表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
116/191

魔法技術を発展させる者


 ノエラ・ラクタリスの研究所には古今東西、あらゆる魔法研究の書物が取り揃えられ彼女の研究資料として用いられていた。その半数は自らが書き記したものであるとの事であったが、その中には世に出回っていない様々な魔法技術の応用方法が書かれているとの事であった。


「魔法技術の情報は世の中を乱す技術も多い。大規模魔法術式等、武力として用いられる情報は確かに平和を乱す要因だが、それは一つの側面にしか過ぎない。魔法技術の発展、即ち現実的な利便性を求め過ぎる結果として、魔力的な資源の奪い合いに発展する可能性も有り得る。人の世が発展するのに合わせて技術を浸透させるのが人間の世界をつつがなく運営する上で重要というわけよな」


 そんな話を聞きながら、私は可能な限り彼女の記述する資料に目を通すようにしていた。中でも目を引いたのは魔力の形而下における種類と効率的運用に関する考察についてであった。


「お主はオドとマナの違いを理解出来る筈。人族が体内で生成する魔力をオド、魔族がエーテルを取り込み体内で精製する魔力をマナと分類している。人族はオドを外部に満ちるエーテルと結びつける事で魔法術式を構築し、抗力を発揮している」


 それはかつて、ノクタスから講義を受けた内容を端的に表した内容であり、私自身も良く理解しているものであった。


「ああ。一方でマナはそれ単体で魔法抗力を発揮する事に優れている。というよりはエーテルを変換する事で十分な魔法抗力を発揮する為の力を持ち得る魔力量を確保できると言っていい。それ故に外部のエーテルに結び付ける形で魔法術式の構築を行う必要が無い。魔翼によって常にエーテルが供給される以上、魔族はマナを恒常的に体内で精製が可能であり、それ故に、単体で十分な抗力を発揮する事が出来るという訳だな」


「そう、オドとマナは同じ魔力と称されているが、人族と魔族の身体的構造の違いによってその使用され方が異なるとも言える。私の定義付けとしては、オドは内から外に働きかける力に対して強い親和性を持ち、マナは外から内へと作用する力に対して親和性が高いと捉えている。オド、マナをそれぞれ効率的に運用しようとするのであれば、それぞれ運用方法を変える必要が有る。しかし、人間がマナを用いる事は基本的に無いと考えると、一般に出回る魔法構築理論は全てオドを基にしたものであると考えた方がよい。まあ、その基礎理論を作ったのもこの私なのだがな」


 がはは、凄いだろう! と外見上だけは、美人と呼んで差し支えの無い彼女の容姿から似つかわしくない粗暴な笑い声が研究所内に響き、私はそのちぐはぐな様子を無表情で眺めていた。


「なるほど、そう考えるとオドの効率的な運用方法を先ずは学び、マナの効率的な運用方法を研究すると言うのは、一つ勉強としては良いのかもしれないな」


「いいのう、いいのう。マナの実質的な研究など、この数百年まともに出来ていなかったからのう。召喚術式以外に実践的な魔法術式構築理論をマナの性質を基に考えるのは興味がそそる! 」


 ノエラは好奇心を剥き出しにしながら私を眺めると、思いついたようにおもむろに私のローブを脱がせようと帯留めに手を掛け始めた。


「取り敢えず脱げ、脱いで儂に魔翼をじっくりと観察させよ」


 言葉遣いも既に雑な老人めいたものに変わっており、感情の変化が実に分かり易い。


 私は冷静にその手を払うと同時に少し彼女から距離を取るが、ノエラはそれが癪に障ったのか無理やりにでも脱がせようと私を全力で組み伏せようと両手を広げて突っ込んできた。大した速度も無い突進は余裕に躱す事が出来たが、ノエラは私の姿が視界から消えた事に驚いたのか、そのままの勢いで床に顔から倒れ込み、暫くそのまま大の字で床に突っ伏していた。


 その様子を無言で眺めていると、ごろりとノエラは仰向けに寝がえりを打ち、そのまま天井を眺めて呆けていた。


「痛いんじゃ。弟子との和気あいあいとしたスキンシップのつもりだったんじゃが。思った以上におでこが痛いんじゃが!」


 言葉通り、彼女の鼻先とおでこを打ったようで、少し赤く腫れている様子が見て取れた。確かに一見して痛そうであったが、それよりも美少女の姿をした年増が床に寝転がり、虚空を眺めている様は何故かだか哀愁が漂っており少し申し訳なさが生まれてきた。


「うん、まあ僕が脱ぐ必要はなかったからね。魔翼はいつでもこうして自由意志で展開が出来る訳だし」


 私が魔翼を解放し、ローブの裾から操作して数十の魔力結晶体を放射状に展開するとノエラはそれをまじまじと眺めていた。


「ふむん。魔翼自体は自分自身のオドでコントロールをしているのか。それは制御を掛ける意味合いでか? それは無駄じゃろうに……。マナで制御すれば余計な魔力を割かずに魔翼を操れるだろうに」


「オドで魔翼を制御する事で、内在するマナも暴走せずに取り込む事が出来ている。魔翼は僕の意志に過敏に反応して自律行動をする傾向があるのでね。単純に操作する分にはオドで制御する方が緻密に操る事が出来る」


「なるほど、それがマナを効率的に使用する為の手掛かりか。やはりマナは外的では無く、あくまでも内的な力の使用に基いていると考えるべきじゃな。少し場所を移動するか、儂の魔法効果測定の為に拵えた訓練場が近くにあるのでな」


