突然の来訪者
さる七の月の七の日の朝、『ミドルガルド』の一地方、『グリーン地方』の『トラスティア王国』、王城の軍議の間にて王侯貴族や将軍達が卓を囲って厳かな会議が行われていた。
「陛下、『ブルー地方』でまた一つ国が滅ぼされたとの情報が入りました。」
「何、それは真か!?まさかかの『将軍王』が治めていた『アスティア王国』によってか…」
「はい、彼奴ら…建国当初からの同盟を突如破棄して攻め込んだと聞きます。」
「何と、アスティアは王が変わった途端にこんなに変わってしまうのか…」
アスティア王国…『将軍王』こと『ヨシトル=フォン=アスティア』によって治められたブルー地方の一王国である。アスティア国王・ヨシトルは勇猛ながらも民思いの性格から『将軍王』として庶民に慕われていた。彼の在位中、他国の侵略を一切許さなかったとの逸話もこのトラスティア王国にも聞き及んでいた。
しかし、ヨシトル王は突然崩御し、新たに即位したのはアスティア王国宰相『スパイデル』であった。『将軍王の娘婿』を自称するスパイデル王は他国を手当たり次第侵略していった。その矛先は建国当初から同盟関係だった国にも容赦なく向けられた。
アスティア王国の変貌ぶりに動揺する者も少なくなかった。また、その変貌ぶりに新王スパイデルが先王を暗殺したという噂も流れる程である。
「このままブルー地方をアスティアが統一したならば、間違いなく…この『ターコイズ街道』上にあるトラスティアにも矛先が…」
「そんな事はさせぬ!この『ロイ=フォン=トラスティア』がな!」
ロイ=フォン=トラスティア…トラスティア国王。「民には優しく貴族や将兵には厳しく」というトラスティア王家に代々伝わる家訓の下で王国を統治し、『セントラル地方』の『院都モルガナ』からグリーン地方のトラスティア王国を跨いで、ブルー地方に延びるターコイズ街道を守り続ける。
ターコイズ街道は『ルビー街道』『トパーズ街道』『アメシスト街道』と並ぶミドルガルドの『4大交易路』の一つでトラスティアも重商政策で商人との交流を盛んにして、民からの支持を高めているのだ。
院都モルガナ…貴族と民の折衝、国家間の紛争の調停、各国家の後継者問題並びに遺産相続の裁定等を主とする中立政治機関『元老院』があるセントラル地方の都市。ミドルガルドの各国は元老院の方針の下で政を為す。不当な重税や一般市民への弾圧等元老院の方針に反する場合、最悪『院敵』の烙印を押され、その院敵を排斥する大義名分が元老院を支持する各国に与えられる。
「わしらトラスティア王家の家訓は元老院からも支持されておる。奴らが攻め寄せようものなら院敵にして貰う準備もある。」
「しかし、陛下。元老院から相手を院敵にして頂くには大きな被害を受けた者でなければなりません。例えば滅ぼされた国の王族の生き残りとか…」
「そうか…、院敵にするには滅ぼされる必要があるか…。やはりそうした事態を防ぐに越した事はないな。」
一方、トラスティア城門の近くでは、一人の少年が従者と共に剣の素振りをしていた。
「父上…僕も会議に参加したいというのにまだ『ティーン』だから剣の素振りでもしてろだなんて…」
「『ケンウッド』様、陛下も今大変なのです。何せブルー地方では大変な事が起きているのですから。」
ケンウッド…ケンウッド=フォン=トラスティア。アスティア王国第一王子。今はまだ未熟だが、いつか父のような王を目指して日々努力している16歳のティーン。
ティーンとは「13~19歳の年齢の者」を指す言葉だ。13歳未満の者を『レスティーン』と呼び、20歳以上の者を『オーバーティーン』と呼ぶ。レスティーンは「子供」で、オーバーティーンは「大人」として扱われ、ティーンはそれらの中間である。
大抵の人はティーンになると丁稚奉公に出されたり、他の世界に留学したりして見聞を広げ、オーバーティーンになって正式に仕官したり、就職したりしてやがて結婚して家庭を築いていく。
「ティーンといっても僕は16なんだ。早く僕も大人になって父上のお力になりたいな~。」
「大丈夫ですよ。今は為すべき事を為す、まずはそれからです。…!外が騒がしくなりましたね。」
二人は急いで城門に向かった。
「どこの使用人かは知らぬが早々に立ち去られよ!」
「お待ちください!せめて話だけでも!」
門番と藤色のポニーテールに両足には青紫色のハイヒールにて紫装束でミステリアスな美しさを湛えたメイドとの口論が繰り広げられていた。
「何の騒ぎだ!」
城門に駆け付けたケンウッドは門番に問いただした。
「殿下、このどこぞの使用人が城主に合わせてくれと…」
「わかった、話を聞こう。」
「有難うございます!」
メイドはケンウッドに頭を下げて感謝した。
「わたくし…『ジジョッタ』と申します。お願いです、主人をお助け下さい!」
ジジョッタと名乗るメイドはケンウッドにこう懇願した。
この出逢いが自分、そして世界の運命を大きく揺るがす事になるとはアスティア第一王子・ケンウッドはまだ理解できずにいた。