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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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ノエラ・ラクタリス その3

 人魔大戦が終了した際に魔王バザルジードがその強大な力の一端を切り離し、スペリオーラ大陸の山深き谷合いにその力を封印した。バザルジードが何を思ったのかは分からない。自己の力を見せつけることで人族の戒めとしたのか、それとも獣を理解する事で魔族に対する理解を深めてほしかったのか――いつの間にか当時の人族はその力を魔王の愛と、人族にとっての憎しみを込めて『愛憎の獣』と呼称した。


 それからというもの、数百年に渡り人族は再び内紛の歴史を辿る事となる。それは獣の力に惹かれた者達が引き起こした災厄であったとも言えた。国は割れ、人は死に、それでも尚国内は荒れ続けた。そうした中、約二百五十年程前に一人の王を僭称する者が国土を平定し、漸く獣に関する研究が平和的な利用を目的に、内々にではあるが徐々に開始されて行った。そこではこの私を含む優秀な魔法技術研究所の魔術師達と騎士団を束ねる七英雄の子孫が参加し、様々な術式に関する基礎研究を完成させる事で、徐々に獣とは何か、魔族とは何かを理解できるようになり始めていた。


 しかし、世代を超えて研究が進むに従い、再び力を求める者達が跋扈し始め、如何にして『愛憎の獣』が宿す魔力を兵器転用するかという方向性が研究の主流になっていた。私はその頃には獣の封印を一部改変する術式を開発する事に成功していたが、既に魔法技術研究所を離れ、魔術協会を立ち上げていた私は政治の中枢からも外れ、力への転用を旨とする研究に携わる事はやめていた。


 獣の力は新たな争いの元になるという事が分かり切っていたからであった。


 しかし、私が研究から外れていた間にも研究は過熱して行き、気が付けば人体実験を繰り返すまでに発展を遂げていた。聞き及ぶ限りでは百数十年前にようやく初代の人造の獣を作り出す事に成功したとされている。しかし、結果としてその初号機は失敗に終わった。獣の力、マナを受け過ぎた結果、人族としての思考は残されておらず、それは意思疎通を取る事のできない文字通り唯の獣となり果てていた。


 幾度と無く実験体を産み出しては失敗が続いた実験であったが、それでも尚、人族の力への希求は留まる事を知らなかった。更に十年、五十年、百年と世代を超えて実験を繰り返すうちに魔法技術研究所の魔術師達によってより精度の高い魔法術式の開発が進み、やがて一つの検証結果に辿り着く事となった。


 後天的にマナを身体に取り込む事は、人体の変化に身体が耐えられず、結果的にその理性は失われてしまう。しかし、身体が構築される段階で徐々にマナを定着させる事でその身体の変化を緩やかに進められる事が可能という結果が出始めた。


 それはつまるところ、着床したばかりの胎児に対して彼等が実験を施していたことを意味していた。それを人道的、非人道的と今論じるつもりは無いが、その研究が過去から現在に渡って続いていたのは事実であった。


 しかしここにも一つ課題が見つかる事となる。人間の出産の過程において、約十か月の期間が必要となるが、それは同時に胎児へのマナ定着の為に必要な期間も同様に長期間に渡って行われるという点が挙げられていた。凡その器官形成に十二週間もの時間が必要になる中で、成長する胎児の身体に対して外部的に一定量のマナ供給量を維持し続ける事が技術的には極めて困難であり、結果として殆どの胎児が安定期に入る前に死亡する事態に至った。


 そしてまた、仮に出産まで至ったとしても高濃度のマナに晒された母子がマナの影響に耐える事が出来ず死亡する事態が相次ぐ事となった。そこで必要となったのは、胎児に定着させるマナを身体の変遷と限界点を確りと見極める事が出来る、優秀な魔術師としての母体であった。


 ジファンデルは己の妻を犠牲にし、その結果は公表される事無く失敗したとばかり思っていたが、ラクロアが街に足を踏み入れた時には、その尋常ならざる魔力の波動を私は一身に感じ、数百年ぶりに身の毛がよだつ感覚を味わった。それは嘗て、私が目撃した魔王バザルジードの魔力から感じたものと同質の力であるようにも思えた。


「母は、その定義に当てはまる優秀な魔術師だったという事か」


「そう、マリアンヌ・ラーントルクは七英雄の子孫の一人であった。そして彼女は私の愛弟子の一人でもある」


 マリアンヌは銀髪が映える美しい娘であった。優秀な潜在魔力と魔力操作技術は七英雄の血筋を色濃く受け継いだ彼女を私はそれこそ実の娘のように育て上げた。彼女が気が付けばその実力を認められるようになったことを私は誇りに感じていた。


 しかし、彼女は使い捨ての魔術師として人造の獣を作り出す為にその身を差し出した。それがどれほどの意味を持つのか――人族の未来の為として、何故彼女はそれをやり遂げることが出来たと言うのだろうか。


