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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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セトラーナの日常 その1


 タルガマリア領に訪れる事となったのは『微睡の矛』と別れてから約三週間後となった。気温は下がり、多種多様の植物が見せていた赤、黄の色深い木々の葉は徐々に枯れ落ち、既に冬の季節に入り始めた頃合いであった。此処から王都までは幾つかの山々を越える必要があり、積雪が道を塞ぐ冬季は事実上進行は不可能であった。


 越冬の為に今はセトラーナに置かれたサンデルス家の別宅に身を寄せ、既に二ヶ月が経とうとしていた。ガイゼルダナンからの道中、そして滞在中も我々三人とアイゼンヒルの訓練は延々と続いていた。どれだけの研鑽を積み上げても未だ壁がある。そんな印象をアイゼンヒルに対して抱き始めていたが、それでも徐々に自分達が成長しているのを実感するようになり始めていた。


「俺も伊達に辺境騎士をやっちゃいねえ。俺達は騎士を目指す者達の上澄みを掬い取った更に先に有る到達者だ。一朝一夕で追いつけると思う方がおかしな話だぜ。だが、それでも上を目指すならいつでも相手になるぜ」


 そのような一見すると上から見下した口調であったが、彼は我々を叩きのめす度にそうした発破を掛けては嬉しそうに笑っていた。今では我々との訓練も日課となり、訓練用の武具が本見での訓練に切り替り、我々にとって命を削るような訓練が連日に渡って繰り広げられていた。


「皆、精が出るね」


 訓練の合間に声をかけて来たのはラクロア様であった。セトラーナに来てからというもの、ノエラ・ラクタリスと共に魔法技術研究に没頭している。時間がある時は魔術協会にある書庫に篭りっきりになっている様であった。そうした中、たまにではあるが時々こうして我々の様子を見に来てはお声がけくださっていた。


「ありがとうございます。ですが、なかなかアイゼンヒル様を負かすのは骨が折れそうです」


 ラクロア様はそれはそうだろうと笑っていた。アイゼンヒルの実力は辺境騎士におさまらず、近衛騎士とも遜色の無い実力であることは先日のルクイッド・ザルカナスとの戦闘でも明白であった。また、その魔槍はアイゼンヒルの実力を更に底上げする強力な武器であったが、私達は未だその本領を発揮させるまでには至らず歯痒い思いをしていた。


「辺境騎士にして近衛騎士を下す者、アイゼンヒルか。彼の槍捌きは騎士の中でもやはりかなりのものの様だね」


「はい、直接この身に受けて如実にその実力を見せつけられているところです」


 自らの無力さを露呈するかの様で悔しさはあるが、ラクロア様に虚勢を張る必要は無い。


「高い壁が目の前にあると言うことは挑む者にとって恵まれているとも言える。今の研鑽が将来の自分を助ける事になると思えば尚更だね。私も常に脳裏にちらつく者がいる」


 ラクロア様は何故か自嘲気味にそう答えた。その表情はどこか親しい人物を回顧するかのようで普段とは違う柔らかさを含んでいた。


「ラクロア様よりも強い方がいらっしゃるのですか?」


「うん、僕の村には少なくともね。数年に渡って訓練を付けてもらって、かすり傷を付けられた程度だったからね……。正直に言って、僕は今のところ彼以上に強い者を知らない」


 ラクロア様はかつての修練の日々が思い起こされたようで、目を細めていた。未だ身体の成長は途上でありながら、隔絶した力を発揮する彼よりも強い者がこの世にいるという事が私にとっては衝撃であった。タオウラカルから出てきてという物、世の中の広さを知る事が何度もあったが、その度に同時に自身の無力さを思い知る事が増えたように感じられた。


「そのようなお方がいらっしゃるのですね。いつかお会いしてみたいものです」


「……そうだね。会えるようになると良いけれどね」


 やや歯切れの悪い言葉を残しラクロア様は私との会話を打ち切ると、暫く木陰で我々の訓練を見て行くようであった。私との会話をミチクサの相手をしながらも遠巻きに見ていたアイゼンヒルがラクロア様に声を掛けた。


「おい、暇ならてめえも相手してやれ。お前の仲間だろうが」


 アイゼンヒルはラクロア様に対して最もな事を伝える。この辺りは彼の性格が出ており、誰にでも率直に自分の意見を突き付ける様は彼自身が抜き身の刃その物であるかのように感じさせられる在り方であった。研ぎ澄まされた刃はところ構わず何者をも傷つけるとは言ったものだが、その性格を理解している者達であればそれも十分に対応が可能なものであった。実力は申し分ないが、誤解されやすい性格であるのはもったいないと思えるがその辺りは主人であるルーネリア様も諦めているようで、上手くやるしかないとの事であった。


「はは、僕はどうやら人に教えるのが下手みたいでね。戦士として鍛えるのであれば『微睡の矛』や君が知っている方法で訓練するのが効率は良いみたいだ。実際に成果も出てきているようだしね」


「はっ、なら俺の訓練に付き合えよ。魔術師殺しの訓練相手が居なくて困っていたところだぜ」


 やれやれ、と言った様子でラクロア様は立ち上がりアイゼンヒルの前まで移動すると黒いローブに隠していた佩刀を抜き、構えをみせた。その薄く青色に光を放つ刃に刻まれた魔法術式は私も始めて見るものであった。


 アイゼンヒルは一切の躊躇いを見せず、槍をラクロア様へ狙いを定めると獣の様な俊敏さで飛び込む構えを見せた。


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