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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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雪溶けは流るるがままに その7 『新たな選択肢』


 ルーネリア様の嗚咽を横目に、ゼントディール様は穏やかな表情を浮かべていた。


 それは自分自身の役割が終わったことに対する安堵からくる解放感だろうか。凡そ、この後に訪れる自分の死を待つ身には到底見えず、私はこの感情を言葉に表すことが出来なかった。


「ゼントディール様、お覚悟は宜しいですね?」


 アイゼンヒルは二人を横目にゼントディール様へ尋ねた。それは、服毒による自害を許されないであろうことを理解しているが故に、アイゼンヒルは自ら手を汚す事を心に決めていた。


ゼントディール様の死体が王都に晒される様を想像しながら、私は込み上げる感情を抑え込むのに必死であった。


「すまなかったなアイゼンヒル。お前の姉が死んでから既に十年、ルーネリアの騎士としてよく仕えてくれた……。可能であれば今後もルーネリアの支えとなってくれることを願いたいものだ」


「はい、それが姉の遺言であり、ゼントディール様の願いであれば、約束は果たします」


 アイゼンヒルの言葉に迷いはなかった。屹然とした物言いにゼントディール様はどこか安堵した様子を見せている。


「キリシア、お前もまたルーネリアの良き先達として支えてくれ。この通り、私の娘は未だ幼い」


 ゼントディール様は、その膝で泣き続けるルーネリア様の頭を撫でながら私へも願いを託される。それはもとより心に決めていた事であれば、私は無言で頷く他なかった。


 アイゼンヒルが慣れた動作で槍を構える。それに合わせてゼントディール様の側仕えがルーネリア様を引き離し、距離を取らせた。


「お父様……嫌ぁ……」


 ルーネリア様の泣きじゃくる姿に胸が締め付けられる。


 どうして親子でありながら、命のやり取りを行わなければならないのか。どうして、ただ親子として愛情を育む、そんな他愛もない人生を歩めないのか。身から出た錆なのか、そうだとしてもそんな状況に追い込んだ世界が、環境が、全てが私は許せなくなりそうだった。


「アイゼンヒル様、少しお待ちを」


 アイゼンヒルの槍を握る手に力が籠った瞬間、部屋の入り口から声が掛かった。その声の主は『白銀』の一人、スオウの声で間違いなかった。


「……お前らがここにいるってのは、ラクロアの指示か? 黒騎士共はどうなった」


 アイゼンヒルは振り向く事無くスオウへと尋ねた。既に殺気を放つアイゼンヒルに対してスオウは随分と冷静に答えを寄越した。


「既に黒騎士を全て撃退しております。第二波に備えて未だ城下街に留まっておいでです。ノエラ様も既に城内に侵入し、召喚魔法術式の阻害へと向かわれています」


「それで、お前らがここに来た理由は?」


「ゼントディール伯爵閣下とラクロア様がお会いになりたいとのことです」


「……気に入らねえな。人様の死にざまをてめえの私利私欲で妨げようってか?」


 苛立ちと混ざった殺気を容赦なくスオウへと放つアイゼンヒルの瞳は暗い色が漂っている。答え方を間違えれば槍の矛先が己に向く事をスオウは理解しているだろう。しかし、それでもスオウは取り乱す事は無く、スオウを見据えていた。


「ラクロア様であれば、或いはその野暮を超える提案が出来るやもしれません」


「……」


「死なずに済ます方法を見つけたい、そう思うのが人というものではありませんか?」


 アイゼンヒルはじっとルーネリア様へ視線を注いだあと、息を吐きながら構えを解き、床に槍を肩に立て掛けると腕組みをしてそれ以上言葉を発する事は無かった。


 『白銀』のラクロア、少年魔術師に一体どのような提案が出来ると言うのだろうか。そして、それが一体彼にとって何の利点があると言うのだろうか?




「それで、お前に何が出来るってんだ?」


 監視塔の一室に辿り着いたとき、室内には沈黙が流れ、緊張感が飽和しているかのようであった。


 私が姿を現した際に向けられる、期待を浮かべた瞳、諦観を見せる瞳、単純な疑問を浮かべる瞳、各々が抱く感情は違えど、一様に皆が固唾を呑んで私の言葉を待っていた。


「少し考えていたんだ……この聖堂国教会の裏で全体の流れを握る者達が何を考えていたのか。幾つかの派閥における力の均衡、それによって生み出されるバランスというものはあくまでもスペリオーラ大陸においての効力でしかない。そして今回の騒動はまさしくそのバランスを取る為に起こされた……そうですね?」


 私はルーネリアの父であるゼントディール伯爵を見遣る。ルーネリアに似た金髪と雄々しく伸ばされた髭が特徴の人物であり、彼は私の容姿を驚きを以て眺めていた。


「ふむ……私には魂の誓約が掛けられている。何も語る事は出来んよ。君が私から何の情報を得たいかは分からんが、力にはなれまい」


 伯爵はきっぱりとそう言い放つ。諦めに似た言葉に私は力を籠めて説得を試み始める。


「そう、伯爵に誓約を用いた人物が存在する。それこそが、貴方の裏で暗躍する者がいた証拠なのです。今回の内紛はそうした権力の分散を目的とした者達による謀略でしかない。確かに私は所詮は冒険者でしかない、しかし、このタルガマリアで殺された人々の姿を見た……それであればこそ、今はただ一矢報いたいのです」


