凶姫の実力
△ ???視点 △
「そうか、分かった」
あやつが送ってきた伝令の報告を聞き、わしは首肯した。
「では」
報告を終えると、その伝令はシュッと高く跳躍し、側の木に飛び乗りそのまま姿を消す。
「ふっ……」
自然と口端が上がるのが分かる。
「どうなされましたか?」
側に控える軍儀将が機嫌を伺うように聞いてきた。
軍儀将を務めるこの男は、頭は良いのだがいかんせん少し肝が小さいのか、人の顔色を気にし過ぎる。
「うむ。今の所、わしの策が上手くいっている様だ」
「では、殿の策略通りに事が進んでいるのですな」
「……殿はよせ。誰が聞いているか分からん」
「し、失礼しました。執政様!」
わしの指摘を受け、額に汗を浮かべながら必死に謝罪する軍儀将。
「……まぁ良い。それで、他の情勢はどうなっておる?」
未だにわたわたと謝罪の弁を口にしている軍儀将に問う。
すると、話題が変わったことに安堵したのか、若干落ち着いた様子で、
「はい、執政様の思想に賛同した将官や大名の方達で構成された左翼側ですが、こちらの被害は軽微でございます。反対に賛同されなかった方や、西ノ宮家に古来より仕えている重鎮の将官などの方達で構成された先陣隊と右翼側ですが、こちらの被害は甚大です。先陣隊と、右翼側に配置された三つの備のうちの一つはほぼ壊滅的で、残り二つの備と、遊撃として用意した備で何とか敵の侵攻を食い止めている次第で御座います」
「そうか……」
目を瞑り、頭の中で陣地図を思い浮かべる。
わしに賛同していた者達は左翼へ配置し、息の掛かった敵方の将軍殿と相対させた。軍儀後、それらの者には、怪しまれない様にある程度損害が出た時点で備を引くように伝えてあったが、狙い通り被害は少ない様だ。
逆にわしに反抗してきた奴等や、昔気質の頑固じじぃ共は、影を使って先発隊や右翼に配置させ、敵に真っ向からぶつけてやった。その為、壊滅的な被害になった様だ。
「こちらが、詳細になります」
軍儀将が一枚の覚書を差し出す。
それを受け取り、目を通した。
「左翼に居た者達の中で、討たれた者は0か。右翼は……、二、四、六、七人か。おお!加藤のじじぃも居るではないか」
その名を見てほくそ笑む。
討ち取られた将官の中に、西ノ宮家に代々仕えていた最古参の一人である加藤の名前があったからだ。この加藤、わしが色々と策を講じるにつけ、やたらと邪魔をしてきた奴でまさに目の上のたんこぶ的な存在だ。
その加藤含め、わしに楯突いてきたやつらが揃いも揃って討ち取られたらしい。
「くっくっくっ、これほど上手く事が運ぶとは思わんかったのぅ」
「はい、あとは執政様の策略通りに事が進めば」
「うむ、この戦に勝ち、日乃出も手に入ると」
これからの事を想像する。
実質、わしの支配下にある西宮。この戦に勝ち、日乃出を手中に治め、さらには東雲も……。
(たしか、日乃出の姫君は若く美しいと言っておったな)
それが自分の物になる。
そう考えるだけで、逸物が熱くなる。
(待っておれ。今すぐ可愛がってやるからの)
逸る気持ちを押さえきれぬまま、その時が来るのを待つのであった。
△ ユウ視点 △
「アカリ、その髪!?」
僕と禿頭の間に割って入ったアカリ。
その髪の色は紅く染まっていた。
(そういえば、あいつは?!)
アカリと戦っていた暗殺者を探す。
すると、少し離れた所に仰向けで倒れていた。
地面に血溜まりが無いことから、おそらく気絶していると思う。
(今のうちに!)
禿頭の男の関心がアカリに向いたのを見計らって、倒れていた金者さんの元へと向かう。
「おいおい、小池は俺ほどじゃねぇが、そこそこ強いかったはずだぜ。間違っても【凶姫】の嬢ちゃんの手には余るはずだったんだがなぁ」
禿頭の男は、頭をポリポリと掻く。
「その頭の色と何か関係でもあんのかな?」
「……」
「んだよ、せっかく聞いてやってんのによぉ」
そして、頭を掻くのを止めると、
「まぁ、関係ねぇわな」
真顔になったかと思うと、離れた所にいる僕にも分かる程の殺気を放つ。
「ぐうっ?」
「……」
「小池を殺った位で良い気になられても困るからよぅ」
禿頭の男はそこで言葉を切ると、肩に担いでいた小太刀を水平に構え、
「——俺がキッチリ落とし前付けてやるよ!」
ドンッと音がしたかと錯覚するほどの踏み込みで、アカリに肉薄する。
「アカリ!」
対するアカリは肉薄する禿頭の男を軽く睨むなり、同じく刀を水平に構えた。
「おらぁ!!」
「ふっ!」
ギィィン!!
