その名はジジョッタ
「お願いです、主人をお助け下さい!」
『ジジョッタ』と名乗るメイドは切羽詰まった様子でケンウッドに訴えた。
「わかった、詳しい話は中で聞こう。」
ケンウッドはジジョッタを王城に案内しようとすると、
「殿下、このようなよそ者をたやすく城に入れるなど軽率すぎます!彼奴はメイドの皮を被った他国のスパイかもしれません!」
門番はケンウッドに警戒心が薄いのではないかと指摘した。
「僕は『何者だろうと信じる事が大切』『信じなければ騙される事はないが、絆が深まる事もない』と父上から教えられてきたんだ。だから、困っている者を放ってはおけないよ。」
ケンウッドは門番にこう返し、ジジョッタを王城に案内した。門番の一人も立ち会う際、彼女に釘をさした。
「良いか、少しでも妙な真似をしたら容赦せぬぞ!」
「はい。」
王城の応接室のテーブルで扉側ケンウッドと門番の二人、窓側にジジョッタが座る。
「この話で知りえた情報はこのケンウッドが取り扱う。お前は他言無用だ。」
「はっ。」
ケンウッドは門番に釘をさした。
「ジジョッタとか言ったね。主人をお助け下さいと言ったけど、詳しく話を聞かせてくれないか。」
「はい。わたくしは『アスティア王妃ヨシーナ』に仕えるメイドです。わたくし達はさる者の手引きでアスティアを離れ、ヨシーナ様と共に院都モルガナにある元老院に向かうところでした。」
「『さる者』とは一体何者なんだ?」
「わかりません…。ただわかる事は全身甲冑の『漆黒将軍』という異名だけです…。」
「それで、元老院に行く目的は?」
「亡命です。わたくし達はアスティアからの近道である『サファイア山道』は凍えるからという事でターコイズ街道を通ってその道中の『コルホ山道』で…」
「コルホ山道…?」
サファイア山道…ブルー地方とセントラル地方の境に立つ『サファイア山脈』上の道で、院都モルガナに近いが、標高が高いだけあって気温も極めて低いだけでなく空気も薄く、大規模な輸送や大軍の移動に適さない。厳しい自然の前では人は無力に等しいのだ。
一方のターコイズ街道は比較的温暖で移動しやすい。しかし、完全に安全という訳ではない。特にグリーン地方とブルー地方の境界にあるコルホ山は賊が跋扈しており、街道を通る商人を襲撃する事もよくあるという。トラスティア王国お抱えの交易商も兵の護衛を付ける程だ。こんな山道を女性二人で通ろうとしていたのである。
「賊の襲撃を受けた挙句連れ去られてしまいましたが、わたくしはヨシーナ様のおかげで何とか脱出しました。しかし、ヨシーナ様は今も…」
「それで、主人を助けてほしいと…」
「はい、どうかお願いします。」
ジジョッタはケンウッドに頭を下げて改めて懇願した。
「わかった、僕から父上に伝えよう。君はしばらくここで休んでいてくれ。」
「はい、ケンウッド様…。」
ケンウッドが謁見の間に来て間もなく会議を終えたロイ王が戻って来た。
「父上、唐突で失礼致します。」
「どうした、倅よ!」
「重大な知らせです。どうかお人払いをお願い致します。」
ロイ王は衛兵達に一時退室を呼び掛けた。周囲に役人等がいない事を確認したケンウッドは父にジジョッタとの話を伝えた。
「その者は何者なのだ?」
「はい、名はジジョッタで、職業はメイドです。」
「それで今どうしておる?」
「応接室にいます。」
ケンウッドは父を応接室に案内した。
「ジジョッタよ、倅から話は聞かせて貰った。ぬしの主はわしらが救おう!」
「あ、はい…。有難うございます…。」
ジジョッタはあまりの威厳あるロイ王に少し戸惑うのだった。
「これより出陣の支度をするよう兵どもに伝えよ!目標はコルホ山に巣喰う賊の根城だ!」
ロイ王は近くの将軍に呼び掛けた。
「ケンウッド…お前も初陣だ。お前も戦いというものを経験するといいだろう。」
「はい、父上!」
そして、ケンウッドは初めて戦いに身を投じる事となる。