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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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アイゼンヒルとキリシア

「二人ともこうして腰を据えて話すのは久しぶりか」


 ノエラ様はその美しく肩まで掛かる美しい金髪を揺らし、趣味である香草の抽出を行いながら器具越しに私達に声を掛けた。


「はい、ノエラ様。もう一年近くセトラーナを離れておりましたので」


 私が答えると、ノエラ様はふむ、と考えを巡らせるように遠くを見遣った。


「して、お前達がここに来たのはルーネリアのことかな?」


「はい、お嬢様は能力の度重なる発揮により消耗が極めて激しく、静養はしているものの未だ完全な回復とは言えず、人格の入れ替わりが多い状況です」


「オドの大量消費がそのまま魂そのものにまで影響を与えている。因果応報、求める結果の為に身を削った代償だろうよ。暫くは未来視の力も精度高くは使えまい、安静にしておればルーネリアのオドも回復するのは間違いない、この点は安心するといい。とはいえ、絶対安静である状況に変わりはないのでな、確りと監視はしておくのだぞ」


「ありがとうございます。そのお言葉で安心致しました。私が責任を以てルーネリア様のお側に就きますので、お任せください」


「うむ、しかし問題はこの先についてじゃな。ゼントディールとその背後の騎士団、魔法技術研究所がどのような手を打ってくるか……まさか、これで終わりではあるまい」


 そう、これまでルーネリア様の未来視によって行動を決めてきた私達にとって、身体の限界は即ち停滞を意味している。この先、ゼントディール様との対決も近い、その上でお嬢様の未来視無しで問題が無いのか、それが目下の問題であった。


「お嬢の不在を奴らが読んでくるか、ってことだろうよ」


 アイゼンヒルはいつもと変わらぬ調子で腕を組み、「お嬢の騎士として為すべき事を為す」と見栄を切る。そう、私達は起こる事態に的確に対処を行えばいいのは確かである。しかし、敵は騎士団と魔法技術研究所の一派も含むと言うのであれば、何が起こるか分かったものではないのだ。


「然り、まあどの程度ルーネリアの状況を把握しているかは分からぬが、遠からず仕掛けてくるのは間違いあるまい。奴らにとってこの内紛そのものが目的であり、戦火が拡大するのが目的である可能性を仮定するのであれば、ゼントディールを無理にでも焚きつけるだろうさ」


 ノエラ様はゼントディール様が憎しみに駆られ、今回の騒動に肩入れを行ったと言う。しかし本当にそうなのか、私は疑問を抱き続けている。あの優しく、聡明であったゼントディール様が一時の感情に駆られて立場を危うくするようなことを行うのかどうか……しかし、現実の情報のみで判断するのであれば、ノエラ様の言う通りゼントディール様は国王陛下へ歯向かう道を選んだ、それに間違いはない。


「ゼントディール様が晩節を汚すような真似を行うとは思いたくないものですが……」


「奴が何を考えているかは私にも分からんよ。だが、背後にいる者達は燃え尽きるまで奴を駒として動かし続けるのは間違いあるまい」


「ちっ、管理者気取りどもが……」


 アイゼンヒルは目元の傷を摩りながら毒突くと、僅かに怒気を放出し始める。彼もまた、ルーネリア様の騎士とは言えど、本来はサンデルス家の守護もまた、彼の仕事の一つでもある。それ故に、サンデルス家が分断されることとなった今回の聖堂国教会の内紛については忸怩たる想いがあるに違いない。そして、その裏で内紛を助長する自らが属する騎士団の存在もまた、アイゼンヒルにとっては怒りの矛先が向くのも自然と言える。


「なに、こちらとて戦力は揃いつつある。奴らも大手を振って戦力を投下することは出来まい。それであればさほど心配する必要はないさね。我々がやるべきは如何にして被害を少なくサンデルス家の廃絶を免れるか、と言ったところか。その点はガイゼルダナン家の力を借りる他あるまい。魔術協会との繋がりもまた、その一助にはなるだろう」


