三人の戦士 その3 『龍を殺す者達』
旦那の魔法によって、俺達は魔術師と大型魔獣を取り囲むようにして移動させられる事となった。目の前の景色が歪み、次の瞬間には別の場所に降り立っているという経験は事前の共有がなければ混乱に陥る事にもなりかねない奇術であった。そんな事が当たり前に出来るのであれば暗殺し放題だなと、思い至ったがそんな考えを意識外に即座に押しのけ、眼の前の敵を見据えていた。
魔術師はこちらの突然の出現に驚いていた。その隙を見逃さずにザイが弓矢の一射で足を狙い撃ち、即座に魔術師の行動力を奪った。そして矢尻に塗られた即効性の麻痺毒により魔術師にそれ以上の行動を許さずに昏倒させた。
「先ずは及第点、次はこいつをどうするかですね?」
スオウが魔術師に続き、目の前で獰猛な唸り声を上げる筋骨隆々な四足歩行の凶獣を見上げていた。禍々しく捩れた二本の角と、地面を抉る程に伸びた竜爪、そして背鰭のような突起物は時折発熱の為か呼吸と合わせて薄らと紅く色を帯びている。
魔獣は雄々しく伸びる蛇に似た尾を刺々しく地面を叩きこちらを威嚇しており、その威圧感は以前ロシュタルトで出会ったエルドノックスに酷似している。
そう、目の前にいる魔獣は、魔獣の中でも上位存在とされる龍種に属する者で間違いは無かった。
自身の主人であった魔術師が昏倒している事に気付いてか、それとも俺たちを獲物と捉えたのか、血走った眼で俺たちを見据えていた。魔力濃度はロシュタルトで出会ったエルドノックスと同等かそれ以上。それであれば相手に不足は一切無かった。
「はっ、ラクロアの旦那には後で土産でも持ち帰ってやんねえとなあ!」
「ああ、これは俺たちに対する試しと見た。やれるものならやってみろという明確な問いだ」
「それであれば、期待に応えない訳には行きませんね。二人とも、やりますよ!」
ザイ、スオウ共に彼我の力量を察知した上で全力で戦う事を改めて言葉にした。それはもう逃げたくは無いという思いと、絶対にやり遂げるという力強い決意が心の底から湧き出るが故だった。
俺たちは既にロシュタルト、ガイゼルダナンに於いて旦那がいなければ既に死んだ身。それ以前にタオウラカルを旦那が救わなければ緩やかな滅亡の中で息絶える人生で終わっていた。
それであれば、旦那の横に並び立つ為に、友と呼んで貰う価値を作り出す為に、俺達は強くならなくてはならない。それが俺達を突き動かす理由であり、目的であった。
全身に魔力を走らせる。血管を通し、筋肉を覆い、皮膚の細部まで全身を駆け巡る魔力によって肉体を強化する。握り締めた大剣にも血液を通わせるように、自らの身体の一部とするように魔力を巡らせ、腰溜めに構えを取ると共に、地面を蹴りつけ、突貫を始める。
「うらああああああ!!!!」
気合と共に凶獣に正面から斬りかかる。凶獣は迫る一撃に対して巨体とは思えぬ速度で白刃を食い止めようと猛々しく前脚を振り落とした。まともに受ければ引き裂かれ致命傷になりかね無い一撃と自分が込める魔力の篭った大剣の一撃が激突すると合金が衝突したかの様なけたたましい音と共に凶獣の前脚が弾かれ、大きく胴体に隙が生まれたのを確認した。
「ザイ、スオウ、やれるぞ!!」
確かな手応え。以前とは異なり、身体強化が隅々まで行き渡り、凶獣の剛力に押し負ける事なく拮抗はおろか、押し返す事すら可能となっていた。たったそれだけ、たったそれだけではあったが、それは戦局を左右する力量差と言えた。
ザイ、スオウは俺の声に反応するよりも早く、魔力を込めた武具を構え既に魔獣に対し攻撃を試みていた。ザイの放った速射による矢が隙だらけになった魔獣の脇腹を深々と抉り、肉を弾き飛ばし、魔獣が苦悶の声を上げる。
