始まりの街ですよ、テコナさん
始まりの町「アリュール」。
メタセコイアよりも背が高い巨木が生い茂げる森の中にあり、人々の生活空間は全て木の幹をくり貫いて造られている。車が走れるような道路はなく、頑強な吊り橋が張り巡らされている。枝葉が完全に陽光を遮っている上に照明が燐光を放つ魔石くらいしかない為、国全体が薄暗い。もっとも、眼下の沼地に「ヒカリゴゼン」という発光生物がいるので、普通に暮らす分には問題ない光量なのだが。
住人は普通の人間に加え、獣人、爬虫人類、エルフやドワーフ、妖精など様々。羽のある者は歩かず飛んで移動するようである。ワタシには無理だけどね。
こんな原始時代みたいな街並みだが、そこは異世界、公共機関は丸っと揃ってるし、魔法と科学がマッチしたおかげで、現代以上の文明の利器が溢れている。例えば立体映像だとか、電子通貨だとか、労働ロボット(ゴーレム)だとか。他にもコンビニやスーパー、中古雑貨店にデリバリーなど、車以外の欲しいものには大抵手が届いている。魔法科学万歳だ。
文化が和洋折衷し過ぎてカオスになっている事以外はね。何だよ、簾にステンドグラスって。意味分かんねぇよ。
「ふわぁ……」
そして現在、アタシは弓っ子を伴い、アリュールの一角にあるシズナのお店――――――漬物屋「ほうこう」にいた。他の迷走したデザインの店屋と違い、純和風な佇まいをしている(むろん、文明の利器は使っているが)。とりあえず、浅漬け美味しそう。
『どうかな~、私のお店?』
「いい感じだと思いますよ。凄く落ち着きます。というか、他の建物は迷走し過ぎです」
『まぁ、日本人だもんねぇ~。私もそう思うし』
なら、鏡を見た方が良いと思うよ?
『彭侯は元々中国の妖怪だから別にいいんだよぉ~』
そーなのかー。
つーか、ナチュラルに人の心を読むのは止めてくれませんかね?
『だが断る☆♪』
だが断られた。うん、もういいや、どうでも。
『さぁ~て、何から話したもんかねぇい?』
と、シズナがショーケースから沢庵漬けや白菜の浅漬けに胡瓜の柴漬けなど、多種多様な漬物セットを二人前用意しながら、話を振ってきた。そう言えば、こっちに来てから何も食べてなかったわね。
「「いただきます」」『おあがんなさ~い♪』
カリカリ、シャクシャク、パリパリ……ゴクン♪
うん、塩加減が丁度良いし、野菜本来の甘味も感じられて、凄く美味しい。中国妖怪がどうして日本の地獄で漬物屋をやってるかなんぞ、どうでもよくなった。飯屋は味が全てよ。雰囲気も大事だけど。
しかし、こうなるとご飯が欲しくなるわね。
『はい、ご飯と味噌汁』「「ごちになります」」
とか考えていたら、ご飯と味噌汁も出てきた。至れり尽くせりね。もうここに住んじゃおうかしら。
『別に住んでもいいけどねぇ~』
「いいんだ……」
軽いな、おい。
『もちろん、何かしらの稼ぎは入れてもらうけど』
「そりゃそうだ」
さすがにそこまで厚かましくはない。というか接客とかしなくていいのかしら。
『別にしなくていいよー。どうせ閑古鳥だし。半分以上趣味でやってるからねぇ~』
そりゃまたリッチな事で。まさに暇を持て余した神様のお遊びね。心配して損したわ。
だけど、そうなると何をすればいいのかしら。一から住み家を見つけるとか面倒だし、是非ともお世話になりたいのだけれど。
というか、今ってそういう話題だったっけ?
