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魔族的宥和政策が人族の目から如何に映るのか僕達は未だ何も知らない  作者: 緑青ケンジ
第四章 停滞した世界は如何にして動きを止めたのか
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召喚魔法術式

 


 客間へと移動すると、ジファルデンと魔法技術研究所の現在の統括者であり『魔導士』の地位にいるアストラルド・ローデウスがソファに寛ぎながら私を待ちわびていた。


「遅いぞ、シルヴィア」


 ジファルデンは特に表情を変えもせずにそう言い放つと、私に早く座るように促した。


 私の正面に座るアストラルドは浅い栗色のローブを腰元を麻の紐で止めたシンプルな服装に身を包み、太陽の光とは縁遠いことを想起させる青白い手の色との対比は、若干ちぐはぐな印象を抱かせるものであった。


 しかし、この魔導士はそんな事は毛ほども気にしないに違いないであろうことは瞬時に理解できる。瘦せた頬、そして肌色からは似つかわしくない強烈な魔力をその身の内に宿し、彼の瞳には滾る様な意志が漲っていた。それは自信の表れであり、公爵家の嫡男である私を前にして、人を見下したかのような、気色の悪い笑みを浮かべている。


「シルヴィア様、ご機嫌麗しゅうございます。日に日にマリアンナ様に顔立ちが似てこられておりますな。髪の色と、目元はジファルデン様とそっくりで御座いますが、何よりも領主代行としての役割期待をそのお歳にして十分に果たしておられる。一部の者達はシルヴィア様へ畏敬の念どころか神聖視しておられるとか……。我々、魔法技術研究所まで噂が届いてきておりますよ」


 飄々と世辞を述べる様は魔法技術研究所の長には似つかわしくない。しかし、これで他人が気を許すのであれば何で堂々とやる。それを地で行くのがこの男なのだから、相対するのも楽ではない。


「くだらない会話で時間を浪費するな。シルヴィアに会いに来たのは世辞を言う為ではないのだろう。要件を言うがいい」


 私が口を開く前にジファルデンがアストラルドを急かすのは見慣れた光景であった。ジファルデンは普段こうした前口上を酷く嫌う。本人曰く効率性に欠けるとの事であった。彼が貴族の嗜みとして対応するのはそうした格式が必要な状況においてのみであった。


「おやおや、相変わらずジファルデン様は性急に過ぎますねえ。まあいいでしょう。単刀直入に申し上げますと、シルヴィア様のお力をお借りしたいという事です」


 何のために、という言葉が出掛かるがジファルデンが眉根をピクリと動かしアストラルドの言葉に僅かに反応を示していた。


 どうやらジファルデンとアストラルドの利害は一致していないようであった。かといってアストラルドの依頼を頭ごなしに否定する事も出来ないという事のようであり私はアストラルドの出方を窺う事とした。


「先ずは内容をお伺いしましょう」


 私の対応を読んでいたとばかりに、嫌らしい笑みをアストラルドは浮かべ、内容を明らかにし始める。


「話が早くて助かりますねえ。ここだけの話なのですが、我々は召喚魔法術式に関する研究開発を行っておりましてね。術式の基礎構築はある程度の形になっているのですが、思った以上に調整に手間取っておりまして、そこで是非シルヴィア様に協力を仰ぎたいと思っておるのです」


 召喚魔法術式、この世ならざる者を現界させる秘術。凡そ数百年前、人魔大戦において使用が一度確認されて以来、その術式を人族が用いたという記述は残されていない。それをアストラルドは新たに開発していると言うが、太古の魔法術式の片鱗をどうやって掘り起こしたのか……脈々と魔法技術研究所内で積み上げられた歴史に埋もれた遺物の数々、その異常さに僅かなりとも肝が冷える思いがした。


(召喚魔法術式への協力要請……俺に対して直接的に出向いて来る当たり、俺の力についても把握済という訳か。ジファルデンが要請を断らないという事は何等か裏があるように思えるが……)


「ほう、それで、その召喚魔法術式は一体誰に対して使用するおつもりです? シュタインズクラード王国もカルサルド国王陛下の治世となってだいぶ落ち着いたものと考えておりましたが、今は無き、西方の魔石発掘鉱山には多くの魔獣が住み付いていると言いますから、その辺りでしょうか?」


 適当な言葉を並べつつも、『まさか魔族に対して戦争を仕掛けるつもりではあるまい』という意味を暗に加えつつ反応を探るが、アストラルドはまさかとばかりに笑い声を上げてそれを否定した。


「はっはっは。シルヴィア様、私たちはあくまでも研究するだけですから。ご使用になるのはそれこそジファルデン様のお仕事です」


 兵器としての運用、話に聞くところによれば召喚された者はそれこそ魔族にすら匹敵するという言い伝えがあったが、抑止力という意味合いでは確かに利用価値はあるのかもしれなかった。しかし、懸念点としては、その技術の根幹を握るのが魔法技術研究所であると言う一点である。確かに私が参加することでベルディナンド家としてのメリットはある、しかし一方で研究所との強い結びつきは国王の心証を損ねかねない。ここではその損得勘定の綱引きで、どちらが勝るのかが鍵となる訳だが、線引きをどうするか、私は考えを巡らせる事とした。


「しかし、私がお役に立てる事がどれほどあるか分かりませんよ?」


「はっはっは、ご謙遜を。シルヴィア様の()()があれば魔法術式の構造解析等お手の物でしょう。既に幾つかの魔法術式の研究論文を拝見しておりますが、十分にご活躍頂けるものと存じ上げます。それに、シルヴィア様の魔法技術に関して言えば既に王立魔法学院のレベルではご不満でしょう。ご協力をいただけるのであれば、魔法技術研究所の施設も自由にご使用いただけるように手配いたしましょう」


