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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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ノエラ・ラクタリス その2

「魂の回廊……」


「そう、あらゆる生物が肉体的な死を迎えた後に辿り着く終着点であり、また生まれ変わる為の場所でもある。そこから這い出た異形の者達が天族と呼ばれる者達よ」


 私は嘗てトリポリ村の近くの湖で出会った黒騎士について思い浮かべていた。冥府からさ迷い出でた者達がそうであるならば、天族とは死を超越した存在とでも言うのだろうか。


「それで、貴方達の言う『人造の獣』とはなんなのですか?」


 人造、と言うからには恣意的に作られたであろう事は理解出来た。問題は誰が、何のために、そしてどうやって、と言う点にあった。


 私の疑問に対してノエラ・ラクタリスは頷きながら私に諭すように話始めた。


「ルーネリアが言った通りさね。お前は『愛憎の獣』から加護を持つ者……。いや取り繕う事はやめておこうかね。お前は人為的に生み出された魔族とでも言うべき存在だよ。作り方は極めて単純でね。獣を封印している魔法術式に外側から別の術式を用いて穴を開け、そこから漏れ出すマナを妊娠中の胎児へと流す魔法術式によって強制的に定着させる。不思議な事に長時間に渡ってマナに曝され続けた影響によって胎児の細胞分裂に異変が起こり、人間が本来持ち得ない、魔族のみが持つマナを精製する生体機関をその体内に人工的に作り出す事が出来るのさ。人族という種族の限界を超えた魔力量を発現させる事を目的としていた実験ではあったが、成功例は十年前まで無かった。しかし君がそうであるように、その生体機関は、本来魔族の中でも一部の者しか持つことが無い超高効率のエーテル変換機構であり、『魔翼』と呼ばれる魔力結晶体の事を指し示しているのだよ。今はお前が魔翼の制御を持つ事で完全に気配を消しているが……実際にお前の背中に『魔翼』が存在しているという事実が何よりの証左だと言う訳だよ」


 人造の獣とは言葉の通り、人によって生み出された人造の魔族を指し示す言葉であった。自分の出生がろくでもない事は何となく気づいてはいたが、いざ目の前に答えを提示されると存外咀嚼までに時間が掛かるものだと思い至る。しかし、納得してしまえば早いもので、喉元につかえた骨が取れたような、急に視界が開けたような、妙に醒めた感覚を覚えていた。


「なるほど、確かに筋は通っている。だが、そもそも『愛憎の獣』とは何です? そしてその実験を主導したのは一体誰なのです? 」


「『愛憎の獣』とは、人魔大戦終了時に魔王バザルジードより休戦協定の締結時に譲渡された彼の魔力の一部と呼ばれている。大陸歴史書にも史実は残されていないが、王族及び七英雄に連なる者達がそれを知るのは間違いない。まあお前が知りたいのはどちらかと言えばこちらの方だろうな……当代において誰がお前と言う半人半魔を作り出す実験に注力していたのか……。その顔からして理解しているのだろう。ジファルデン・ベルディナンド・フォン・シュラウフェンバルト、嘗て自らの妻をその実験に使用した男であり、血縁関係からすると、お前の実の父親である」


 ノエラ・ラクタリスは自らが持つ情報を惜しみなく私に伝えると、もう一つ聞くことがあるのではないか? と私を見て喜色満面の笑みを浮かべていた。限りなく純粋な、それでいて人の神経を逆なでするような好奇心と自尊心が彼女の表情には見え隠れしていた。


「その術式を作ったのは貴方か、ノエル・ラクタリス」


「うむ、もちろん私だ。他の誰にそんな事ができると言うのかね?」


 ノエラ・ラクタリスはにこやかに笑っていた。その笑みに含まれていたのは真実を知らずに生きてきた私に対する失笑と、自らの能力に対する確固たる自信であった。


 彼女の言葉に聞いたとき、不思議な事に私自身は特に何も感じる事は無く、「そういうものか」程度にしか思わず、寧ろ自分の出生がはっきりした事に対する安堵感すら存在していた。


 しかし、突如として湧き上がる異変を魔翼から感じていた。それは魔翼から湧き上がる極端な感情の発露であり、自分自身の物ではない激流のような極端な感情が魔翼の持つ魔力を通して私の全身を駆け巡り、身体のコントロールを奪うかの如く精神を揺さぶっていた。それは怒りでもなく、悲しみでもなく、怨嗟に似た激情と共に噴き上がった、純粋な殺意であった。 


