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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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雪溶けは流るるがままに その5『二人の魔道士』

 タルガマリア城は他の辺境伯の居城に比べれば対して手の込んだ造りにはなっていない。それは、公爵位を剥奪されたゼントディールが権勢を誇ることに興味を抱かなくなったことに起因していた。


 城塞としても最低限の機能を備えただけの城は城門を潜ると、中庭を中心として監視塔へ向かうか、居住区となる中央棟へ抜けるかどちらかの選択肢を迫られる事となる。


 私は既に魔力感知によって見知った魔力を捉え、即座に中央棟のエントランスへと向かった。


「なるほど、この為に私を呼び出したか」


 私の目の前に晒されたのは魔力精製機構を伴う人造物と、それを中心とした魔法術式陣であった。この二つが大量の魔力精製と共に黒騎士をこの世に顕現させた召喚魔法術式の構成であった。


 そしてその魔法術式の後方、二階へと向かう絨毯の敷かれた階段に悠然と腰掛け、私を見据える男が一人佇んでいた。


 アストラルド・ローデウス、次代の魔術師にして魔法技術研究所の現在の『魔道士』。そして、それが意味するところは、この私の後を継いだ者であるということである。


 見に纏う魔力は丹念に鍛鉄した鋼のような硬質な圧迫感と機能美をすら思わせる流麗さを同時に感じさせ、その洗練された力の奔流は、当代最高と謳われるこの私をして、感嘆させるに十分な練度を誇っていた。


(しかし虚しいなアストラルドよ……)


 その『魔道士』が伴いも無く私の前に現れ、あまつさえ禁術指定にされていた『門』を開く魔法術式を不完全ながらに発動してみせる様は、それこそ人の積み重ねが手繰り寄せた執念の結果なのだろうが、それはこの期に及んでの悪足掻きでしかない。


「そう、我々はノエラ・ラクタリスを超え、外界への船を漕ぎ出すと決めた」


 ゆるりと立ち上がりながらアストラルドは屹然と私に宣言を下した。


「その答えが、コレか」


「そうだ。召喚魔法術式によって行う魂の回廊への接続。そして呼び寄せた冥界の戦士達による圧倒的な戦力。しかしこれではまだ足りない、人の手で課せられた盟約を撃ち破るには未だ足りない」


 黒騎士、それは魂の回廊を守護する者達であり、転生する事なく冥府を彷徨い続ける人族の執念。魔族を打ち倒す為に全てを捧げて来た者達の末路であり、己らの一切を道具として昇華させた異形であった。


「なるほど、しかしこれほどとはな……冥王が黙っていない訳か。それで、お前は()()()()()()をする為だけに姿を現したと?」


 アストラルドは私を見据え、静かに魔力を滾らせる。いつ何時、魔法術式が発動されるかもわからぬ程に緊迫した空気が場に流れるのを感じてた。


 自身の心音すら感じられる程に静寂した空間の中、アストラルドは再び口を開いた。


「そうだ……私はこの術式を王都で発動する。圧倒的な魔力供給を以て黒騎士以上の存在を召喚し、人族に打ち込まれた楔を打ち砕く」


 王都、という言葉に私は耳を疑う。王都の魔力供給源は確かに途方も無い魔力精製を可能とする事は間違い無いだろう。しかし、それは同時に現状その魔力によって維持されている都市機能が犠牲になることを意味している。


「未だ戦いを求めるか……愚かじゃなアストラルドよ。既に人族は盟約を超えた。お前も見た筈だ、人造の獣にして『魔翼』を持つ者を。七大聖天をすら打ち砕く力の存在を。私達の戦いは終わったのだ。人類の存続は既に成った。それであれば、魔族と戦う必要はあるまい」


 私の言葉にアストラルドはふっ、と表情を崩す。それはいつか見た、懐かしき日々に見た教え子の眼差しの面影を思わせるものであった。


「ノエラ様、貴女は昔から人の心が分からない人でしたね…… 四百年、人類にとってこの四百年は決して軽んじられるべきではないのですよ。私達をここまで永らえさせた歴史が、魂が叫んでいるのです、魔族を倒せと。人の力で壁を超えろと」


 それは私に対する糾弾であった。そして同時に『魔導士』として課せられた役割を果たす為の言葉であった。


「……責任を取れ、という訳か」


「あなた達が始めた事です。私達があなた達を超えるか、貴女自身が終わらせるか、どちらかしかないのですよ。そして今はこの私が魔導士なのです。騎士団長と同じく、()()()へと挑む権利を私達は持ち合わせている」


 そう、これを始めたのは嘗て魔族と戦った七英雄と、私であった。


(全く……私を残して逝ったあいつ等を恨むとするか……)


 七英雄達は私に世界の担い手としての役割を任せ、自分本位に死んでいった。魂の回廊を超えること無く、子々孫々が己の力を以て道を切り拓くことを願い、土に還り、エーテルへと還っていった。


 残された私は、魔族という壁を乗り越える為に世界を再編し、魔法技術を研究し、高みを目指す為の環境を作り、運用を続けた。


「ノエラ・ラクタリス、この世界の楔を担う者よ。我々は王都にて完成した召喚魔法術式と共に貴女を迎え撃つ、何れにせよ貴女にこれを拒否する選択肢はない」


「王都に残した人造の獣を使うつもりか……どれだけの犠牲が出るか分かってるのか?」


 アストラルドは「勿論」と頷いた。


「ノエラ様、あれは人造の獣の出来損ない、唯の魔力炉ですよ。我々が作り出した道具を以て人の身では及ばなかった魔力(マナ)を扱い、貴女という壁を越えるのですよ」


 それは、誰に対する当てつけか、私に対するものか、それとも本物の人造の獣と称される者に対する挑戦なのだろうか。


「……いいだろう。私もノエラ・ラクタリスとしての役割を果たそうではないか」


 私の返答にアストラルドは目を見開き、獣じみた表情を浮かべ笑う。それは明確な敵意を表しており、彼の狂気の現れでもあった。


「はは、貴女の後顧の憂いを断つ為に、ゼントディール伯爵を用いた甲斐がありましたよ。私達は正面から貴女を超えなければ意味がない。大義名分と共に、この世界の行く末を占いましょう」


 やはり、私の血筋を選んだのは魔法技術研究所側であり、ゼントディールはそれに靡いたということなのだろう。終わる世界で、保身に走る我が子孫の空しさもまた、私の罰なのだろうか。しかし、だとしても、私がノエラ・ラクタリスである以上、その役割を放棄することは有り得ない。


「かっかっか。世界の行く末と来たか。青いなアストラルドよ。所詮は戯れに過ぎんよ。答えは既に出ていると先ほども言った筈だ」


「貴女は、その傲慢さによって身を滅ぼすがいい」


「……さもありなん、と言ったところだな」


 私の言葉を最後まで聞く事はなく、アストラルドは転移魔法を以て姿を消した。世界を護り、世界を切り拓く役割を持ったが故に、彼等は前に進む以外の選択肢が無いのは確かであった。


「そんなこと、知っていた筈だったな……人はそう簡単に全てを諦められるわけではないのだから」



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