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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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ノエラ・ラクタリス その5


「それで、現状ゼントディール・サンデルス伯爵の動向はどうなっている?」


 私とラクロアの会話が終結と見たアイゼンヒルが私達の間に立って入る。そう、ルーネリアは父親との対話を望んでいる。しかしそれは茨の道であり、既に引き返せないところまで物事は進んでいる。


 ゼントディール・サンデルス・タルガマリア、彼は決して無能では無かった。公爵位を剥奪され、伯爵位へと落とされた今も尚、国教会において力を振るうことが出来たのは、単純に彼の手腕によるところが大きい。魔眼輩出の名家としての力を存分に用いての大立ち回り、この十年に渡ってその力を十分に発揮してきたのは間違いない。タルガマリア領地内のセトラーナにおおける自治についても魔術協会と足並みを揃え、行政を確りと執行してきたことも十分に評価に値するものであった。


 だと言うのに、彼は甘言に耳を貸してしまった。恐らくはその身に宿る復讐心に抗うことが出来なかったのだろう。


「さてな。教皇派の一団を護衛にサンデルス伯爵家の城に引きこもっているのではないのか? セトラーナ市街では、ゼントディールが国王に反旗を翻すとの見方が大方の見方をしておるよ。現に、市中の穏健派の国教会支部を狙っての放火や殺人が横行している。魔術協会としては事態を受けて既に警戒を強め、市中の警戒網に魔術師を配置している。教皇派に乗じて暗躍する騎士団と魔法技術協会の魔術師共も同様に我々が目を光らせているよ」


「ノエラ様、やはり父は今回の騒動を以て国王軍との泥沼の戦いを望むおつもりでしょうか?」


 ルーネリアの表情から何を思っているのかを正確に読み解くことは出来ない。しかし、その言葉から読み取るに、ゼントディールとの戦いを予感していることを覚悟しているのは間違いない。


「泥沼にはならない、奴はそう考えているのだろう。間接的、直接的に関わらず、騎士団と魔法技術研究所の助力があれば、それ即ち国王軍に対しても匹敵するだけの戦力を持つに等しいということさね。それを今の自分の力であると思っているということだろうさ」


「ですが、それは確実性に悖ると私は考えております」


 そう、ルーネリアの洞察は正しい。騎士団にせよ、魔法技術研究所にせよ表立ってゼントディールに力を貸すことは無いだろう。本気で国王の首を狙うのであれば、迂遠な手段を用いずに王都に駐留する戦力を以て国王を拘留することから始めるだろう。それであれば、奴らの狙いは聖堂国教会それ自体の形骸化ないしは力を削ぐ事にほかなるまい。


 カルサルド及びジファルデンが画策する王権の強化という政策。奴らからしてみればそれに対する回答を寄越したに過ぎないのだろう。権力の集中を良しとせず、そのバランスを重んじる国家第一主義の者どもからしてみれば、さもありなん、と言ったところだろう。そのような文脈の中で言えば、ゼントディールは用意された舞台の上で踊らされる役者に他ならない。


「ゼントディールは道化を演じるか……行きつく先は己の破滅であることも分かっているだろうに……」


「お父様は何故こうまでして国王陛下に対して叛意を持つのでしょうか?」


 ゼントディールとて馬鹿ではない。それなりに勝算を以て動きだしている筈。恐らく、血縁と言う意味合いでいえば、最終的には私に頼ることになることも目に見えている。ノエラ・ラクタリスの血統としてサンデルス家は古来より政治の中枢に置かれ優遇を受けてきた。しかし、無能であれば廃されるのは世の常であり、サンデルス家は付くべき味方を見誤った。聖堂国教会等というものに固執すること無く、魔術の研鑽と、魔眼を持つ者達の養成を生業とすべきであったはずが、権力と言う甘い蜜に溺れ、気が付けば時の権力者にとっての火種と化してしまった。


「十年前の政変の際に、本来であればサンデルス家は公爵家からの格下げだけでなく、本来は廃絶されてもおかしくなかった。しかし、ゼントディールは聖堂国教会の取りまとめ役の一人として生かされ続けてきた。機会があれば国王の首を狙うのは道理だろう。元より国王にとっての火種でしかなかったということだろうさ」


「……淘汰されるべき、とノエラ様はお考えですか?」


「それこそ、ゼントディール次第であったということさ。しかし、賽は投げられた。それ以上でも無く、それ以下でもない。聖堂国教会の主権を握る為に教皇派を率いている以上、最早ゼントディールは突き進むしかあるまい。それに対して手を打ったのは、他ならぬルーネリア、お前であろう?」


 そう、恐らくゼントディールは前座に過ぎない。騎士団と魔法技術研究所の狙いは、ゼントディールを用いた姦計にあるのだろう。ゼントディールが私に救いを求め、それに手を差し伸べることで、国王と魔術協会の繋がりに罅を入れることもまた、狙いの一つだろう。仮にそれが、()()()()()()()ルーネリアであったのなら、私はそれを断ることは出来なかったかもしれない。


 その点、ルーネリアは状況を読み切ったと言っていい。教皇派に囚われる事無く、ガイゼルダナン家の支援を得て聖堂国教会の穏健派、その象徴としてセトラーナに凱旋した。それは明確な立場を分ける一手であり、ゼントディールにとっては致命的な一撃であることは間違いない。


 故に、この内紛は既に終着へと進んでいる。ゼントディール・サンデルスの首が切られることによって、この内紛は決着を迎えることとなる。


「……お父様を唆した者達への鉄槌を、私は望んでいます」


「隙を見せた者から死んでいく、そんな政治の世界で我を通すだけの力が無く、汚辱に耐えることも出来ず利用される。それが世の道理であれば、今回の案件について私は何の感慨も持たぬが、可愛い愛弟子の願いであれば嫌がらせぐらいはしてやれるかもしれんがのう」


「ノエラ様でも、父の命を救うことは出来ませんか?」


「ルーネリアよ。お前の魔眼は何をお前に見せた? 戦いの結末は既に決まっているのだろう? そしてお前は既に選択を行い、結果を手に入れた。それ以上を望むのは傲慢と言うものではないのか?」


 私は、身内を失うことを決定付けられた者に対して酷く辛辣な言葉を吐いているという自覚はあった。しかし、ルーネリアのその願いは成就されることはない、どれほど手を尽くしたとしても、破滅へと突き進んだ者を救う手立ては、ない。


「……」


 無言のまま、うなだれるルーネリアを私は抱きしめながら頭を撫でた。小さな身体でありながら背負う重責はどれほどの物であっただろうか。その苦悩を知るが故に私は祈った。


 狭きこの揺り篭のような世界に僅かばかりでも祝福があらんことを。

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