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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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雪溶けは流るるがままに その6『役割の代償』


 久しぶりに見た父の姿は、どことなくやつれて見えた。


 私の政治的な利用を恐れ、亡き母の遺言に従ったアイゼンヒルとキリシアによって密かにタルガマリア領を逃され既に一年と半年。そして、未来視と人格の入れ替えによって父を欺き始めてから十年、私は私の目的の為に、自らの破滅を避ける為の選択肢を取り続けて来た。


「ルーネリアか」


 監視塔を駆け上がった先にある監視部屋に父はたった二人の伴いを側に控えさせて、ソファに腰を降ろしていた。やけに落ち着いた表情と、声音で私の名前を呼んだ父の姿を見るのは一体いつ振りだろうか。


 十年前、私が生まれ間もなくして母、レイシア・サンデルスは病気の末に亡くなり、政変も相まってサンデルス家は公爵位を剥奪され、聖堂国教会内のバランス維持の為だけに廃絶される事無く生き永らえてきた。


 いつ何時、カルサルド国王の差配によっては刈り取られる事となる伯爵位ではあったが、時代の趨勢が決まった今、カルサルド国王に反逆することが即ち、己の身を滅ぼすことになることを分からぬ筈はなかった。だと言うのに、父は教皇派とそれを支援する者達の手を借りて凶行に及んだ。奪われた教皇権、そんな物はそのままにしておけばよかった、分の悪い賭けに乗る必要など皆無であった。


「お父様、お久しぶりでございます」


 親子の挨拶にしてはぎこちない言葉。父は私がここに現れる事を予期していたのか、既に抵抗の意志は無い様に見える。


「お前が魔眼を本当に持ち合わせていたとはな。ガイゼルダナンに取り入った時点でこちらの負けは確定していたという事だな。アイゼンヒルとキリシアも良くルーネリアを支えてくれたな」


 労うように父は自らの敗北を認めていた。その分別がありながら、何故最後まで足掻きを止めなかったのか、私の中で堰を切ったように言葉が溢れ返る。


「お父様は何故、このような事態を起こされたのです……? 何故、タルガマリアの領民をここまで犠牲にする必要があったのですか……!? 無駄な犠牲を……どれだけの血が流れたとお思いですか!?」


 タルガマリアで過ごした年月、城下町はいつも人でにぎわい、街に出れば皆優しく私の相手をしてくれた。服飾店のギースとアリアは私の成長と共に衣服を創る事を喜んでくれていた。庭師のゴランは妻のマーサの為に密かに育てている薔薇を私に照れくさそうに見せてくれた。同い年のトマスはいつか魔剣を作ってみせると鍛冶屋の息子として将来を見据えていた。


 優しかった人々を私は失いたくなかった。だから、私は父を欺いてまで、敵対してまで生き永らえる事を選んだ。だと言うのに、父は私を見て静かに笑っている。そんな優しさを見せて欲しくなかった。


「必要はあった。それが魂の誓約によって課された私の役割であったからとでも言うべきか……。現状、聖堂国教会はカルサルド国王の手に渡ることは避けられない。そうした意味で穏健派を中心に再編される国王の治世には本来、教皇派となる我々サンデルス家は必要のない存在なのだ。その中で、血を残す為に必要な取引の一つとして私は教皇派に肩入れしたに過ぎない」


「血を残す為に? その為に教皇派に与するのは矛盾しているではありませんか」


「そう、一見矛盾した行動ではあった。しかし、自らの破滅と引き換えに確実な約束を履行する者がいるという事だよ。しかし、私にとっても誤算はあった。お前達が穏健派に近付くまでは想定の範囲内であったが、その魔眼の力を以て穏健派が教皇を擁立する上で必要な正当性を得るまでに至るとはな……。今回の騒動を経て、カルサルド国王は王位と教皇権を兼ねる為の権利を一つ失った事となる。魔眼と言う、本来の教皇権を持つお前の存在が現れたことによって、サンデルス家の存在意味を改めて示すことが出来たということだ。穏健派がお前を担ぎ出したことで、今回の内紛における正当性を教皇派は失った。それによって、穏健派の正当性を保持するお前の存在は今後も重要となる。それ故に国王も我が家の取り潰しはしたとしても、サンデルス家の血を廃絶することは出来ないだろう。そうした意味では、私の役割は十分に果たされたということにはなるか……。最終的な犠牲の多さという点は確かにこの私の罪が問われることは必定、だがそれでいい。私は死んでもサンデルス家の血筋がこの先も残るのであれば、それで構わない」


 父は淡々と自らの功罪を語る。いつか消えると分かっていたから何者かと取引を行ったと父上は言う。


「教皇派の支援者はやはり、管理者を気取る騎士団と魔法技術研究所ですか?」


「それを言う立場に私はいない。されど、ノエラ・ラクタリスはそれを理解しているだろう……。後はお前達に任せる事とする。私の役割はここでお前達によって討たれ、今回の騒動の全ての罪を被り終結とする。それで終わりだ」


 やり切った、そんな表情を浮かべる姿に私は再び神経を逆撫でされる思いがした。


「お父様は無責任です……自らの目的の為に、どれだけの人を犠牲にしたとお思いですか? そんなことを一体誰が望んだというのです? 他者を犠牲にするならば、私達だけが滅べばよかったではありませんか!」


 私は父を責めた。彼の行動が、これまでの犠牲に対して凡そ釣り合わない結果しか残していない事を糾弾した。


 声は震えていた。どうしようもない感情が堰を切ったようにあふれ出て来ていた。私は皆が幸せであればそれでよかった。自分達のことなど、どうなったとしても良かった。


 父はただ静かに私の言葉を聞いていた。そして、目を閉じたままゆっくりと胸中を吐露し始めた。


「私だ。私がお前が生きることを望んだのだ。レイシアが残した忘れ形見であれば、お前にだけは生きて欲しかった……どのような形であったとしても、親としてそれ以上を望む事はあるまい」


 不意に、頬に伝う涙に気づく。


 それはずるい、と思った。


 そして同時に自分の無力さを思い知らされていた。

 

 ああ……どうしてなのか。私の事を第一に考える、この心優しき父を殺す事以外に方法が無いのだ。


「私は、ただ……普通の親子でありたかった……こんな魔眼の力などいらなかった。ただ、皆と笑っていたかっただけなのに、それだけなのに……ああ……もう、こんなのは嫌ぁ」


「ルーネリア……すまない」


 悔しさが溢れていた。悲しみの嗚咽が止まる事は無かった。これは自分にとっての甘えだということも分かっていた。けれど、止めることは出来なかった。母を失い、父を失う、どうしようもない喪失感が私の胸を掴んでは離さなかった。

 

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