 体内から沸き起こる自己制御の利かない、混沌とした感情の発露に当惑しつつ、口から言葉が零れてゆく。


「何のためにそんなことを?」


 冷静に現状を確認し、何とか平静さを保ちつつも、感情に支配された魔翼がローブを突き破り放射状に展開され、今にもノエラ・ラクタリスを貫く構えを見せていた。魔翼を通して急速に魔力が収斂し、周囲に波のように放たれながら広がりを見せる力場が構築される。その濃密な魔力の放出に決して多くない建屋は音を立てて軋み、陽光を取り入れるガラスが細かな粒となり音を立てて砕け散った。


 その威力に咄嗟に反応したアイゼンヒルは身を挺してルーネリアの前に立ち守りに入ったが、一方で殺意の矛先を向けられているノエラは一切動揺を見せず、寧ろ爛々と目を輝かせ、彼女自身の魔力を迸りさせ始めた。


「私は研究者だ。出来るものは全て試す。力を求められたのであれば、その為に試行錯誤するのが役割だ。それの何が悪い? はっはっは、君のおどろおどろしい殺意の総体を魔力越しに感じるぞ、凄まじいな、確かにその魔力であれば、なるほど天族と渡り合う事も可能という事か!」


 ノエラは悪びれもなく、純粋に悦楽を感じさせる声を上げ、懐から触媒となる銀色の杖を取り出し明らかな臨戦態勢を見せた。


 私の魔翼は外部からエーテルを延々と取り込み、既にマナ精製を開始していた。未だ抗力を発揮しない魔力であったが、その量は放たれれば目前の魔術師を消炭にする事は造作でも無い程度の密度が込められていた。


「凄まじい密度だ。自ら精製する魔力の程度すら操る事も可能か、やはり魔族は外部的なエネルギーを取り込み体内でマナを直に精製しているという当時の私が作り上げた仮説は正しかったようだな!」


 ノエラは目を輝かせながら私の魔翼を新しい実験動物を見るかのように好奇心を剥き出しに観察していた。それと同時に彼女の体内ではオドが渦巻き、魔法術式が多連的に構築されていた。彼女もまた噂に違わず、発動すれば周囲一帯を灰燼に帰すだけの威力が込められた魔法術式を備えているようであった。


 一触即発の状態を止めるために動き出したのはルーネリアであった。私とノエラ・ラクタリスの間に割って入り、その無防備な身体を晒しながら私達を諫めようとしていた。


「お二人ともお辞めください。ラクタリス様、お戯れが過ぎます。ラクロア様も何卒、矛をお納めください。確かに基礎研究を創り上げたのはラクタリス様ですがそれを実行に移したのはあくまでも獣の力を求めた者達です。それをご理解出来ない貴方ではないでしょう」


 ルーネリアの横やりにラクタリスは突如として興醒めしたようで、わかったと同意を示し、自身の魔法構築を全て解除した。


「ネタ晴らしはもう少し彼の実力を見てからでもよかったのだがね」


「そういう態度が普段から誤解をお招きになるのですよ? 少しは反省をして下さい」


「くっくっく、我が愛弟子よ。非才の身にて私に説教を垂れるつもりか?」


「ばあさん、弟子に正論を吐かれる程度にあんたのやり方が幼稚だって言ってんだよ」


 むっとするラクタリスではあったが、ルーネリアの言葉は正鵠を射ていたようで、口をへの字に曲げながら渋々と言った様子で椅子に腰を落ち着けた。


 私も漸く自身の魔力によって魔翼を完全に掌握し、危うく暴発しかける矛を抑える事に成功したが、未だに先ほどまで私の中を暴れまわっていた魔翼から発せられた激情という、形容し難い疼きが纏わりついていた。


(何故、急に……これまで、これほどまでに制御を失った事は無かった筈なのだが……)


「……私も取り乱してしまいすみません。詳しい話は後ほど聞かせてもらうとしましょう」


「はは、完全に制御を取り戻したか。良いだろう、血湧き肉躍る会話は後に取っておこうではないか」


 ノエラ・ラクタリスは人を虜にしそうな妖艶な笑みを浮かべていた。


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