セトラーナを遊ぶ二人 その1
「ラクロア! 一緒に外で遊びましょう!」
急に声を掛けてきたのは第二人格のルーネリアであった。魂を視るまでもなく、その元気が人格を持ったかのような明るさは第一人格には無いものであった。
ルーネリアは第一人格が表に出ている時には完全に眠っているようでその時の記憶が無い。
それはともすれば現実と夢の狭間、取り残されながらに生きるようなものであった。しかしそれ故に第一人格が持つ、未来視によって得られた情報が第二人格の彼女から漏れる事は無いと言える。それはこうして無邪気さを長所とする第二人格の彼女自身にとっては恐らくは良い事と考えるべきであろう。
「いけませんルーネリア様。そろそろ山間からガンダルヴァの群れが移動を始める頃合いですから、外に出るのはお控え下さい」
相変わらずお付きとして側に控えるキリシアがそれを止めようとすると、ルーネリアは膨れっ面を見せ私の袖を掴んで離さなかった。
「いいじゃない、ラクロアなら魔獣なんてすぐに倒してくれるわよ」
「そういう問題ではありません」
キリシアに怒られシュンとするルーネリアを暫く眺めていると、訓練を終えたスオウがザイと共に私を尋ねに来た。
「ラクロア様、少しよろしいでしょうか?」
「ああ、どうかしたのかい?」
スオウはおもむろに手に持った書簡を私に寄越し、そこに記載される内容の説明を始めた。
「実はセトラーナの冒険者管理組合からの要請で、可能であればガンダルヴァという魔獣の討伐依頼のようです。かなりの数のようで、セトラーナの冒険者だけでは頭数に不安があるようで、人手を募っているようです。折角なので訓練がてらに私達とミチクサは討伐に参加する予定なのですが、ラクロア様は如何されますか?」
ガンダルヴァと言う魔獣に聞き覚えは無かったが、私は一つの可能性を考慮し討伐内容を精査することとした。
「ふむん。どういう魔獣かは興味があるね。時間もあることだし、見てみるとしようか。因みに魔獣の討伐ランクはどのぐらいなのかな?」
「一匹一匹はCランク程度との事でしたが、どうやら集団になるとB-程度になるとの事でしたね。私達としては今の実力がどの程度にまでなったか試す事の出来る良い機会かと思っております」
嘗てエルドノックスと戦って討伐しきる事が出来なかった三人は、ガンダルヴァの討伐をその雪辱戦と捉えているようであった。その闘志は戦士として十分に彼等が機能するであろうことを予感させるに足るもののように私の目には映っていた。
「そうかい。僕も参加はするけれど、それであれば基本的に手出しはしないでおこうかな。防衛と考えると管理組合の冒険者含め、街の外で防御線を張るのだろうから、その境界線を越えてきた魔獣のみを狩る様にしてみようかな……。因みに本来であればセトラーナに駐留するサンデルス家の私兵も討伐に加わるのかな?」
私はルーネリアを宥めていたキリシアに質問を投げると、キリシアは頷いて普段のガンダルヴァ討伐の様子を教えてくれた。
「はい、毎年八十から九十名程度の衛兵がガンダルヴァの討伐に参加しております。冒険者は十組程度でしょうか。一先ず街に入り込まないようにする撃退が目的でありますので、そこまで混戦になるような事はあまりないように思われますが、それでもこの時期は皆外出を控えるのが慣例となっています」
キリシアは私に対して説明をすると共に、「衛兵が守るのであれば自分が外に出たとしても問題ないでしょう」と言葉にしながら訴えるルーネリアを「駄目です」と容赦なく制していた。
「ガンダルヴァの観測班からの連絡では、明朝には峠を越えて街のすぐ側を通るように移動中との事でしたので、街に近付く前にある程度の露払いを行うようです。今夜中にはこちらを出立する予定ですので、ラクロア様もご準備をよろしくお願いします」
スオウ、ザイ共に既に準備は整っているようで、残すは私とミチクサだけのようで情報伝達のラグを考慮しても二人はやる気満々と言える。私としては書簡には載っていない情報が無いか念のために管理組合で情報を確認する必要があるように思い、今後の動きについて二人へと伝えた。
「わかったよ。必要な準備は各々で整えるとしよう。僕は一度冒険者組合へ行って組合に討伐参加の旨を伝えるとしようかな。ルーネリア、僕は用事を済ませがてら一度街の様子を見てこようと思うけれど、良かったらついてくるかい?」
「もう、ラクロア様。ルーネリア様を甘やかしになるのはお辞めください」
キリシアは納得しかけていたルーネリアが再び目を輝かせ始めたのを見て私に対して非難の目を向けていたが、私はそれを心配ないと言い聞かせることとした。
「一人で飛び出されるよりはマシでしょう。確り護衛するので大丈夫ですよ」
「やったわ! 流石ラクロアね、話が分かるという物よ!」
ルーネリアは金色に輝く髪を嬉しそうに揺らしながら、飛び跳ねていた。貴族のお嬢様には見えない腕白さに少し、トリポリ村のカトルアの姿を思い出した。
「冷えないように上着だけは確りと着ていこう。それじゃあ二人とも、また後で会おう」
「分かりました。お気をつけて」
キリシアもようやく観念したようで、しょうがないとルーネリアの支度に急ぎ取り掛かり始めた。