異世界ですよ、テコナさん
見渡す限りの大草原。湿地帯なのか、地面全体が抜かるんでいる。巨大な岩が所々に転がっており、淀んだ泥水の中には発光する何かが所狭しと蠢いていた。
そんな草原の終わり――――――地平線の彼方に、城塞のような物が見える(エルフの視力って凄い)。商隊らしき一団が入国手続きをしているので、人が住んでいるのは間違いないだろう。文明がどの程度なのかは分からないが、さすがに石器時代とかではあるまい。見た感じは中世ヨーロッパ風だが……。
「……何で日本の地獄にヨーロッパ?」
文明開化の音の出し方、間違ってない?
何処をどうぶん殴るとそうなるのか、さっぱり分からないんだけど。
とにかく、目指すはあそこね。こんな湿原のど真ん中じゃ雑魚寝も出来ないし。あの魔女っ子も、もう少しまともな場所に転移させてくれてもいいのに。使えないなぁ。
さーて、それじゃあ出発しますか。
「おや、エルフとは珍しい。こんな所でどうしたのかな、お嬢さん?」
すると、背後から声が。
振り返ると、いかにも「冒険者やってます」という格好の人間が四人――――――戦士、魔法使い、僧侶、弓矢使いのバランスチームが立っていた。たぶん、雰囲気からしてクエストの帰りだろう。ますますここが地獄じゃない気がしてきた。
あと、どうやら彼らはアタシを女の子だと思っているらしい。男の娘だから仕方ないね。
まぁいいや。否定するのも面倒だし、ここはか弱い女子を演じて、この連中にあの城塞までガードしてもらおう。使える物は何でも利用する。それがアタシが生前に学んだ人生の哲学である。
……だが、世の中そんなに甘くはないらしい。
「捨てられたのかい? それとも逃げてきたのかな? まぁ、どっちでもいいや。ここは危ないからね。俺たちと一緒に――――――」
と、優しく言葉を掛けてくれた戦士の人が、突然消えた。続いて、僧侶、魔法使いの順でフレームアウトしていく。
「あ……」
弓矢使いの人――――――アタシと同い年くらいの女の子が、あんぐりと口を開けながら、後ろを指差し震えている。
どうしたものかと振り返ると、
『モグモグ……』
体高五メートルもあるクソデカい三匹のヒキガエルが、お口をもごもごしながら鎮座していた。さっきの三人は、おそらくあの中だろう。藻掻いているのでまだ死んではいないようだが、助かる見込みはあるまい。むしろ、即死した方が良かった気さえする。
さらに、湿地帯に点在する大岩が、次々と蠢きジャイアントなヒキガエルになり、こちらへ向かってくる。のしのしと草原を闊歩する姿は非常に威圧感があった。
ああ、なるほど。こいつら岩に擬態して待ち伏せてたのか。RPGでよくいるよね、そういうモンスター。
……って、言ってる場合じゃない!
「Bダッシュ!」「あっ!」
アタシは放心して硬直している弓っ子を尻目に、全力で逃げ出した。エルフの身体能力のおかげか、生前とは比較にならないスピードだった。
よし、このまま――――――、
「置いてかないでぇっ!」
「ぬぐぉっ!?」
しかし、弓っ子が放って来たワイヤーが足に絡まり、途端に失速。ついにはスっ転んでしまった。
「コラァ、何すんだよっ!」
「見捨てないでぇ! というか、何一人だけ逃げようとしてんのよ!」
「うっさい、文字通りの足手纏いめ! お前を見殺しにして、僕は生きる!」
「させるかぁ! こうなったらこのまま道連れにしてやる!」
「クソゥ、放せ! 放せぇ!」
『ゲゴァアアアッ!』
「「わきゃーっ!」」
そして、お互いに足を引っ張り合っている内に、お口が寂しい一匹が追い付いてきてしまった。人間一人を丸呑みに出来る大口がヌチャリと開き、粘液塗れの舌が、アタシたちを捕えようと狙いを定める。
どうしよう、絶望しかないのですが。まさか、アタシ、これで終わりなの……?
だが、天はアタシを見捨ててはいなかった。
『ガォヴヴッ!』『ゲッ!?』
突如、カエル以上に巨大な嘴が、目の前の脅威を掻っ攫っていった。
『ギギョォオァアアアアヴヴヴッ!』
それは、超巨大な鶏だった。少なく見積もっても全長二十メートルはあるだろう。
首が長くガッシリとした、世に言う軍鶏――――――特に金八鶏という品種にそっくりな姿で、顔や羽冠が赤く、頭部から胸部と翼の一部までが茶色、あとは黒く染まっている。体温が高いのか、傍にいると少しばかり暑苦しい。
そして、その巨大過ぎる鶏は、他のヒキガエルたちも次々と血祭りに上げていき、
『カォオオオオオオッ!』
更には口から灼熱の火を吹いて、ローストトードに変えてしまった。鶏の癖に結構グルメなようだ。
だが、これはチャンスである。逃げるなら今しかない。
「逃げる!」「私もぉ!」
通りすがりの超巨大鶏さんに心の中でお礼をしつつ、アタシたちは今度こそ逃げ出した。幸い鶏もヒキガエルも自分の事が最優先になっているようで、何とか逃げ果せる事が出来た。
……はずだったのだが。
「「森の中だね」」
慌てふためいていたせいか、例の城塞ではなく、森の中に迷い込んでいた。メタセコイアを遥かに超える巨木が生い茂り、大地の殆どが燐光を放つ沼となっている、不可思議で、深い深い森である。絶対にモンスターとか出そう。
「ふざけるなよ貴様ぁ! 僕はあの城塞都市に行きたかったのに、何で森の中なんだよ!」
「そんな事言われても……」
まぁ、困るわよね。でも許さん。テコナ・イン・ワンダーフォレストさせやがって。しばき倒すぞ。
というかね、何となくだけど、こうも上手く行かない理由が分かったよ。弓っ子のせいだ、絶対に。咎人であるこいつの悪影響が、アタシのラックと相殺し合って、「悪運が強い」ぐらいの状態に収まっているに違いない。早くこいつを置き去りにして逃げなくちゃ!