 ほう、と私はアストラルドの提案に対して嘆息した。その条件は極めて我々に対して寛容であると言えた。魔法技術研究所は貴族に対して絶対不可侵を謳っており、国王ですら容易に手を出せない独立性を保っていた。それも歴代の魔法技術研究所の魔導士及び、アーラ家とノエル・ラクタリスの存在が大きい。そうした中で彼らが持つ魔法技術は多くが秘匿されており、そこに足を踏み入れる事が出来るというのは十分な価値があると言えた。


 魔法技術は多くの貴族に取って喉から手が出るほど欲しい情報であり力の源泉であった。騎士団と魔術協会、そして魔法技術研究所、そして国王が擁する兵団。貴族は常にこれらの脅威に晒されていると言ってもよい。力を持たない貴族はいつ食い物にされるか分かったものではないというのはこの国の歴史が語っている。大公爵であるベルディナンド家もまた、同様に魔法技術による戦力増強を求めるのは自然の流れであった。それは、現王であるカルサルド王に対する警戒では無く、それ以外の火の粉を払う為の力としてである。ジファルデンもこの辺りを十分に理解した上で、私とアストラルドを引き合わせたという事なのだろう。


「なるほど、それは実に魅力的なお誘いですね。いいでしょう、可能な限りその研究に協力致しましょう」


 アストラルドは自分の思った通りに事が進んでいる事に対して満足気に微笑んでいた。


「それは何よりです。これで我々の研究は一層の発展を遂げる事となるでしょう」


 しかし、甘い匂いの裏に毒は付き物であり、その毒を制する為の処置もまた必要不可欠であった。


「一つ、条件があります」


 ぴたり、と彼の喜びの表情が冷や水を浴びせられたかのように無表情に戻った。


「はて、我々にできる事であれば宜しいのでしょうが」


「我々、ベルディナンド家に連なる者達について魔法技術研究所は今後一切の手を出さぬという事を約していただきたい」


 それは暗に、魔法技術研究所に対して『前たちが裏で暗躍している事を理解している』という突き付けであり、表面的に力を振るう事の無い彼等に対して波風を立てる物言いであった。


「なるほど、面白い事を仰る……」


 ぶわり、とアストラルドから発せられる冷気を纏った気配に圧を感じ、私は目を細めた。そこには僅かに抑えきれない殺気が含まれることを感じ取っていた。


「悪くはない提案だと思いますが?」


 化けの皮を剥いでやったような気分になり、危うく頬が緩みそうになるのを堪えながらアストラルドの様子を窺うのは痛快であった。彼らはやはり、私の片割れの存在に気が付いているのだろう。私を取り込む事と、彼を狙う事のどちらに価値があるかをアストラルドは瞬時に試算しているようであった。


「いいでしょう。何をご心配されていらっしゃるのかは分かりませんが、我々はベルディナンド家へ手を出さないという事を確約致しましょう。念の為に誓約をご所望でしょうか?」


 私はセントワードで部屋の外に待機していたファルブに対して指示を飛ばし、魔法術式を編み込んだ誓約書を部屋に持ってこさせた。


「話が早くて助かります」


 ファルブは机に誓約書を置き、二本のナイフと底の深い器を机に置いた。


「随分と準備がよろしい事で」


 アストラルドは皮肉めいた口調でそれだけ言うと、ナイフを手に取り親指を切ると、血液を器へと注いだ。私も同様に親指をナイフで切り血液を器へと為、それを用いて、誓約の内容を地文字によって誓約書の上へと書き込んでゆく。それが終わると互いの魔力を流し抗力を発生させる。契約者同士のオドが結びつき、破ることのできない魂の誓約が完成した。


「これで私共がベルディナンド家に対して敵対する事は出来なくなったわけですが、ご満足いただけましたか?」


「満足も何も、今は有事は無いですから特段感情は無いですよ。私が満足するのはあなた方と敵対した時ですかね」


 アストラルドは私の言葉に驚いた様子であった。これまで彼にそのような物言いをする者を貴族の中で見た事が無かったからであろう。


「シルヴィア、戯れにしては度が過ぎる……。アストラルド殿、愚息が失礼をした」


 ジファルデンは即座に私を窘める形を取り、上手く取り繕ってみせた。こうした抜け目の無さは確執が有るとは言え頭が下がる。しかし、彼の鉄面皮も僅かに喜色が浮かんでいる様であった。


「私からも謝罪を、大魔導士殿。年相応の戯れと聞き流して頂ければ幸いです。それでは研究に関する参加日程については別途ご連絡いたします。その他に何もなければ、私はそろそろ失礼させていただきたく。領主代行として多忙な身故、お許しをば」


「ふふ、まるで大人が乗り移ったかの様な振る舞いに、ついシルヴィア様が未成年である事を忘れてしまいます。それでは研究所訪問のご日程をおまちしております」


 アストラルドは再び初めに見せた人を見下すような微笑を浮かばせると何も無かったかのように別れの挨拶を済ませた。


 ジファルデンをちらと見るが、彼は目を瞑り小さく頷くだけであった。取り敢えずは彼自身も満足の行く結果であったのだろう。彼が持つ小目的の先にある、大目的が何であるかは分からなかったが、今はこれで良しとする事にしよう。


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