 ノエラは移動魔法術式の構築を行うと、私ごと場所を移動し、開けた場所へと連れ出した。空間移動に使用される魔力の消耗は一般的に人の持つオドで賄えるレベルを超えているというのが私の見解であったが、魔法行使をしたノエラは余裕綽綽といった様子であった。


「くっくっく、不思議そうな顔をしておるの。凄いだろ、凄いだろう。敬っても構わんのだぞ」


 魔力消費量が想像以上に小さい。それは空間移動の魔法術式構築が完全に機能しているという事なのだろう。しかしその仕組みが一見してでは理解が及ばなかった。


「大規模魔法陣による術式を展開せずに無詠唱の魔法術式構築での移動魔法は確かに多量の魔力を消費するが、空間を捻じ曲げる際の移動開始位置と移動先の空間座標を前もって正確に把握しておくことで空間を捻じ曲げてから移動先を特定する合間に使用し続ける魔力を削る事が出来る。それであれば少量の魔力で移動が可能となるのだよ。通常は魔法陣がその役割を果たすわけじゃが、儂クラスになればそうした目印が無くとも一度でも行った事のある場所であれば、場に満ちるエーテル量の揺らぎを認識し結び付ける事が出来る。であれば、魔力使用量の軽減は容易という訳じゃ」


 早口で捲し立てるノエラをあきれ顔でみつつも、その内容は感嘆すべきものであった。


「空間座標の認識を術式のマーキングなしで行うという事か。……あんた、本当に天才なんだな」


 私が素直な賞賛を彼女に送ると、ノエラは私に対してなんとも言えない表情を見せ、愚痴り始めた。


「……お主、少し私の事を軽んじすぎさね。この美貌にこの才能、王都に行けば貴族共がこぞって私に英知を求めに群がってくるというのに、面白くないのう」


「それで、ここが訓練場と言っていたが、広い空間ではあるがセトラーナの近くなのか?」


「ここはセトラーナ郊外の平野にある地下じゃ。昔周辺の調査をしている際に、広大な地下空洞が発見されての。儂が整えて訓練場として使用できるようにしたのじゃ。まあ出口が有る訳ではないから、移動魔法が使えんと出る事も入る事も出来ないが……。しかも、その上で儂の結界が張ってある。まあ、外部との情報遮断は十分に行っておるからの、魔翼を完全に開放したとしてもさほど影響はあるまいよ」


 私は彼女の言葉に従い、魔翼を解放する。普段はオドによって制御を行っているがその制御を外し、マナによる自動制御に切り替えを行った。オドによる魔力操作が一行程省かれる事で、内在するオドにおいてリソースに余剰が出た事を実感する。


「ふむ、確かにマナがその魔力結晶体には満ちている。お主の意志のみで動かす事は出来ぬか?」


 私は意識を魔翼に移すと、それに過敏に反応した魔翼が列を成して高速で飛翔し、旋回を始めた。私の意識に従ってイメージ通りに魔翼は動きを見せるものの、その間に私は他の動きを行う事が極めて困難であった。昔は魔翼の持つマナに自分自身の身体制御をすら持っていかれていたが、確かに赤ん坊の頃と比べると魔翼自体の制御は利いているようではあった。しかし意識の分散という観点と同時並行での魔力操作の観点では致命的な操作性の悪さと言えた。


「なるほど、見たところマナによる制御も可能なようだが、意識を割くのが難しいと言ったところか……。それは偏に訓練を積むしかあるまい。魔翼を通してマナの効率的な用い方はお主にしか見出せんのだ。雪解けまで時間は充分にあるのだ、焦らずにやってみると良い。但し、この場以外で魔翼を解放するのはやめておく事じゃ。前回の際に余計な手合いを招いたようじゃからな」


 意味深な言葉に私はその真意を探るべくノエラを見遣る。


「魔翼の発動を感じ取った者がいると?」


「うむ。ほぼ間違いなく王都の貴族か、若しくは魔法技術研究所の連中じゃろうな。いずれにせよ人造の獣に関係する者であるのは間違いあるまい。いずれはお主に接触を図ってくるじゃろう」


「なるほど、忠告は有難く受け取っておくとしますよ」


 久々に訓練漬けというのも悪くはない。王都で何が待ち受けるのかが分からない以上、底力を上げておくと言うのは方策としても正しいのは間違いない。


「私はお主が訓練している間にその記録を付けさせてもらうぞ。おお、やはり未知なるものを知るというのはどれだけ年齢を重ねたとしても滾るのう!」


 ノエラは満面の笑みを浮かべ、実験動物を見るかのような愛玩の目で私を眺めていた。


「滾るのは結構ですが、節度を持って欲しいものですね、お師匠様」


「はっはっは、何を言うか馬鹿弟子よ。私にとって研究に節度等要らぬ。いるのは最良の結果と最良の効率だけよ。私は何所迄いっても研究者であれば、善悪や理性なんぞは彼岸の彼方にとっくに捨ててきたわ」


 笑い声を上げるノエラであったが、その物言いは穏やかなものではなかった。探求心が彼女を突き動かす余り、その過程には目を向ける気が無いというのが彼女の言葉であった。やはりどこか狂人染みた雰囲気を醸し出す彼女を私は心のどこかで警戒しており、完全に心を許すべきではないと直感が囁いていた。


「まあ、貰えるものは確りと貰う事としますよ。お師匠様」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