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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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ゼントディール・サンデルス・タルガマリア


「さて、盤上の駒は出揃ったところでしょうかね」


 タルガマリア領、タルガマリア。町は冬季に伴った冬ごもりとなり、他の都市との交流も断絶される自律した都市機構として機能し、その中に私の城は位置していた。


 城の東部に建てられた物見塔の一角に設えた会談用の個室で、私は魔法技術研究所『魔導士』のアストラルド・ローデウスと机を挟んで対面してる。


「盤上の駒によって詰まれた、の間違いでは?」


 そう、聖堂国教会における内紛に乗じて国王の首を狙うと言う大それた計画は、我が娘のルーネリアの手によって阻まれたと言って過言ではない。彼女を聖女として教皇派が迎え入れられず、穏健派の象徴となるい以上、これ以上教皇派の求心力を維持するのは難しいと言えた。


 騎士団、そして魔法技術研究所の目論見は外れ、私の首がただ斬られる、生憎の冬ごもりによって余命が伸ばされているに過ぎない。状況を察知すれば、タルガマリア内に配置された子飼いの冒険者達もまた、ルーネリアへと鞍替えを行うのは目に見えている。


「まだ、ノエラ・ラクタリスを引きずり出してはいないでしょう? 貴方はそれが死路と分かっていても指し手として駒を動かし続ける役割が残っています」


 アストラルドは事も無げにそう言い放つ。どこまでも人の癇に障る人間、という印象を元々持っていたが、今となってはその飄々とした様子にはある種の感動さえ覚えさせられる。人を人として見てはいない、唯の道具としてのみ、その機能にしか興味がないのだ。


「私に動かせる駒は最早残ってはいない。全てお前達の子飼いの連中だろう。私と心中するつもりの者など、教皇派にも残っていないだろうさ」


 アストラルドは「ええそうでしょうとも」と皮肉めいた言葉をニコリともせずに言うと、私に対してその役割が何たるかを開示し始める。


「せいぜいが数百、ですが兵を貸し与えます。なに、ご心配なさらずに、ゼントディール伯爵、最早貴方は死に体であることに変わりはありませんが、実験にお付き合いを頂きます。我々の新たな力の一端を以て、ノエラ・ラクタリスを殺しなさい」


 ノエラ・ラクタリス、当代最高の魔術師を殺害する。それがどれほど無理難題か、知らぬわけでもあるまい。私が数百人の兵士と特攻したところで、なんの躊躇いもなく燃やし尽くされるだけなのは明白である。

 

 それは、ノエラ・ラクタリスと血縁があるが故に、私に敢えてそれをやらせるという事だろうか。もしもそうであるのならば、この男は言葉通り人で無しなのだろう。結果には繋がらずとも、可能性が有るのであれば、それに対して何の躊躇いも無く資材をつぎ込むことが出来るのがこの男なのだ。


「それをサンデルスにやらせるかよ。最後の最後まで、この私に道化を演じろという事か」


「そうです。それを貴方が行うからこそ意味がある。ルーネリア様がここまで見事に我々の策から逃れ続けるとは思ってもいませんでしたが……しかし、貴方はどうやら確信があったのではないですか? そしてそれを利用した、とも見て取れる」


 私はアストラルドの言葉に目を細める。


「ほう、私が貴方を裏切っていたと?」


 どこまでこの男は読み取っているのか、仮に気取られていたとしても既にこの内紛は既に詰んでいる。これ以上盤面をかき乱す事は簡単ではない筈であった。その為に私はここまで滅私の上に無能を晒しているのだから。


「いえ、裏切ってはいないでしょう。魂の誓約が機能している以上、それは有り得ない。しかし、貴方にとっての最大戦力であるはずの、アイゼンヒル・ゲルンシュタット、キリシア・ペトロノーレの両名をルーネリアの護衛としていた……この点については些か疑義が持たれますな」


「アイゼンヒルは妻の血筋、キリシアはルーネリアが生まれた時からの侍女であれば、寧ろ手元に置く事で私が身動きを取れなくなる可能性があった、それだけだ。現に、二人はルーネリアだけでなく、ガイゼルダナン家と共に私の首を取りにくるだろう」


「ふむ、ガイゼルダナンの介入は想定済でしたが、穏健派との結び付き、そしてルーネリア様との関係性を早期に結ばれた事で、こちらの正当性が著しく棄損されたわけです。ルーネリア様さえ手元にあれば、このようなシナリオにならずに済んだものを……まさか、ルーネリア様が本当の魔眼の持ち主だとは誰も気づいていなかったわけですからねえ」


 アストラルドの疑いは最もであった。しかしこれについてはルーネリアが本物であるが故に、起こった事故に近い。いや、ルーネリア自身の才覚と言うべきだろう。私に己の能力を晒すこと無く、それでいて傀儡となる事を避ける為に動き続けた彼女が見せた奇跡的な結果の結実であると言える。私はそれを一人の親として誇りにすら感じてすらいる。ルーネリアの行動は我々が置かれた立場の中では最上の結果を齎してくれたと言える。


「なに、ルーネリアこそが本物のサンデルスであったということだ。私のように、カルサルド国王によって据えられたお飾りではなく、な」


「ふむ、まあいいでしょう。私達としては教皇派、穏健派共に国王陛下に完全に取り込まれる前にある程度まで削ることが出来れば最低限の成果は出ると言うもの……とはいえ、些かガイゼルダナン公爵のお手際が良すぎたということですかな。」


「それで、私はどうすればいい?」


 アストラルドは、その青白い手を組み合わせ、もったいぶりながら漸く笑みを見せた。


「魔法術式を使用していただきます。我々が復活させた、召喚魔法術式の試運転という訳です。贄はこちらで用意をします。それに合わせて貴方はただこの術式を発動さえすればいい」


「ふん、実際に発動するのは私では無く、お前の手の内の者だろうに」


「ふふ、ご明察です。お手は煩わせませんよ、ただ、()()()()取っていただければいいのです」


 どこまで行っても使い捨て、という訳か。


 私は奥歯を噛み締めながら、強い怒りと共に、自身の無力さを痛感していた。この国に蔓延る彼等の力の前には既に出来る事は限られている以上、甘んじてそれを受け入れるしかない。


 だが、ただでは死なない。サンデルス家だけは残させてもらう。それが、ゼントディール・サンデルス・タルガマリアの意地であり、矜持なのだから。


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