――――――と、その時。
『………………』
いつの間にか、木々の間からドデカい化け物が顔を覗かせていた。
頭や背中に赤い角を無数に生やした、ゴムのような皮膚を持つ怪獣で、その大きさは体高だけで四十メートルもある。全長は百メートルを超すかもしれない。
そんな大怪獣が、こちらを伺うように見下ろしているのだ。やる事は一つしかない。
「どうぞー」
「……って、ぇぇえええっ!?」
アタシはご飯を差し出した。美味しく召し上がって戴き、見逃してもらう為だ。
「おまっ、ここまでやるか!?」
「仕方ない、僕が生き残る為なんだ。安心してリリースされろ」
「ざっけんなぁ!」
しかし、何故か弓っ子が全力で抵抗する。何でだよ。何で食われてくれないんだよ。咎人のお前がいなくなれば、アタシだけは生き残れるのにぃーっ!
『ギギョォオオオアアヴヴッ!』
そんな事を言っている間に、カエルを食い尽くしたらしい鶏までもが登場。前門の大怪獣、校門の恐竜もどき。どうしろってんだよ、コンチクショー!
「……っと、待った。様子がおかしい」
「え……?」
ここで急に冷静になるなよ狩猟民。
『カァアアアアアアッ!』
だが、確かに鶏の様子がおかしい。首の周りにフリルのような物を広げて威嚇している。火を吹く恐竜みたいな、あの鶏野郎が、である。
何に対して? ……決まっている。目の前の、この大怪獣にだ。
『ビュィイイイヴヴヴヴヴヴヴヴッ!』
大怪獣が吠えた。咆哮だけでアタシたちが吹っ飛ばされる、超高周波かつ大音量である。
あ、ヤバい。腰が抜けて立てないや……。
『ギュィイイイヴヴヴヴヴヴヴヴッ!』
さらに、大怪獣がもう一吠えすると、突如空が暗くなり、鶏のすぐ横に極太の雷が落ちた。鶏は悲鳴を上げて逃げ出し、アタシたちは視覚と聴覚とバランス感覚が一気におかしくなって、仰向けにひっくり返る。
嗚呼、これは今度こそ終わりかな……。
アタシが全てを諦め、どうにでもな~れと目を瞑った、その瞬間。
『面白いねぇ、君』
聞き覚えの無い、誰かの声がした。少なくとも弓っ子の物ではない。
では、一体誰の?
「………………」
そっと目を開けると、
『君って、もしかして特典付きの転生者かなぁ?』
あの大怪獣が、絶対に似合わない可愛らしい声でアタシに話し掛けていた。
え、何これ、どういう事? 理解が全く追いつかないんですけど。
『あ、この姿のままじゃ話しにくいか。ちょっと待ってねぇ』
すると、大怪獣が瞬く間にシュルシュルと縮み、さっきの声が似合いそうな、可愛らしい女の子になってしまった。
身長約百五十センチ。年頃は十代前半。垂れ目に八重歯、金の瞳と褐色肌、一部が枝葉になった深緑色の髪の毛と、非現実的要素がてんこ盛りの少女で、その上服装がおかしい。赤いチャイナドレスにブカブの黒兎パーカーって、どういうセンスだよ。
しかし、あまりの超展開に頭が完全にショートしてしまい、何も言えなかった。
代わりに、ついさっきまで大怪獣だった少女が自己紹介をしてくれた。
『私は「彭侯」。彭侯のシズナ。「漬け物屋ほうこう」の看板娘だよぉ~ん♪』
なぁにそれぇ。意味☆不明なんだけど。
『ま、立ち話もなんだし、そこの君も一緒においでよぉ。歓迎するよぉ~ん』
「おいでって……どこに?」
アタシは少女――――――シズナに手を借りて立ち上がった。シズナが答える。
『……始まりの街「アリュール」にさ』
どうやら、アタシの冒険の書はここから始まるらしい。さっきまでのは黒歴史で。
◆弓っ子ちゃん(イメージCV:闇の扉が開かれた……)
冒険者チーム「アンタレス」の新人弓使い。まさかの初陣でメンバーが全滅という憂き目に遭った彼女だが、そんなものは咎人の呪いからすれば、まだまだ小手調べでしかなかった……。