がぽっ、という液体が弾ける音と共に鮮血が流れ落ちる様は間違いなく俺達の攻撃手段が魔獣にとって有効であった事を確信させるものであった。
「分かっています!!」
スオウは肉食獣を思わせる低姿勢を取ると共に高速で移動しながら魔獣の懐に滑るように潜り込むと、魔獣の足元目掛け反撃を許さぬ速度で双剣による攻撃を繰り出した。
深々と剣が肉を切り裂き、目に見えてそれを嫌うように魔獣がその尻尾によって我々を薙ぎ倒そうと其の場で身を捻ると共に強烈な一撃が迫ってきた。
いつか見た景色、前回は為す術無く突き崩された質量の暴力。万力を込めて今度こそ防ぎ切って見せる。その為に鍛え、その為にここまで来たのだから。
奥歯を噛み締めて、大剣を担ぐように後ろに流すと共に、踏ん張りを効かせ、腰を捩じりタイミングを合わせる。迫る肥大化した筋肉の塊、しくじればスオウやザイも巻き込まれる可能性がある一撃。
「舐めるなよ、魔獣風情がぁ!!」
身体がしなりを上げ、意思と同時に大剣を振り抜いた。
魔力によって強化された身体は軽く、重さを無くしたかのように軽やかに剣が走り、魔獣と激突する。
魔獣の尾に込められた魔力と大剣に込められた魔力が衝突し合い、其の場で一瞬拮抗を見せると共に、弾けた。
気合と共に大剣に流す魔力を高め、その勢いにまかせ完全に大剣を振り抜いた。鱗、皮膚、肉、骨、全てを引き裂き、魔獣の尾の丁度真ん中を切り飛ばした。
『キシャアアアア!!』
痛みに吠える魔獣の声を聞きながら、身体は達成感に震えていた。自分は未だ戦えると、俺は戦士として戦えるのだと、今、この場で証明が為された事に喜びと言う名の万能感が身体を支配していた。
魔獣の荒れ狂う姿を横目にザイが追撃の一矢を放つと、その一撃で再び魔獣の動きが止まった。
「今だ、スオウやれッッ!!」
ザイが吠えると共にスオウは魔獣の胴体を掛け上がり、間髪を入れずに首元に双剣を突き立てた。抵抗を許すことなく突き刺さる双剣は魔獣の首を跳ね飛ばし、魔獣は多量の体液を撒き散らしながら、糸の切れた人形のように、身体の統制を失い、どうっ、と土を舞い上げながら地面に倒れ込みそのまま息絶えた。
暫くの間、三人の荒い息遣いだけが其の場に響いていた。
「やったのか」
ザイが最初に静寂を破り、念の為の確認を求めた。
「そうですね。魔術師と龍種を私達三人だけで、誰の手を借りる事もなく倒しました」
スオウが冷静に現実を説明して見せる。
「ああ。やってやった。俺達はやり遂げたんだ。龍を俺達が己の手で、だ」
感傷に浸っていると、スオウが移動を促してきた。それに従い森から平野を俯瞰できる高台に移動すると、そこには朝焼けに照らされた平野が薄く白い雪を染め上げる鮮血と共に映し出されていた。何百というガンダルヴァの死骸が討ち捨てられ、塹壕では冒険者たちが勝利を祝う宴を開いているのが見えた。その奥で、遠巻きに見つめられている旦那が独りで居るのに目についたが、こちらに気付いたのかグラスを片手に私達に杯を掲げていた。
人から恐れられ、横に並び立つ者が居ない絶対的強者、しかし、そして未だ成長の途上にある絶対的魔術師。その横に並び立つ人間となる為に、俺達は研鑽を積み続けている。
「ならよお……やっぱ越えなきゃならねえ奴がいるよな」
ぼやくように呟くと、スオウとザイは同意を示した。
「ええ、仇を返さなければならない人物が我々にはいます。彼を越えない限り我々は未だ死人のままです」
「アルヴィダルド・イクティノス……!!」
戦いの終わった火照る身体を朝の肌寒い風が覚ますのを感じながら俺は再び研鑽の日々に身を置く事を心に誓った。