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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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セトラーナに訪れる冬


 セトラーナの都市部から程遠くない距離に農園が切り開かれ、多くの人が仕事に精を出していた。魔術協会のお膝元、そうは言えども魔術師だけが街に住むわけでは無く、一般的な領民もまたセトラーナで暮らしをしている。交易に頼るだけに留まらず、土地特有の作物を産業として切り拓くことはそうした領民の仕事の一つであり、最低限の生活基盤を作る為の下地とも言える。


「冬に実を付けるとはまた不思議だな」

  

 セトラーナは名産として実の形、実の付き方共に葡萄に良く似たラクナルという白濁色の果実が有り、冬場に獲れる希少な果実として、今が収穫の最盛期であった。農地では春に小麦、夏は葉菜、果菜、それぞれがバランスよく取れ、冬は根菜類、とラクナルの様な一部の果実、年間を通して食料に困ることがないと言うのは極めて恵まれていると言えた。


 広大な領土と肥沃な大地、もうすぐ雪が降り積もり冬景色になるとは思えない快晴を見上げながら、ふと、村の皆がどうしているかに思いを巡らせていた。


「ラクロア様、浮かない顔をして如何されましたか?」


 声を掛けて来たのはルーネリアであった。キリシアを伴い農園に足を運ぶ貴族風な衣装を纏った姿は周囲の様子と比べ不釣り合いに見える。


 ルーネリアにどのような言葉を返すべきか、私は今の彼女が()()()であるかを見極める。不思議なことに、これまで見えていなかったものが、気が付けば私にも見えるようになり始めていた。


 事実として彼女の中には魂が二つ存在している。それは記憶障害とは異なる、一つの生命に二つの魂が存在しているという生物的な矛盾を持つ身体的な特徴であり、彼女を特殊たらしめている理由であった。それを彼女自身がどう受け止めているのかは分からなかったが、その力を用いて彼女は彼女なりの意志を貫き通そうとしている。


 その一方で私はどうだろうか。罪の償いの為、ひいてはトリポリ村の為にスペリオーラ大陸に侵入し、自らの力を振るっている。そこに私としての意志があるのかと言われると、正直なところ言葉に詰まる。


「浮かない顔をしていましたか。バツの悪いところを見られてしまいましたね」


 聡明さを感じさせるルーネリアの主人格を私はその魂の色から把握すると、私はそれに相応しい態度で彼女との会話に臨むこととした。


「……やはりラクロア様には私の魂がお見えになるのですね」


「今になってではあるけれどね。どうやら、エルアゴールとの戦いの後に、こうして見える様になったみたいだよ」


 エルアゴール、天族を名乗る強大な力を持ったオドによって構成された生命体であり、ノエラ・ラクタリス曰く、魂の回廊を超えてきた者との事であったが、その意味合いを私は未だ確りと理解していない。


「……ラクロア様は、戦いを通してエーテルを取り込むと共に人の魂の残滓を吸収されているのでしょうね」


 幾度と無く見た夢。死んだ者達が見せる幻影を、エーテルを通して私が見ているというのは強ち嘘では無いのかもしれない。


「どうやら『魔翼』を通して無意識の内にではあるようだけれどね。残念なことに僕自身は詳細を覚えている訳では無いのだけれどね」


「そうですか……。ここでの騒動にひと段落が付けば、ラクロア様はノエラ様の助言に従って王都へ向かわれるのですか?」


 ルーネリアはどこか寂しそうに私を見遣る。そう、彼女にとって『白銀』と言う戦力が重要であるのは間違いない。四人が、と言うよりもガイゼルダナンと話を繋いでいる私個人が、と言う方が正確ではあるようだった。


「ノエラ・ラクタリスが言う通り、王都に何かがあるのであれば、それを見ないわけにはいかないからね。とは言ってもこの冬が明けるまではここに足止めだろう? 君の父上と事を構える前にスオウ達もアイゼンヒルと訓練が出来て嬉しいんじゃないかな?」


 そうかもしれませんとルーネリアは相槌を打つと、少し迷った様な表情を見せた後、意を決した様に口を開いた。


「私の視たものが必ずしも正しいとは限りません。しかし、王都では、ラクロア様の生き方を変える出来事が起こるでしょう。今までの世界、今までの生活、今までのそれを拒否するのであれば今しかありません。元いた場所へ帰る事も出来るのです」


 ルーネリアの言葉は漠然としているが私のことを慮っていることが強く感じられるものであった。

彼女は私の未来を読み取り、その上で示唆を与えている。それは、敢えて断定的に内容を語るのでは無く、曖昧に語るという事で私の思考を縛らないように配慮すると共に、その上で選択肢を提示するにとどめている。


