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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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ノエラ・ラクタリス その1

 

 ガイゼルダナンを出て、セトラーナに到着すると私達は真っ先にルーネリアが師事するノエラ・ラクタリスと会う事となった。


 ノエラはタルガマリア領の都市のひとつであるセトラーナに魔術協会を設立し、昔から居を構え、魔法研究に勤しんでいた。彼女はその名声にふさわしく、門下生として魔法技術の名門であるアーラ家の徒弟を多く輩出しており、その中には私の師であるノクタス・アーラも含まれているようであった。


 彼女の名声はスペリオーラ大陸全土に轟いており、かつて魔法技術研究所の『魔導士』として多くの近衛魔術師を束ねていたことも、当代最高峰の呼び声高い魔術師として評価を受ける理由の一つであった。


(想像よりも異様に若い……ノエラ・ラクタリスとは一体……)


 私が初めて彼女に会った際はその容貌の若さに本人と認識するのに多少の時間が掛かった程であった。金色の長い髪を後ろで縛り、真紅に染まる瞳と同色の魔石を埋め込んだ特徴的な髪飾りが目を引き付けていた。彼女の見かけは十歳台後半から二十歳程度の女性であるが、実年齢は八十歳を超えているとの事であり、どうやら様々な魔法研究を行う中で身体の老化を遅らせる事すらも成功しているとの事でこの手の話自体はその道では有名であるとの事であった。


 アイゼンヒル、ルーネリアと共に彼女を訪れると、我々がセトラーナに入っていた事は既に分かっていたようで客間に入ると既に人数分の飲み物が用意されていた。


「魔と人がここまで濃密に交わるとは、改めて奇跡と言うしかないのう……。獣がここまで育つ例が過去現在に渡って無かったものだが……恐ろしいのは人の執念という訳か。久々に研究者としての欲が出てしまう当たり、儂も未だ初心な心が残っているようじゃ、隅々まで調べ尽くしたいものだな」


 我々が話題を切り出すよりも前に、ノエラは私を見ると何か理解したように嘯くと、その瞳を爛々と輝かせ始めてみせる。


「それは後にしてくれ。俺達はお嬢の予知を受けてロシュタルトまで行った。そこまでは知っているだろう。そこからの話をさせてくれ」


 アイゼンヒルがノエルの言葉を遮ると、ノエルは「仕方ないのう」と我々の説明を聞く事としたようであった。アイゼンヒルの話によって、これまでルーネリアの予知によって私を見つけ出した事。教皇派に襲われた事やルーネリアの第一人格が今は眠りについている事を伝えると凡その事態をノエルは理解したようであった。


「なるほど、確かにルーネリアは眠っているようだが……ふむ、一見してオドの使い過ぎといったところか。どれ、目覚めさせてみるか」


 ノエラはルーネリアに対して手を翳すと自らのオドを分与し、第一人格のルーネリアを目覚めさせた。自らのオドを分け与えるという行為が無造作に行われた事に私は驚きながらもノエラ・ラクタリスが優れた魔術師であるという事を十分に理解した。


 魔力の付与と単純に言うが、確かに武器を強化する事や、肉体外部に抗力を発揮させる分には魔力操作や、魔法術式を組み上げればある程度自由に効果を発揮させる事が出来る。その一方で肉体内部への魔力付与は極めて高度な魔力操作が必要であり、自分自身の肉体であったとしてもかなりの訓練を必要とする。それでありながら、ノエラは瞬時に自らのオドをルーネリアに同調させ、分け与えてみせた。その魔力操作の技術は極めて秀でた練度に達していると言えた。


「ルーネリア、話せるかね?」


「はい、ラクタリス様。お久しぶりでございます」


 オドを分け与えられたルーネリアが目を開くと、そこには第一人格のルーネリアが姿を現していた。その姿を見た際に何故か私は彼女の中に異なる色の揺らめきを視ていた。深く、冷たさを思わせる程の藍色の輝きが強く煌めいて見えるが、それが何故であるかについては思い至らなかった。


「ふむ。ルーネリア、お前が何を予知したのか、私に話してもらえるかね?」


「はい。ロシュタルトに赴くより前に私は予知を致しました。大いなる災いがこの国に迫っております」


「大いなる災いとは具体的に何を指し示す?」


「人ならぬ者達がこの国を浸食しております。人を傀儡とし、人を食らい、人を弄ぶ。人知を超えた存在。ラクロア様が戦い、打ち砕いたエルアゴール。彼の者に連なる天族を名乗る者達。我々には彼らに対抗する為の力が有りません。それ故にラクロア様をこの地へお招きいたしました」


 やはりルーネリアは天族の存在を認知しており、その対抗手段として私を呼び寄せたと確かにそう言った。であれば、彼女は私がどこから来たのか、何の目的を持っているのかを知っていると考えるべきであった。


「ほう。天族とな。神々はいつの時代も人族を弄ぶのが好きと見える……。『魔翼』が指し示す通り、その少年は十年前に失踪した人造の獣という事で間違いないね?」


 確認するまでもない、というようなニュアンスであったが、ノエラ・ラクタリスはルーネリアに敢えて確認を求めた。それはお互いの情報の擦り合わせを行うようで、


「はい。ラクロア様は聖域にて封じられている『愛憎の獣』の加護を持ちながらにして自由意志を持つ唯一の人間です。ラクロア様の力をお借りすれば天族と渡り合う事も可能でしょう」


 ルーネリアとノエラの会話を聞く傍らでアイゼンヒルは理解が出来ないと言った顔を浮かべていた。かくいう私も話の半分も理解出来てはいないのが事実ではあった。


「天族とは何者なのですか?」


 私がノエラとルーネリアに尋ねると、ノエラが何か見透かそうとするように私の瞳を直視していた。


「ふむ……。天族は本来この時空には存在し得ない生物の総称よ。本来は冥府と呼ばれる魂の集う回廊に存在し、消えゆく者達であったが、過去の人魔大戦において用いられた召喚術式によって、奴らは魂の回廊を超える事でこの世に現界することに成功した。しかし、人魔大戦の終結以降、人族の歴史に表立った姿を現す事は無かったが、今でも尚その力はスペリオーラ大陸全土に根を張っている」


 ノエラは私を値踏みするように引き続きじっくりと観察していた。それはどこまで私が情報を握っているのかを計るようであった。


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