『うん、ちょっと脱線したねぇ。……えっと、ひとまずこの世界のあらましについて話そうかぁ~?』
「それでお願いします」
弓っ子ちゃんが完全に置物になってるけど、気にしたら負けだろう。
『特典付きの転生者って事は、ここが日本の地獄だって事は分かってるんだよね?』
「はい。何か魔女っぽい人に説明されました」
『その子は「死神」だねぇ。あの世の水先案内人だよぉん』
あー、あの子魔女じゃなくて死神なんだ。じゃあ、魔女っぽいのはコスプレか何かかな。深くは追及しないけどさ。
『じゃあ、いろいろとぶっちゃけるけど……日本人の君から見て、この世界をどう思う?』
「美的センスを疑います」
引き戸の自動ドアはまだ分かるけど、アンティークに湯飲みだとか、瓦屋根に煉瓦造りの玄関だとか、ホログラムで読み解く巻物だとか、コスモボ○ガンだとか、もう少し的を絞れと言いたくなる。
『でもねぇ、それは現世側の責任でもあるんだよぉ?』
「えっ、そうなの?」
『だってここあの世だよ? 死んだ人間の影響を受けない訳ないじゃん。相対的な時間の流れもこっちの方が圧倒的に早いし、割とすぐに影響されるんだよ。良い意味でも、悪い意味でもね』
「なるほど……」
ようするに、このカオスな状況を作り出したのは、他ならぬアタシたちって訳ね。ラノベ流行ってるもんなぁ。
……って言うか面白いな、その設定。作家志望としてはネタになりそうな話題はバッチ来いである。さっそくメモしよう。
アタシは来る途中でシズナに買ってもらったバーチャフォン(※携帯式電子通話機の事。特撮やアニメによくある「立体映像が出てくる腕時計(もしくは腕輪)」みたいなアレ)を起動し、サラサラとペンを走らせる。手書きがそのまま打ち込まれるのが地味に便利だ。
『まぁ、そういう訳で地獄は大分様変わりしちゃったけど、別にこれが初めてでもないんだよねぇ』
「と言うと?」
『日本にはねぇ、元々地獄なんてなかったんだよぉん』
「あー、黄泉の国って奴か」
地獄という概念は仏教――――――つまり、中国経由のインド神話から齎されたもので、本来の日本のあの世では「黄泉の国」がそれに該当した。創造神の片割れにして死者の女王・伊邪那美が支配する魂の牢獄である。そこでは誰も彼もが腐り果て、一口でも黄泉の食べ物を口にした者は二度と地上には帰れないとされている。
『そう、その黄泉の国。死と腐敗が蔓延る混沌とした世界。じゃあ、どうして黄泉が地獄に変わったと思う?』
「神仏習合したから?」
『それは現世の解釈だねぇ。実際は侵略されたのさぁ』
「侵略?」
『そ、侵略。大陸側のあの世からやって来た、閻魔大王率いる地獄の十王たちにね』
彼ら曰く「あの世に秩序を齎しに来た」らしい。
実際、黄泉の国は善悪の区別なく亡者が放り込まれ、伊邪那美が割と考えなしに好き放題やってたみたいだからね。離婚相手の一族郎党を一日千人ぶっ殺してみたりとか。どう考えても邪神の類です、本当にありがとうございました。
たぶん、死んで脳味噌まで腐り果てたのね。黄泉の国では理性が失われるとも言うし。
『渡来してきた彼らは、まず亡者を選別、生前の行いに応じて稀人と咎人に分け、それぞれに祝福と呪いを与えた。これにより、人々はこの世での行いが死後の運命を分ける、因果応報の考えを明確に持つようになった。“信じる者は救われる”みたいな感じにね』
「ふむふむ」
『そして、極楽浄土に逝った者は徳を積み、地獄に堕ちた者は呵責を受け……亡者たちは皆、天人や鬼神となった』
「うわぁ……」
それ、ようするに引き抜きじゃん。
天国という甘い蜜で向上心を掻き立て、逆に地獄では試練を与えて叩き上げる。その果てに完成するのは、“あの世に心身を鷲掴みにされた”強力な軍隊だ。個々で自由を謳歌する黄泉の国では成し得ない事である。
「あ、そうか、だから負けたのか」
『うん。いくら神々が強くても、数の暴力には勝てないよ。それも厳格に培養された正規軍が相手じゃね』
その辺の農民と東インド艦隊が全面戦争をするようなものだ。いくら伊邪那美が強くても、周りが穀潰しばっかりじゃあね。
そもそも、相手に人員を引き抜かれているので、絶対数でも全く勝ち目がない。一向一揆とフリゲート艦隊がガチバトル。そりゃあ負けるわよね。