 これは酷いエゴだとは認識していた。けれど、人道に背き、非道を働く者の存在を許容できるほど私は擦れてもいなければ、達観もしていない。


「ラクロア様には何か妙案がある、という事でしょうか?」


 恐らくは先ほどまで涙を流していたのであろう、ルーネリアの目元は赤く腫れぼったくなっており、涙を拭った跡がありありと見えた。


「伯爵には表舞台からは退場してもらう必要がある。でなければこの内紛にも蹴りがつかないだろうからね。但し、死なせはしない。その身を私が預かります」


 それは一体どういう意味か、という疑問の表情を浮かべるものが多数、その中で『白銀』の三人だけは私の含む意味を理解しており、静かに頷いていた。


「ラクロア様、お父様を一体何処に匿うと言うのですか? ただ逃亡するだけでは何れは見つかってしまうのでしょう」


 そう、それであればスペリオーラ大陸の外へと伯爵を逃がすしかない。それは他の者には出来ない、私ににしか出来ない選択肢であった。


「深くは説明はできない。けれど、スペリオーラ大陸の外、という事だけは言える。それであれば、追手も付くことはない、仮に気取られたとしても伯爵を見つけることは困難だろう」


 私の言葉を受けて、ルーネリアもその意味に気づいたようで先ほどまで見せていた疑心に満ちた瞳に確たる意志が宿ったように見えた。


「ゼントディール閣下、貴方を側仕えの者と共にある場所へと転移魔法を以て移動させて頂く。今は召喚魔法術式の影響もあり、超長距離であったとしても転移が出来る可能性が高い」


 そこまで言うと、皆理解が及んだようであった。


「ラクロア君と言ったね。君が言う場所とは魔大陸にある、そう理解してもいいのかな?」


「ええ、その通りです」


 伯爵も同様に理解はした様子であったが、訝し気な表情を浮かべながら、質問を投げかけてきた。


「何故きみはそうまでして私を助けようと言うのかね? 君が本当に魔大陸に住まう者であるのであれば、それは自分の身にとって危険極まりない暴露ではないのかい?」


 そう、伯爵の理解は極めて正しい。私にとってこの話を皆に聞かせる事は全く以て無意味な行動であり、合理的ではない。


 そんなことは私自身も理解していた。理解しても尚、行動せずにはいられなかった。ただ、目の前に死に行く定めの者がいたとして、そこで自分にしか出来ないことがあるのだとすれば、行動を起こすことに躊躇いは無かった。


 今はただ、どうしようもなく、この感情に嘘は付けない。


「ええ、その通りでしょう。これは間違いなく不要なリスクでしかありません……。これは僕の独断であり、連中に対する些細な抵抗にしかならないことは理解しています……。ですが、それであっても、ここで貴方を死なせる事が、僕にとって敗北となる気がしてならないのです。言うなればこれは私のただの我儘でしかない」


 かつてサルナエを救った時に上辺の打算はあった、けれどその打算もまた後付けでしかなかった。何も無かったとしても、あの時の私はただ、彼女を救いたかったのは確かだった。


 そして、此処では無いどこかを思い悩むカトルアに何もしてやれなかった自分の無力さ、あの時の遣る瀬無さを私は忘れていない、私は彼女を救ってやりたかった。


 傲慢だと思う。どうしようもなく傲慢で、その行動がどのような結果となるか、先々を見ていないのかもしれない。


 しかし、それ故に私は今こうしてスペリオーラ大陸へと繰り出し、皆と共にいるのも事実、行動を起こしたことに悔いはない、それの責任は自分が果たせばいい。


「君はその個人的な感情によって、私に無様に生き続けろと言うのか?」


「僕は貴方の罪科を私は問うつもりは無い、けれど死んで逃げることも許さない。今回の事件の生き証人として、生き続ける事に意味がある、とでも言えば閣下も少しは納得が出来ますか?」


「言葉遊びは要らぬ……。好きにするがいい」


 ゼントディール伯爵はそれだけ言うと、静かに目を閉じた。


「皆、それで構わないかい? 伯爵の転移が成功次第この城に火を放ち伯爵はその身ともに城と焼け落ちたことにしよう。臭い物には蓋を。という訳さ。後処理が面倒になるだろうけれど、今は全て燃やして真実は闇の中に葬るとしよう」


「……悪魔かてめえは」


 そう煽るアイゼンヒルはどこか清々しい表情を浮かべていた。


「人さ、一応は、ね」


 私が冗談めかして応えると、アイゼンヒルは「決まりだ、さっさと準備を進めろ」とだけ言い残し、足音だけを残して部屋から立ち去って行った。

 

(そうさ、時として感情で動くことも正しいはずだ、そう私は信じているよ)


 誰に言うでもなく、私は心の中で呟き、転移魔法術式の為の準備に取り掛かることとした。

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