰かを救うことで満たされるものがあるのであれば、今はそれで構わない――

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