「伊邪那美は何もしなかったのか?」
『桃酒と血肉に腐敗した女王様がそこまで考えてると思う?』
「………………」
そう言えば、日本神話の神々ってほぼ全員が呑兵衛なのよねぇ。仙桃(※発酵させれば仙人をも酔わす酒が造れると言われている、中国神話の不思議な桃)の酒をお近付きの印に賄賂されたら、ただでさえ吹っ飛んでる理性が二度と帰ってこないかも。酒呑童子かお前は。
まぁ、本当にそういうやり取りがあったのかは、神のみぞ知る所でしょう。あっても違和感ないけど。ギリシャ神話ばりに阿保で俗な連中が多いからね、日本神話は。伊邪那岐(※伊邪那美の啖呵に「じゃあ一日千人子作りする」と宣った日本のゼウス)とか、須佐之男(喧嘩の腹癒せに姉の自宅で糞をたれる駄目ニート)とか、邇邇芸(※見合い相手の一人(磐長姫)を「ブスはいらん」と返品した上に、結婚した妻(磐長姫の妹である木花咲弥姫)の不貞を疑うクソ野郎)とか。
『その後、黄泉の国を落とされた日本神話勢は秩序だった数の暴力に押され続け、ついに高天原も陥落。敗北した神々は異次元の冥界「根の国」に逃れるしかなかった。あの世は仏教勢力の支配下に置かれ、日本の死者は全て天国か地獄に行くようになったとさ。めでたしめでたし』
「いや、めでたくないだろ……」
黒船来航の遥か以前に酒にやられた、日本のあの世って一体……。
『でも、そのままいいようにやられ続ける神々じゃない。基本皆ジャイ○ンだからね。諦めの悪い彼らは、自分に似せた尖兵たちを世に解き放った。人に化け、社会に潜み、成り代わって食い散らかす、妖しい力を持った怪物たち――――――つまりは妖怪だね』
「あ、ここで妖怪が出てくるんだね」
妖怪は神の堕落した姿と言われてるけど、実は生物兵器だったのか。
『そうだよ。ちなみに、君らを最初に襲った蛙と鶏も、「蝦蟇」と「波山」っていう妖怪だから』
「そうなんだ……」
どう見てもRPG系のクリーチャーだった気がするんだけど。
まぁ、実在した恐竜だってあくまで想像図だし、実際の姿と伝承とでは差異があるのはおかしい事ではない。巨大な蛙も羽毛恐竜も、人間から見れば立派な妖怪である。
『彼らには【原点回帰】という能力がプログラムされている。神に成り上がる為のね。そうして力を溜め込んだ個体を、人は「魔王」と呼ぶ』
せっかく和風に収まりそうだったのに、ここに来て再びRPGへ。何でやねん。
あ、でも稲生物怪録に山本五郎左衛門って和製の魔王も出てくるから、変ではないのか。某RPGの影響でどうしても違和感はあるけど。
『笑い事じゃないよ~? だって、君は「勇者」なんだからね~』
「へっ?」
えっ、何を言ってるのかな、このヒトは?
『日本のあの世にとって、妖怪は神の意志を継いだ異次元からの侵略者。なら、そのあの世に特典付きで転生させられ者が、ただの一般人な訳がないでしょ~?』
「うっ……」
言われてみれば。ただで咎人の呪いを解いてもらえる筈がないもんね。
あれ、ちょっと待って、転生者が勇者で、妖怪の親玉が魔王で、それらが神道と仏教の代理戦争って事は……?
『そう、勇者の役目は魔王の討伐。つまり、君は地獄に遣わされた、私たちの敵って事になるねぇ~』
「なぁっ!?」
それはつまり、アタシは敵地のど真ん中にノコノコやって来た訳で――――――、
「だ、騙されたぁっ!?」
何が地獄ライフを楽しめだ、あの死神。戦わせる気満々じゃん!
というか、今まさに魔王みたいな奴と面付き合わせてるんだけど、ここから一体どうすりゃいいんだよぉ~!?
◆彭候(イメージCV:魂を取るのがお仕事です(※達成率0) 怪獣形態の鳴き声:地球のコアを拝借しようとしたアヘ顔)
元々は中国に伝わる木の精で、黒い四足動物のような姿をしている。数千年の時を生きた古木には魂が宿り、木から抜け出るという。
木霊などの植物系妖怪の上位種。強力な磁気を発生させる能力を持ち、地磁気を乱して天候を自在に操って、嵐や津波を引き起こす。他にも電熱による近接戦闘や、巨体を生かした質量攻撃も得意とする。
ここから更に進化すると【原点回帰】を起こして木花咲弥姫になる。