 しかし、それは同時に、彼女にとっての最良と、私にとっての最良の方向が異なることを示している可能性も十分に考えられた。


「曖昧だね。明確な言葉を伝えないと言う事はどれが最善か、ルーネリアも迷っているんだね?」


「ラクロア様は何もかもお見通しなのですね」


 ルーネリアはその可愛らしい瞳を見開いて、驚きを露わにする。


「うーん、それは違うと思うよ。何も知らないからこそ客観的になれる場合もある、という事だと思うよ」


 そんな曖昧な言葉を交わすうちに、ルーネリアは核心を突くように私に取って、琴線に触れる、柔らかな部分を探りに来た。


「ラクロア様はジファルデン様を如何されるおつもりですか?」


 彼女の長い睫毛、大きな瞳、柔らかく整えられた巻き髪を私はじっと見つめていた。彼女が見せる年相応の可愛らしさと、それに相反する深い洞察に私は不思議な感覚を抱いている。彼女の能力がどこまで先を見る事が出来るのか。彼女には未来予知だけではなく、ひょっとするとそれ以上に何かを見通す事が出来るのではないかと、ふと思い至る。


 仮に彼女が私の秘匿している情報に対しても既に詳細に理解が及んでいるとするのであれば、それは私にとって極めて不都合であると同時に、彼女の能力が極めて有用である事も改めて理解が出来た。


「……なるほど、君が人だけでなく、天族にも狙われる理由も察しが付く。君は単純な嘘や、先読みに留まらず、人が秘めている事柄すら、場合によってはその人間の過去すらも垣間見ることができるんじゃないのかい? それは未来予知とは違う能力。()()()()()()という意味合いに近いのかな」


 記憶、情報は脳に保存されることをは知っている。しかし、エーテルと通して他人の魂に刻まれた情報を読み取る事が出来ることもまた事実。それであるならば、魂にもまた、何等かの情報が蓄積されている可能性が十分に考えられる。


「はい。ここ数ヶ月、ラクロア様と共にいる間に徐々に貴方の魂に刻まれる記憶を読み解いていたのです。その中でラクロア様が魔族と繋がりを持つ者だと言うことを私は知ってしまいました。これは私の中に留めておくつもりですが、ラクロア様が何を求めているのか、どうするつもりなのかを私は知りたいのです」


 どうするつもり、とはジファルデンを感情のままに糾弾するだとか、私を造り出した理由を確認するとか、そういう一般的な反応ではなく、もう少し踏み込んだ、魔族に与する者として、彼を、ひいては身内をどうするか、という問いであった。


 それはまさしく、今のルーネリアに近い立ち位置である私に対して、聞いておきたい情報なのだろう。しかし、残念ながら浅慮な行動とも言える。彼女は私に対して自身の能力について開示するべきでは無かった。もしも、ルーネリアがトリポリ村に仇名す事になるのであれば、私は彼女の口を封じる必要すらあるのだから。


「予知と過去視が出来たのであれば、わざわざ直接聞かなくとも、その結果は分かるんじゃないのかな? まあ実のところ父親に対する感情は複雑だね。でも私は自分のこれまでの生活に満足もしている。家族もいれば、友人もいた。血の繋がりを追いたいという想いがあった事を否定はしないが、母親まで犠牲にしているとなると、どうかな」


 正直なところ結論は出ていなかった。私の母である、マリアンヌ・ラーントルク、それはトリポリ村にいるミナレット・ラーントルクと同じ家系の人間。その名前が意味する繋がりを私は知らないでいる。そして私の出自を知っていたであろうノクタス・アーラが何を考えているのかもまた、私にとっては想像の埒外であった。


 しかし、ルーネリアは答えをはぐらかされたと、別の質問に切り替える。


「ラクロア様にとって人間とは何なのですか?」


「何とは、また曖昧な質問をするね。僕から具体的な答えを得ることを避けているようにも聞こえるよ」


「私は不安なのです。ラクロア様が人にとっての敵となってしまうのではないかと。それがとても心苦しいのです」


「ルーネリアはどうして僕にそこまで?」


「……ラクロア様が私と同じだから、という答えでは駄目でしょうか。人々から疎まれ、自分のあずかり知らぬところで利用され、これまでを私は生きてきました。その末路が父殺しなのです。そして、そうすることでしか私自身が生き残る事が出来ない……どうしようもなく力が足りない、自分の思う通りに生きるだけの力が私には足りないのです」


 ルーネリアは悔しそうに唇を噛んだ。強力な力を持ちながら、それ以外の力を待たぬが故に、自らがつかみ取れる結果には限界があることをルーネリアは嘆いた。ゼントディール伯爵の命を救い、その裏で暗躍する騎士団と魔法技術研究所と対峙し、その謀略を白日の下に晒す。それが出来ればどれほど彼女の気が晴れるだろうか。しかし、現実はそれほど甘くはない。手が届く範囲は限られている。そして、その中で最善を尽くす事しか出来ない。


 意味合いは違えど、私も村の人族の一部に疎まれていたのは事実。それ以上に何者かの掌で動かされているような感覚を拭えないでいるのはルーネリアと同じなのであろう。


 だが、果たして私はこれまで最善を尽くしてきたと言えるのだろうか?


「僕らは似た者同士と言う事だね。変な話だけれど生まれてこの方初めて理解してもらった気がするよ」


 私の言葉に恐らく熱は無かった。この言葉が酷く空しいものであることに自分自身で気が付いていたからに他ならない。


 ルーネリアは私を寂しそうに見つめていた。


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