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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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闇を操る者、世界を護る者

 

 ガンダルヴァの軍勢は想定通りに取り逃がしなく退けられた。大凡六百体の魔獣の死が生み出した多量のエーテルは、その一切を余すことなく、持参した魔力炉が喰らい尽くしてゆく。


 低級の魔獣に魂は存在せず、死と共に体内のマナがエーテルへと還元される。この構造であれば『魔翼』の干渉を受けずに必要な魔力が確保出来ると仮説立てたのは正しい見立てだったと言える。


「準備は整いましたな」


 人の形にはならず、必要最低限の器官以外は全て魔力結晶体と化した物言わぬ肉塊のオブジェ――魔力炉――を眺めながら、私はひとりごちる。


「それは、なんだ?」


 ゼントディール伯爵は胡乱げな目で私を見つつ召喚魔法術式陣の中央に設置された魔力炉を指さしている。


「魔力炉ですよ、それも人造のですが。エーテルから魔力を精製する為の魔力機構。どうです? これほどに醜悪でありながら人類にとって欠かせない叡智の結晶がこの魔力炉なのですよ」


 私の言っていることどれほど理解しているのか、それは分からなかったが、魔法術式が稼働始めれば、最早疑問など関係は無くなるだろう。


「確かに醜悪な姿だな、これがもたらすものが私の破滅を具現化するという訳か」


 魔力炉に取り込まれたエーテルよって魔力炉は強制的に機能を発揮し始める。翡翠色に輝きを放ち、魔力が精製されていることを指し示していた。そして、精製された魔力が床に描かれた幾何学模様と魔力の指向性を示す魔力文字を通り魔法術式陣の発動を促し始める。


 魔法術式陣に満ちる尋常ならざる魔力量を用いることで、人の魔力量ではどうあがいても辿り着くことの出来ない、魂の回廊への足掛かりを創り出すことに成功したことになる。


「これは、一体……」


 ゼントディールは発動した魔法術式が空間を歪め、そこから現れた漆黒の軍勢を見遣り驚きの声を上げた。


 魂の回廊に堕ちたとしても、決して折れる事なく留まり続けた人族の魂の集合体。それが漆黒の鎧を纏う黒騎士として顕現し、私達の前に姿をさらしている。


 私とて全身を走る怖気を抑えられない程に死を意識せる、圧倒的な威容を誇っている。


(これが人の行く末だとするならば、虚しいものですね)


 人外の魔力量を誇る救世の戦士達の集団は物言わずして、タルガマリア城内、一階エントランスにて静かにその時を待ち続けている。


「ゼントディール伯爵、これが貴方の軍勢ですよ。タルガマリア領を破滅へと向かわせ、セトラーナの魔術協会をすら蹂躙する無垢な力の結晶です」


「アストラルド殿、貴方はどこまで行くつもりだ? この先に何を見ているというのだ?」


 それは確認、と言うよりも恐怖に近い感情による問いかけに見えた。それは極めて無意味な質問である。何のために騎士や魔術師が高みを目指すのか……いや、目指さなくてはならないのか、それを知らない伯爵ではあるまい。


「愚問ですね。我々の目的はただ一つ、人族の世界を切り拓く為以外に何があるのでしょうか。我々はこの四百年の研鑽を忘れはしない。何れ、我々の手でノエラ・ラクタリスを超え、魔族という壁すらも凌駕してみせる。その為の魔法技術協会であり、その為の我々の命なのです」


「しかし、お前達は悪戯に民を殺し、管理者を気取る。矛盾しているとは思わないのか? 人を救うはずの力によって、人を殺している」


「……必要な犠牲なのですよ。誰もしたがらないことをする。それはこの世界を管理する者達の役割でしょう。この歪な世界において、魔族を超える為に研鑽を詰み続ける事と、人族の世界を延命し続けなければならないという両天秤、我々は常にその抗いようの無い命題を突き付けられながら、それでも尚我々は先へ進まなければならない。そう、そしてそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、貴方のような人間が必要なのですよ、世界の趨勢など眼中にない、けれど一族に執着を持ち、その身を犠牲にしてでも家を護ろうとする者達の犠牲がね」


「ふん……嫌なところで利害が一致するという訳か。私も、お前も」


「そうなります。いつ燃え尽きるとも分からぬ状況でこそ人の本質は現れるものです。それであればこそ、劇は進み、物語が紡がれると言うものです」


「は、この騒動を劇と称するか。さながらタルガマリアは虐殺の舞台か」


「聖堂国教会はその役目を終えようとしているのです。このスペリオーラ大陸を管理する為に必要だった教義、信仰、そして抑制、そのどれもがカルサルド国王の下に渡る以上、全てのバランスが崩れる事となる。それであれば、いっその事消えてしまった方が我々にとっては都合がいいということです」


 教皇派、穏健派、その双方の対立によって生まれた不和。少なくとも教皇派に付いた者達は総じて裁かれることになるのは必定であった。様々な陣容を巻き込み、暴発を狙いはしたものの力を積みあげてきたのは騎士団と魔法技術研究所だけでは無かったということなのだろう……撒いた餌に思いのほか引っ掛からなかったという事がその事実を現している。


「聖堂国教会はこの国の医療を司る者達だ。国家運営に少なからず影響が出るぞ」


「それもまた想定済ですよ伯爵。伯爵はご存じですか? 我々の魔力資源の状況においてこれ以上の人口増加は国家運営においては明らかな重荷でしかないのですよ。それ故に口減らしはいずれ起こる。それを民衆は望まないでしょう。だから我々がやるのです」


 この先の人類を護る為に、今を生きる者達の死を司る。その矛盾には気が付いている、しかしそうした構造は、魔族を超えなければ止まる事はない。それであれば、我々は突き進むほかない。どれほど恨まれようと、どれほどの屍を産み出そうと、止まる事は許されないのだから。


「……歪んでいるな、お前も、私も」


「理解されるとは思っていません。しかし、それが出来るからこそ私は『魔導士』に選ばれた、それだけです……間もなく雪解けと共にセトラーナから軍勢がこのタルガマリアへと押し寄せる事になるでしょう、魂の契りに従い、存分に戦われるがよろしい」


「分かっている。希代の咎人として死ぬ用意は出来ている」


 ゼントディール伯爵はどこか達観したように、それでいて僅かに勝ち誇ったかのような表情を見せながら、その整った金色の顎鬚をゆっくりと撫ぜつつ、私を見据えてそう言った。


 死を目前に覚悟を決めた者が見せる表情、それは私がこれまでも見て来た者達と同じ姿のように思えた。諦観だけではない、私との取り引きを通じて残るものがあると信じた者の表情であり、それが裏切られる事は無いと信じて疑わない者の表情であった。


「……この死地で貴方の魂が満たされる事を祈っておりますよ」


 この祈りが満たされる事など有り得ない知りつつも、私は意味の無い言葉を吐き捨てた。


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