「そこまでして、人が力を求める理由は?」


 少年は極めて冷静に私に尋ねた。深い青色の瞳に映るのは悲しみか、それとも怒りか。私にそれを理解する事は出来なかったが、少なくとも高々十年ばかりを生きただけの人間が出せる雰囲気ではない。『魔翼』を持つ人間が、ただ漠然と生まれることもない


「お前は魔族をその目にした事があるかね? 私は一度とならずその姿を見た事が有る。あの存在は根本的に人の上位存在とでも言うべき生物だ。彼らが私達の隣人として存在する以上、人族は常にその恐怖に怯え、力を求め続ける。自らを、家族を、友人を守る為に。それがどのような方法であったとしても」


「自ら戦争を仕掛け、結果その妄執で数百年に渡って力を求め続けて来たと? 人族と言うのは全く度し難い生き物だな……何故人族は歩み寄ろうとしない。魔族は人族と争うつもりなど無いだろうに」


「ははは、そうかもしれない。しかしこれまで人族は魔族に歩み寄る事をしてこなかった事、それは悪だろうか? 私は決してそうは思わない、生存本能に従った希求だろう。歴代の国王は魔王バザルジードとの会談を数十年置きに実施してきたが、その度に魔族との歴然たる力の差、その脅威に彼等は震えていたよ」


 私の言葉を聞いて少年は警戒感を露わにする。実に反応が分かりやすく助かると同時に、彼がどの立場なのかという点に思いを巡らせる必要があった。これまで身を隠していた理由は何なのか、誰によって育てられたのか、人族に敵対する意思があるのかどうか。不明な点が多く、私としてもラクロアを評価しきるのは未だ出来ずにいた。


「ノエラ・ラクタリス、 まるで人魔大戦を経験してきたようにすら思える口ぶりだな」


 ラクロアは私に対して言葉を選ばない。ぞくりとする程の洞察力を以て、私と対峙する姿はかつての愛弟子の姿に似通っていた。


「事実として確かに私は人魔大戦を経験した魂を持ち得ている。器は幾度も変えてはいるものの、中身は同じ、という事だ」


「それは()()と言う事か?」


 ラクロアの認識は非情に鋭く、的を射ていた。しかし実際は転生とは違う。我々の魂は常に流転する。そこで問題となるのは記憶の同一性にこそある。異なる魂、異なる肉体でありながら、記憶が同一であるとお言うことが重要なのだ。私は記憶を失う事なく、ノエラ・ラクタリスとして機能を発揮している。それは他の者には許される事の無かった私にとっての罪であり、存在理由でもあった。


「近からず、遠からず、といったところだな。他者に対する魂の植付け、と表現する方が適切かもしれない。お前もエーテルを『魔翼』から取り込む際に感じる筈だ、魂の残滓から感じる他者の存在を。それを魔法術式によって成し得たという訳だ」


 少年は私の言葉を聞き、その真偽を考えあぐねているようであった。それは私が開示する情報量の多さの信憑性についてである事は間違いなかいだろう。何の裏付けもなく私個人からしか得ることの出来ない情報であるという事で判断しかねているのだろう。しかし、彼は結局のところ情報を私から引き出す以外の選択は無く、想定通りの言葉を紡いだ。


「それで、貴方の望みは一体なんだ?」


 ラクロアは一つの考えに拘泥する事無く、私に疑問を投げかけてきた。


「魔族と相対する為の力を得る、というのが私の最終的な目標ではあったが、それは最早再優先事項ではない。優先順位で言えばこの世界を統べる天族への対応について、とでも言えばいいか。ルーネリアの予言通りにその脅威は日増しになっている。可能であればお前に協力を仰ぎたい」


「僕に何のメリットがあると?」


 そこで私は彼が隠す出自に関して探りを入れると共に、彼が持つ魔翼が持つ役割を鑑み彼に具体的な内容を教示した。ノクタスの目的を考えれば略略間違いは無いであろう事は推測できた。


「魔族と、人族との対話をお主が求めるのであれば尽力する事も吝かではない。それは魔術協会における統括者である私だからこそお前にとって望む結果も手に入れることが出来るというものではないかな?」


 ラクロアはそこで一瞬押し黙り、私を繁々と観察していた。漸く合点がいったと呟くと彼は私の申し出を了承した。


「いいだろう。ノクタスが僕を貴方に差し向けたのもそういう理由だろう。ルーネリアの立場もある、か……」


 ノクタス・アーラ、我が弟子にして本当の意味で当代における最高峰の魔術師。出奔してから何をしているかと思ったが、影で人造の獣を育てていた様であった。つまるところこの人造の獣を作り出した者が何者であるかを考えていたが、これもまた奴が一枚嚙んでいる可能性は十分にあり得る。しかし、こればかりはジファンデルとノクタスに確認しなければ真偽は不明であった。


「ノクタスとな。なるほど……私も漸く理解が追いついて来たと言っていい。あの馬鹿めが、そういうことか……とは言え、私の在り方に変わりはないがな……」


 

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