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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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雪溶けは流るるがままに その2 『誰が為の戦いか』


 夥しい死が城下町全体を包んでいた。

 凄惨な結果、回避することが出来なかった犠牲。

 もっと上手く出来なかったのか、もっと力があれば、罪なき領民を救えたのでは無いのか。

 どれほど拳を強く握ったとしても無意味なのは分かっている、それでも胸中を渦巻く後悔と無力感を押しとどめる為には必要なものであった。


 私はこの光景を覚えていなければならない。無力故に犠牲とするしか無かった領民の姿を。


 肉の焼ける匂い、鉄風が吹き荒び鼻腔を強かに刺激し続ける。


 胃が中身を吐き出したがっているのを何とか堪え、口まで競り上がった刺激物を再び飲み下した。


 私にはそのような行為は許されない。この足で大地に立ち、この目で全てを視るのだ。


「ルーネリア様、大丈夫ですか?」


 気遣いを見せるキリシアもまた、その唇から色が失せている。魔術師として修羅場を潜ってきた筈のキリシアですら感情を揺さぶられる光景。それを生み出した業を背負う者たちを私は許さない。どの様な理由にせよ、踏み越えてはいけない境界があるはずなのだから。


「大丈夫です、ありがとうキリシア」


 たった一言のやり取りであったが、キリシアは黙って頷いて見せた。


 ありがとう、貴女が支えとして側にいてくれるだけで私はまだ立っていられる。


 不意に視界がぶれ、一瞬何が起こったのか前後不覚に陥りそうになるのを堪え、私は理解した。それは未来視が発動する予兆であった。


(ッ!! 何なの、これは!?)


 ラクロア様の魔法感知術式が発動した時、不意に私は視た。数秒先に訪れる戦いの開始となる存在の躍動を、そしてそれが齎す結果をも。


「何かが――来ますッッ!」


 それ、が現れた瞬間に足元が消えたかの様な感覚の消失に襲われ私は肌が粟立つのを感じていた。明確な死を想起させる魔力が街全体を覆い尽くし、深淵を覗き込むような不気味さと、狂気に満ちた禍々しさが場を満たしていた。


 それ、を見た時に不意に心臓を鷲掴みにされたかのような強烈な圧迫感を覚え、呼吸が酷く荒くなり始めている。


 それ、の出立ちは騎士の姿そのものであった。黒く塗りたくられたようなフルプレートの鎧に身を包み、騎士の礼宜しく、胸の前に剣を掲げ、渦巻く魔力を全身に纏い今にも突貫する構えを見せている。


 その姿に対して行動取れたのは魔力を扱える者達だけであった。それ以外の者は訓練された兵士であれど、恐怖に呑まれ身震いをするばかりであった。


 そう、そして、それ故に犠牲となるのは弱みを見せた者たちであった。


「あぁぁぁぁ、逃げて!!」


 私の叫び声が虚しく響く中、舞い散ったものは、その一つ一つは本来細かな粒の連なりであるはずの赤い、夥しい量の鮮血であった。


 その光景を見たキリシアが咄嗟に私の前に身体を滑り込ませ、臨戦態勢と共に魔法術式の構築を開始し始める。


「ルーネリア様、お下がり下さい。魔術師と冒険者が連携して陣容を立て直します。大丈夫です、こんな事で崩れる様なものではありませんよ」


 辺境魔術師五十名によって統率を取られる形となった各六十名程度の混成部隊、その一角が切り崩されてからの立ち直りは極めて早いものであった。


 魔術師による魔法障壁によって、黒騎士の行動を阻害するや否や、部隊に配置された準上級冒険者達が黒騎士へと強襲を掛け、時間を作り出す。


『狼狽えるな、敵は一人。数的有利は覆せまい。何故ならば、ここに魔術協会が統括者たるノエラ・ラクタリスがいるからじゃ』


 鼓舞、と言うには淡々としたノエラ様の物言いであったが、気がつけば兵士たちの震えは止まっていた。ノエラ・ラクタリスという存在が皆に安心を与えている様は、その偉大さを改めて感じさせるものであった。


 冒険者達の攻撃、隙を埋めるように魔術師の魔法術式が黒騎士へと迫る、更には立て直した兵士達の弓射もまた、間隙を縫うように黒騎士へと殺到する。


 一人の黒騎士は自分が不利と見るや否や、一旦距離をとって見せる。全身をミスリルの鎧で覆われた表情は読み取れない。しかし、その身から発する禍々しい魔力は衰えることは無く、寧ろ強く高まって行くようであった。


『冒険者、白銀のラクロアだ。手短に話す。今のは小手調べでしかない。百人の騎士がタルガマリア城から此方へ向かっている、気を引き締めた方がいい』


 ラクロア様からの術式による念話を通して各部隊に緊張が走る。


 そして私達は確かに目撃した。地の底から亡者のように這い出でる、真黒き姿をした騎士達の一団を。そしてその形に宿る魂の姿は、人でありながら人を超えた何か別次元の生物であるかのようであり、私達を見据え、確かに笑っていた。


 何に対する喜びなのか、私には検討も付かなかった。ただ、彼等がどうしようもなく闘争を求めていることだけは理解ができた。


(なんなの一体……)


 これほどに恐怖を感じているのは、私の未来視が十全に機能していないからに他ならない。この先に何が起こるのか、それが分からぬままに巻き込まれる戦いがこれほどまでに恐怖を起こさせるとは思ってもみなかった。自分の力を過信した結果、動けずに誰かにすがるしかないでいる。


 気が付けば、先程までよりも更に呼吸が浅くなり、肩で息をしている自分に気が付く。緊張感が高まり、今にも逃げ出したい衝動に駆られていた。


 その時、私の肩を確りと掴む手に思わず全身が硬直する。


「ルーネリア、心配するでない。この私がここにいるのだ。お前には指一本触れさせんよ。何よりもお前の仲間を信じるのだ、上に立つ者は常に気高く、胸を張る必要がある。これはこれからのお前にとって必要な経験となるだろうさね」


 ノエラ様の表情は戦闘時とは思えない程に柔和な笑みで彩られていた。


「……もう、大丈夫です。はい、私はこの場で見届けなければなりません。それが私の罪であり、罰であり、役割なのですから……」


 そう、ここで心を折り、膝を屈する訳にはいかない。タルガマリアの領民は父の手によって命を奪われたのであれば、私はその責任を負う義務がある。


 目を背ける訳には、いかない。


「覚悟は決まったようじゃな、それでいい。お前はそこで見ていればいい。後は儂等の役割だ」


 ノエラ様はそう言うと、私の頭をやや乱暴に撫でた。そして、私がその発動の予兆を察知することも出来ぬ間に戦いの開始を告げる、雷光が黒騎士の集団へと撃ち落とされた。 

 

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