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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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雪溶けは流るるがままに その1『愚直な者達』


 雪解け水が山間から流れに身を任せ、タルガマリア領のあらゆる支流へと流れ込み、酪農用の貯水池に十分な水量が満たされた頃、ガイゼルダナン家及びセトラーナの魔術協会、そしてルーネリアの軍勢が列をなしてタルガマリア城を目指していた。


 その数、約三千人。殆どがガイゼルダナン家の手の者である事は言うに及ばない。しかし数がどれ程の意味を持つのか……重要なのは戦力としての価値である。この世界において数的有利は、騎士や魔術師、彼等のような魔力行使が可能な者が多数いれば十分に覆すことが可能となる。


 軍勢の行脚は思いの外に軽く、多くの者が浮ついた表情を見せている。それは単純に、ゼントディール伯爵の抵抗は然程強くは無いと想定していたからであった。


(無意味な行軍、そう考える者も多いかもしれないな……)


 本来は聖堂国教会の教皇が持つとされていた未来視の能力、それを持つルーネリアが穏健派へ靡いた以上は教皇派の徹底抗戦には最早正当性は存在せず、烏合の衆と化した軍勢を率いてまで自分の領地を巻き込んでの戦争を起こすとは誰も考えていないことが主な理由であった。


 しかしタルガマリア城の城下街に軍勢が到着した頃には、市街地における異変を皆一様に察知し、空気が張り詰めるのを感ていた。


 立ち上る黒煙、打ち砕かれた城門、教会の目印となる尖塔は無惨にも破壊されている。その様は既にタルガマリア市街地が戦地と化している事を意味しており、誰が何の為に、という理由付けに思案を巡らせる者が多数であり、それと同時に答えに辿り着いた者は驚愕の声を上げることになる。


「ここまでやるってのかよ……!」


 私達の中で、第一声を上げたのはアイゼンヒルであった。ゼントディール伯爵の拘束に名乗りを挙げ、ルーネリア、キリシアと共に今回の戦列に加わっている。ルーネリアの騎士として、ゼントディールを捕らえなければならない役割を担い何を思うのか、その胸中を推し測るのは無粋と言うものだろう。

 

 しかし、それは騎士としての在り方の問題であり、この期に及んで敵がタルガマリア市街地を荒らす事までは想定外であるが故の呻きであった。


「なるほど、良くやる……サンデルス家を贄に、可能な限りの消耗を強いるつもりというわけか……まともに取り合えば此方もそれなりに被害がでるのう」


 ノエラ・ラクタリスはその長い金髪を髪留めで邪魔にならないように束ねつつ、『セントワード』における伝令を用いて全体の行軍を停止させた。


「ラクロアよ、お前の魔力感知で可能な限りの範囲を攫い、駐軍可能な箇所を割り出し儂に伝えよ。魔術協会に属する辺境魔術師五十名及び、ガイゼルダナン子飼いの冒険者はこの一軍の守護、及び統括を一任する。ラクロアの探索が終わり次第、市街にて待機。ルーネリア、お前は儂共にタルガマリア城へと向かう」


 魔術協会の統括者であるノエラがこの場においては最も発言力のある権威者であり、ガイゼルダナン家の寄越した幾人かの指揮官であったとしても彼女の言葉を無碍にすることは出来ず、従う他なかった。第一に、戦力的な面で言っても、ノエラに付き従う魔術師五十名の総力の方が、冒険者と一般衛兵によって混成されたガイゼルダナン家の兵力を優に上回っているのも事実である。


 私も特にノエラの指示に違和感は覚えず、言葉通りに魔力感知を広げ、約六百メートル四方の城下町全てを完全に感知下に置いた。


 想像通りとでも言えばいいか、市内の住民の一切が息絶え、屍を晒していた。老若男女問わず、恐らくは、そこに居たからという理由で、問答無用に虐殺の憂き目に遭ったのだろう。


 子を抱えた母が、生涯を共にした老夫婦が、未来を進むはずの子供達が、容赦無く、慈悲もなく、ただ死んでいる。


(ここまでやるか、いや、()()()()()なのか……)


 ふと、感情が一切の色を失い、次の瞬間には抗いがたい激情が血液を沸騰させるかのように全身を駆け巡り始める。


(何故、こんなにも昂っているのだろうか、単純な恐怖、とは少し違うな……ただ俺はこの光景を恐れているのは確かだ)


 動揺はないものと思っていた。追い込まれた人間が時に暴発することなど想像に難く無い。だと言うのに、今、こうしてこの身に宿る怒りは確実に私自身を焦がしていた。


 それはこれまで修羅場に置かれても感じることの無かった哀れみであり、苛立ちであった。恐らくはここに暮らしていた人々の、戦いとは無縁のはずの生活を、トリポリ村にいた人々に重ねた故に起こった避けることの出来ない感情の発露であった。


「勝つ為の抵抗とも違う、これはまるで……」


「そう、お前の見立ては正しい。ゼントディールは……いや、教皇派は最も我々が嫌がることをやってのけている。消耗戦とも違う、将来に遺恨を残す反吐が出るやり方さね」


 資源だけではない、人材すらも跡形も残さない。それが今回の騒動を裏で操る者達が出した返答であった。それは負けを認めるとは別ベクトルの、言葉通り徹底抗戦とも言える。


「無意味な犠牲だ」


「意味はあるのさ。それなりには、だがね……」


 ノエラ・ラクタリスは表情を変えずにそう言い切った。それはどんな、と聞く前に再び『セントワード』によって全軍へ指示が飛び、私の質問は宙に消えた。


(あんたは何を知っている……どうして奴らはここまでの事を為さねばならないのだ?)


 軍勢は既に廃墟と化した市街に進駐し、タルガマリア城に睨みを効かせる形で陣を敷く事となった。


「この先は辺境騎士、魔術師、準上級冒険者レベルの者達を中心にゼントディールの拘束、ないしは殺害を試みる。何が出てくるかは分からん。努々、警戒を怠るでない」


 私は先陣を切る形で再び魔力感知によってタルガマリア城の探索を担う事となった。城に私の魔力感知が到達した時、それを合図とばかりに、突如として市街地に現れたこの世ならざる影の蠢きを私は見逃さなかった。


 それは、嘗てサルナエと共に見た、冥府の守り人の姿であった。

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