『こんにちは、ノムーラはん』外伝~プロローグ
『板』
証券取引所には板というものがある。板とは売買注文の一覧表のことだ。銘柄別に買い数量、価格、売り数量が表示される。昔は黒板に手書きだったことから、これを「板」と呼んだ。ボードですな。
数字がチカチカとまたたき、約定価格が上へ行ったり下へ行ったり、その度に株屋は一喜一憂する。家一軒、マンションやクルマの代金がいともかんたんにすっ飛んだりするからだ。それだけではない。ときには命も飛ぶ。そんなとき、板は阿鼻叫喚の坩堝と化し、酸鼻の極みとなる。
板は株に縁のない者が見ればただの表だが、株に関わる人間にとっては、血みどろの戦場絵巻である。
『個人の台頭』
株板は現在では電光掲示板となり、パソコンで表示することができる。スマホでもタブレットでもイける。証券会社が提供しているツールやアプリには必ず板が提供されている。各社、見やすいように工夫し、注文も板からダイレクトで発注でき、手軽で簡単になった。参入障壁が低くなり、個人投資家が株式市場で爆発的に増加することになった。悲劇の始まりである。
『上を下への大騒ぎ』
株の値動きは単純だ。上がるか下がるかである。投資家のアクションも買うか売るか、このふたつしかない。しかし、この単純さがむつかしい。板に臨むにファンダメンタルやチャートなどさまざまな要因を鑑み、上か下かを慎重に洞察して売りか買いかを判断する。
「安い時に買い、高い時に売る」とは株式投資の通説である。その意味するところは単純明瞭だが、実戦の場から見れば、これほど複雑怪奇なテーゼはない。高安の基準がさまざまだからである。
ヘタに安いと思って買えばさらに下がる。高いと売れば上がっていく。そんなことの繰り返しである。ただ、心理とは恐ろしいもので、株価が上がればわ~と買いたくなる。下がれば、ぎゃあ~と売りたくなる。そこを狙って資金豊富な機関がどかんと売ったり、がばちょと安値で買い集めたりする。そんなドタバタをも冷徹に反映するのが板である。
『億利人か樹海行きか』
板に掲示される株価の上下動は機関次第で、恣意的である。株価は機関が操り、個人投資家は翻弄される。個人の勝率5%と言われる世界である。波にうまく乗れる者はわずかだ。波から放り出された個人の資金は、機関投資家が掠め取っていく。それでも一攫千金の欲に駆られて、きょうも個人投資家は奮闘する。
欲や思惑が板で交錯し、個人が流す血や涙が板にこびりつく。村上龍は、伝説のトレーダーの書籍にいみじくも『欲望と幻想の市場』と命名した。まさにその欲望と幻想を体現しているのが板なのである。
「おい」
『市場で翻弄される個人投資家』
個人投資家の側にも問題はある。ろくに株の知識がないまま、お気楽に株式市場に参入する者が多いのである。国策だからと安心するのか、とりあえず買ってみようと来たところを狙われて餌食になる。機関にしてみれば、赤子の手をねじるよりも簡単である。
「おい。コラ」
すこしは勉強して、日本の市場のクセぐらい把握してから来るべきである。それを
「おい! こら。すのへ」
いきなり入ってくるものだから、やれ好決算でストップ安だの、特損で大幅高だの、非常識が平気でまかり通る市場に翻弄されるのである。
「おいおいおい! お~い」
『日本市場は空売り天国』
日本市場のクセの正体ははっきりしている。『空売り天国』、これが日本市場の別名であり、日本市場の本質を的確に表現している。空売りとは株の現物なしに売りから入ることである。空売った株は後で買い戻してチャラにする。
高値で売って、安値で買い戻す。この高値という判断は空売り機関がかってに決める。つまり、空売り機関が売った値が高値ということである。空売りを仕掛けてくるのは主に海外の金融機関だ。ケタ違いの資金力に物を言わせて売りを浴びせ、強引に株価を下げて個人の狼狽売りを誘う。株価は一気に下落し、泣くのは個人である。
「おーい」
『個人投資家はやられ放題』
外資空売り機関はなぜ売ってくるのか。その目的は株価を下げること、これに尽きる。ファンダやチャーは屁理屈に利用するだけである。
悪質な株価操作ですよ。ところが、海外勢の空売りにはほとんど規制がなく、やりたい放題がゆるされている。というのも、日本市場は海外マネーが頼りなので、言うべきことも言わないのである。投資は国策とかヌカしながら、市場で個人が空売りファンドの餌食になるのを傍観している。見て見ぬフリの頬被りだ。まったくもって唾棄すべき現状です。
「いつまでしゃべってんねん。こら」
『悪徳機関の面々』
空売りの海外機関はいくつもあるが、その代表格がさっきから茶々を入れているノムーラである。名こそ日本かなと思わせるが、ロンドンはシティに根城を置く海外機関だ。ま、子会社なんだけど。ほかにも、モルーカス、スイス、ドイツ、奥様、金男などといった面々が、やれオイルマネーだ、租税回避マネーだ、チャイナマネーだのといった膨大な資金を背景に日本市場を席巻している。
