魔術師とガイゼルダナン その6『聖女と公爵と魔術師の関係』
シャルマ公爵との会談が持たれたのはアルバートが治療院に搬送されてから約二週間後となった。
俺達はお嬢と共に登城し、会談用の個室に通される運びとなったが、そこに入れたのは護衛としてキリシア、俺、そして『白銀』のラクロアのみであった。何故お前が、という疑問は拭えなかったが、それをシャルマ公爵もルーネリアも許可している以上、俺からは何も言う事は無かった。
一同が会するや否や、議題について真っ先に着手したのはシャルマ公爵であった。
「単刀直入に言おう。穏健派はルーネリア嬢、貴女を聖女として祭り上げ、教皇派の傍若無人な振る舞いを牽制するつもりだ。その中で、貴女には父君であるゼントディール伯爵へと取り次いでもらい、伯爵から教皇派に対して圧力をかけるよう依頼したい」
教皇派に近いサンデルス家に対して、穏健派として寝返れとシャルマ公爵は声高に要求していることとなる。そしてこれは先日、聖堂国教会の穏健派の司教の一人であるラキシスの提案と変わりのないものであった。
理解していたことではあるが、明確に要求を突き付けられた以上、お嬢にこれを無視するという事は出来ないだろう。そうでなければ、教皇派として国王に弓を引く事となるのだから。
「それは、ルーネリア様の父君であるゼントディール様が教皇派と親しいことを知った上でのご依頼という事ですね?」
対話を取り持とうとしているのはアルバートであった。情勢について知り得る中で、それは家を二分することになりかねない事をアルバートは危惧しているのだろう。しかし、それは既に織り込み済であると、シャルマ公爵は肯定していた。
「その通りだ。ルーネリア様にとっては辛い道となる可能性があるのは重々承知の上です。それでもこれ以上の内紛は見過せません。ガイゼルダナンにもその内紛が迫るというのであれば尚更の事。タルガマリア領に戻り、父上とお話なさい」
「もしも、伯爵がそれを拒んだ場合は?」
「アルバート殿、貴殿も貴族であればその義務を如何に果たすべきか理解が及ぶというものだろう?」
それは暗に、派閥が分かれるのであれば、戦う他に道はないという事を示していた。それは血で血を洗う骨肉の戦いを意味している。
「しかし、子に親殺しをしろと言うのは如何に公爵閣下のご依頼とは言えご無体ではありませんか?」
食い下がるアルバートであったが、それは無意味というものであった。お嬢が生き延びる為には教皇派として国王を弑逆するか、それとも穏健派として父親との戦いに臨むかの二択である。しかし前者という選択は存在しない。聖堂国教会の内紛を内戦にまで持ち込むほど、お嬢は愚かではないのだから。
その点まで理解をし上でシャルマ公爵はお嬢に対して要請をしている事は紛れもなく、アルバートとは役者が違う、そう評価せざるを得なかった。
「もしもの場合、ですよ。今はまだゼントディール伯爵と教皇派の繋がりは明確化したわけでは無いのですからね」
そう言いながら、シャルマ公爵はお嬢を見つめていた。そう、体外的に何もまだゼントディール伯爵が教皇派に与しているとは限らない。しかし、素人目に見たとしてもサンデルス家が教皇派として見られるのはどうしようもない。それ故に、お嬢はタルガマリア領を離れたのだから。
「……シャルマ公爵閣下。私、ルーネリア・サンデルス・タルガマリア、ご依頼を受け賜りましょう。仮に父が国王陛下へ叛意を持つのであれば、それを止めるのもまた、一族の役目です。何卒ご助力を賜りますようお願い致します」
お嬢の雰囲気が異なる事を俺は見逃さなかった。大量の魔力消費によって表には出てこなかった本来のお嬢の意識がそこにはあった。キリシアもそれに気づいたようで、辛そうな表情を見せながらお嬢の言葉に耳を傾けていた。
「いいでしょう。ガイゼルダナン当主としてもしもの場合はルーネリア様への助力は惜しみません。悪戯に戦火が拡大しないよう、力を合わせ尽力して行きましょう」
「ええ。ルクイッド・ザルカナスが閣下に嘗て仕えていた者であれば、国王陛下から嫌疑を掛けられるのも無理からぬことでしょうから、私としてもそのような無用な嫌疑の払拭にご協力させて頂く所存です」
シャルマ公爵の顔色は柔和な微笑みを浮かべたまま変わりはしなかったが、先ほどよりも明らかに空気が重くなるのを俺は感じていた。
お嬢としても不本意ではあるが、ゼントディール伯爵が何等か今回の騒動に関わっているのは認識している、ともすれば事の顛末が全て『視えている』可能性すらあった。それ故に取れる選択肢は少ないが、それでも単にシャルマ公爵の駒として使われる気はないという明らかな意思表示であった。
「当家としても嘗て騎士として仕えていた者が今回の内紛に関わっているというのは実に心が痛い。当家がそのような無用な嫌疑に掛けられる事も確かに忌々しき事態ではあります。ですが、ラキシス殿を保護し、教皇派によって捉えられたアルバート様の治療のご支援までさせて頂いた当家にやましいところなどある訳もないことはご理解いただけるかと思うのですがね?」
シャルマ公爵はただ事実の羅列を行うだけであったが、その行為はどこにも疑いの余地はない。ふと、お嬢の様子を窺うと、僅かに魔力が身体から漏れ出ている様が見て取れ、お嬢が何らかの能力を用いた事を理解した。
「はい、その通りです。シャルマ閣下の行為は極めて正当であれば、どこにも疚しいところは無いのでしょう。時に、最近の魔石採掘の調子はいかがですか?」
シャルマ公爵は突然の話題の変換を訝しみつつも、会話を続けた。
「ガイゼルダナンの産出量にこれと言った変化は無く極めて安定しておりますよ。それが何か?」
「それは何よりです。しかし、どのような鉱山でも埋蔵量には限りがある中、噂では新たな鉱脈を掘りあてられたとお伺いしております。私もいずれ、そうしたご関係にあやかりたいものです」
その言葉を聞いた途端にシャルマ公爵の顔色に変化が見えた。眉目秀麗なその相貌を僅かに歪ませちら、と俺の横にいるラクロアに視線を送ったのを見逃さなかった。
「なるほど……毒を食らわば皿まで、とは言ったものですねルーネリア様……いや、聖女とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
「いえ、今はまだ、ただのルーネリアでございます。くれぐれも私共が一蓮托生であるという事をお忘れなきよう何卒よろしくお願い申し上げます」
「ふふふ、なるほど、貴女のお力の一端を垣間見た気が致します。共に魔に道を見出す者であればこそ、今後とも末永い交流を期待したいところですね」
「ありがとうございます。それでは私共はタルガマリア領へと戻り、父上と対話を以てことの解決にあたりたく存じます」
会談はこれで終わりと、早々に部屋を出ようと立ち上がるお嬢を見て、一同が呆気に取られる中、俺の横でラクロアが密かに笑っていたのを、俺は見逃さなかった。