 ガイゼルダナン家、シャルマ公爵の行動は迅速であり、今回の内紛に介入を決めるや否や、ルーネリア様が鍵となることを見抜き、即座に穏健派と渡りを付け、今では国王陛下が行動を起こす前にその最大の支援者としての立場を確立している。その手腕は見事という他なかった。立場として完全に矢面に立つことはせず、それでいて全体を俯瞰することが出来る立ち位置に収まり、今回の内紛の落としどころすらも用意している。


 浅黒く健康的な肌色と、凛とした佇まいも相まって、やおら人を惹きつける雰囲気を身に纏っていたことを俄かに思い出し、私は自身の不甲斐なさをお思い知らされる。


「ガイゼルダナン家の噂はかねがね聞き及んでおりましたが、これほどとは思っておりませんでした。シャルマ公爵、商人としてだけでは無く政治についても巧みな差配をされるとは……」


「ガイゼルダナンであれば当然さね。お前が気に病むことではないよ。ルーネリアがいればサンデルス家は続く。いっその事、ルーネリアをシャルマ公爵に嫁がせるのも一つの手かもしれんのう。まあカルサルドやジファルデンがそれを許すとも思えんが」


 ノエラ様は当たり前のように言い放つが、それはサンデルス家の名が公から消えることを意味している。そして何よりも、ルーネリア様の意志がどこにも存在しない方策であった。


「いくらノエラ様とは言え、お言葉が過ぎます。ルーネリア様は政治の道具ではありません。サンデルス家として今後を担う御方の筈です」


「ふむ……キリシアよ、それは理想に過ぎぬ。サンデルス家は今回の騒動の落とし前を付ける必要がある。ゼントディールの死では足りぬよ。ルーネリアが聖女として穏健派と教皇派の橋渡しをせざるを得ないのは目に見えている。その上で、国王に下るか、それともガイゼルダナン家に下るか、残される選択肢は決して多くはない。それはどこまでも生き延びることを目的としている。人並みの幸せ、などと言うものが得られるほどサンデルス家の名は軽くはない。その血族の大本がこのノエラ・ラクタリスへと繋がる以上、独立性が保てなければ誰ぞに食われるが落ちさね」


 ノエラ様の言葉は正論だ。正論過ぎて吐き気がするほどに、どうしようも無く正論なのだ。けれど、それは血の通っていない論理であり、一切の救いの無い諦観の論だ。私は、それを何の躊躇いもなく口に出来る人間性が憎い。


「ノエラ様であれば、そのお力でルーネリア様をお救い出来るのではないのですか? 何故、貴女ともあろう御方がそれをなさらないのです? 貴女の血縁者なのですよ!?」


 これは感情論だ。全てを受け入れた上で正しい答えを出すのは正しい。けれど、自らの身内を救う力がありながら、救うことをしないノエラ様は臆病者だ。


「私がノエラ・ラクタリスでなければそうもしよう。しかし私はノエラ・ラクタリスそれ以上でも以下でもおないのだよ……。私が動けば、魔術協会が動くことになる。その隙を騎士団も魔法技術研究所も手ぐすねを引きながら待ち望んでいる。私個人の問題では無く、言葉通りに人が死ぬ。それも、()()()()()()()()。それ故に身内であったとしても私は救わない。自らが救われたいのであれば、自らの力を以て道を切り開かねばならないのだ。この世界はそのようにして造られている」


 それは欺瞞だ。何故なら、ノエラ様はルーネリア様にではなく『魔翼』を持つ少年に対してはこれ以上ない程に肩入れをしている。


「ラクロア様には力をお与えになるのにですか?」


「尺度が違う。それは論点にすらなり得ないのだよキリシア。私はラクロアに力は与えてなどはいない。既に奴は()()()()()()()のだ。それを最大限に発揮する為の手助けにしか過ぎない。そしてこれは私にとって()()()()()()()はなむけに過ぎない……これ以上は平行線であろうよ。話がこれ以上ないのであれば、帰るがよい」


 ノエラ様はきっぱりとルーネリア様への対応とラクロア様への対応は比較に値しないと言い切ると共に、話は終わりとばかりに私達に退室を促した。


「私には……私にはノエラ様の仰ることが理解が出来ません」


「その通りだ。理解など出来るわけがない。お前達は籠を破ることなど、出来はしないのだからな……」


 そう言い残したノエラ様の背中は、どこか寂寥感を抱かせるほどに小さく見えた。


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