「おい、すのへ。おまえ、作者やいうて、いつまでぐだぐだ話してんね。わてら、待ってるんやど」
「やかましぃ! くそ売りブタ機関が! 黙ってスルーしてやってたのに。いいかげんウザイぞ。外道!」
「ええから。あとはわてらでやるから、引っこんどりィな」
「あほヌカせ。肝心の『板の3D化』の説明がまだだ」
「け。そんなら手短にな。頼むでェ」
『株板の三次元化』
板には市場参加者の思惑や分析が集約されている。この板を三次元化した空間が仮想市場であり、このギャグ小説の舞台である。
上場企業は4千社余り、その数だけ板がある。各板はそれぞれ時価総額に応じて数メートルから数十メートルの高さを持ち、売り板、買い板に相当する棚には、百株を一単位として一個とし、個数分の株が積まれて並べられている。それらの棚には株主がひそみ、市場が荒れたときなど、棚の株を手当たりしだいにブン投げるのである。
「手みじかにっちゅうたやろ! おい」
「やかましい。おとなしく控えておれ!」
『木造だよ』
仮想市場には東西に4本、南北に5本の大通りが伸び、業種別に30区画が設けられている。それぞれメインストリートには時価1兆円規模の大企業の板が軒を並べる。板とはいえ、幅十数メートル、高さ数十メートル規模の構造物である。縦横数百メートルに及ぶ広大な空間に、陽を浴びて聳える板の光景は壮観である。
それぞれの区画には路地が入り組んでいる。陽も届かない奥まった路地裏には時価百億円に満たない小さな板がびっしりと並ぶ。建てられたばかりのものもあれば、朽ちた板もある。ほんらいなら鉄筋コンクリート製なのだが、「板」なので木造なのだ。
『掲示板、スレッドとの関係』
「板」といえば掲示板のスレッドが想起される。株にも4千余の銘柄それぞれに掲示板がある。なにを隠そう、先ほどから茶々を入れている柄の悪い輩の出自は、ほかならぬ株式掲示板なのだ。銘柄コード3932アカツキで、1年に渡って暴れていたのだが、作者都合で休眠状態になり、最近になって場をあらためて復活した次第である。
ここの仮想空間の板でもスレッドの造作などを受け継いでいる。したがって板の前庭には祠がある。
「ええかげんにせえよ、すのへ! さっさと引っ込まんかい」
『エブリスタ非情』
投稿サイトのエブリスタで二週間おきに妄想コンテストなるものを開催している。試しにトライしてみたら書けた。調子に乗って連続で7回応募するも、当初はPVが5ほどあったのが、やがて0になった。チラ見すらゼロて・・・凹みました。一方で、ここ「なろう」に投稿したら、なんとPVが30も40もあった。ちら見でもうれしいもんです。で、歓喜してこちらへ引っ越してきた次第である。
「はなから相手にされんかったんや。時代は異世界やでェ」
「ここも異世界だ、馬鹿者! おまえもヴァーチャルだ」
「妄想コンテストで毎月小遣いが入る~、っちゅうて捕らぬ狸の皮算用、浮かれとったんは誰や。アホまる出しやんけ」
「う。う。ええい、やかましい!」
『外伝?』
株板掲示板のほうを正伝とし、こちらを外伝と気取ってみた。
『兜町が舞台なのに関西弁て』
基本はノムーラ&モルーカスの掛け合いなので、漫才を念頭に、お笑いによく馴染む言語を採用した。
「わけわからんでェ。もうええから、わての紹介だけしてコーヒーでも焼酎でも飲んで寝とき」
「よし。では、紹介してやろう。え~ コホン」
『口上』
とざい、とーざい。と~ざい
レディース&ジェントルマン!
これなる輩は
仮想空間の住人で極悪非道
阿呆の極み、愚人の成れの果て
何処へ行けども石もて追われ
呪詛の言葉に身を焼かれ
居着いた先が株の板
証券マンとは名ばかりの
空売り外資に成り下がり
蛇蝎の如く嫌われる
株板に咲いた徒花
その名は、ノムーラ!
「え~ こんにちは~ わては、ただいま紹介してもろたノムーラいいまんねん」
「おい、ノムーラだとよ!」
「こいつか。空売り外道のクソは!」
「おれら喰いものにしやがって」
「おう。やっちまおうぜ! この!」
「金、返せ。うす汚ねえ空売り成り金が!」
「この! この! この!」
「わ。やめい。株も蕪も投げるの止めい! わ。わわわ~」
『総括』
株で埋めっちめえやがった。ふん、ざまァ見やがれ。天誅だ。
『登場人物一覧』
ノムーラ・・・・・海外子会社空売り機関員
モルーカス・・・空売り外資各板巡回要員
金男・・・・・・・・・空売り外資被リストラ組
ロボ・・・・・・・・・ノムーラ班ロボ投資員
アルゴ・・・・・・・AI投資アルゴ
神主・・・・・・・・・カブト神社所属神人
ト書き・・・・・・・表現補完要員
すのへ・・・・・・・作者