二人の突きが交錯し、お互いの刃先が甲高い音を響かせる。
そしてそのまま刃全体をぶつけ、鍔迫り合う。
「ハッ! 俺の突きを突きで受け止めるたぁ、頭オカシイんじゃねぇか!?」
「……」
そのままギリギリと鍔迫り合うも、
「ふっ!」
「!?」
禿頭の男は一瞬だけ力を籠めアカリを押し返すと、その隙を突いてしゃがみ込み、アカリの足に足払いを繰り出す。
足払いを受けたアカリは転びはしなかったが、体勢を崩す。
「貰った!」
立ち上がっていた禿頭の男は、体勢を崩しているアカリに再び突きを入れる。
「……遅い」
が、アカリは自分の持っていた刀で地面を突くと、それを支えにクルリと回転して回避すると同時に、禿頭の男の小太刀が通り過ぎていった。
「おいおい、どんな曲芸だよ」
「……」
再び、向かい合う両者。そんな一連のやり取りに目を奪われていたが、
(いや、今は金本さんだ)
陣幕の出口に倒れている金本さんの元へと急ぐ。
「金本さん!」
自分の血で出来た血溜まりに顔を埋め、身動き一つしない金本さんの姿は、まるですでに息絶えているようだ。
「金本さん! 大丈夫ですか!? 金本さん!」
金本さんの容体を確認する為、蹲っていた金本さんを地面に横たえる。
そして、口元に耳を近付けると、
「———!? まだ息が有る!」
僅かに金本さんの呼吸音が聞こえた。これだけの傷を負ってまだ息が有るなんて、さすが侍という所だろうか。
だが、
(早くなんとかしないと、このままだと金本さんは本当に死んでしまう。 どうしたらいい!?)
この世界の医学はどの程度なのか分からないけれど、このままでは確実に金本さんは死んでしまう。
だけど、僕の医学の知識なんて学校で習った簡単な応急処置しかないし、今は応急処置で使う包帯等の道具も無い。
この世界には薬師は居るみたいだけれど、治癒魔法なんて無いから治癒士も当然居ない。
治癒魔法など使えない僕にはどうする事も出来ない。
(とにかく早くお医者さんに見せないと!)
取り合えずこのまま地面に寝かせておくのだけは良くないなと、僕は金本さんを抱き起す。
「うっ!?」
起こす為に金本さんの背中に手を入れると血が滲み、手が滑ってしまう。
(駄目だ! まずは血を止めないと!)
金本さんを再度横たえると、金本さんが身に付けている鎧を外していく。
「くそっ、どうなってるんだよ!?」
だが、血で濡れたせいなのか、他に解き方があるのかは分からないが、なかなか結び目が解けない。
「くっ、固い!」
焦ってもしょうがないとはいえ、今も断続的に出続けている血を見ると焦らずにはいられない。
「———よし、解けた!」
焦りながらも何とか紐を解いて、鎧を脱がせていく。
「酷い……」
鎧を脱がせ着物をはだけさせると、肩から鳩尾に掛けて斬られた傷が露わになった。
骨とかが見えていないから傷自体は深くは無さそうだけど、範囲が広い。その傷全体から今も血が流れ出ていた。
(脱がせたのは良いけど、どうやって血を止める?)
何か無いかと周りを見る。すると、視界に周りを覆う陣幕が目に入った。
(陣幕があるから包帯替わりに巻いて止血するのも良いが、そんな簡単に血が止まるとは思えない。ダメ元で治癒魔法をやってみるか? いや、そんな賭けみたいな事はやれないし、治癒魔法の詠唱を知らない)
魔法は必要な魔力量と、それに適する詠唱があって初めて為される。魔法使いの詠唱は教わったけれど、治癒士の使う治癒魔法は習っていなかった。
(だけど、使える魔法の中で止血に使える魔法なんて! ——あ!)
ない頭で煙が上がるほど苦悩していると、過去にあった出来事を思い出した。
それはまだ僕が学校に行く歳になる前。
宿屋を経営するアーネの親父さんとアーネと一緒に、経営する宿屋で出す夕飯のオカズを家の近くの森に獲りに行く事になった。
そして、前日に張っていた罠に掛かっていたウサギを、親父さんが処理した時の事だ。
ウサギの首元を切って血抜きをした後、完全に血が出なくなる前に火の魔法を使って傷を塞いでいた。理由は解らないが、親父さん曰く、
『多少血が残っていた方が、野性味が残って良い味になるんだよ』
だそうだ。
ちなみに一緒に行ったアーネは、躊躇う事無くウサギを殺した親父さんに衝撃を受け、大泣きしながら親父さんに向かっていってたっけ。……あれ以来、アーネは親父さんとまともに口を聞いていないと言っていた。可哀そうな親父さん……。
(あれなら、出来るか!?)
僕は持っていた杖を見つめる。杖が何かを答えてくれるわけでも無いのに無意識の内に。
頭の中に過去の特訓が、とりわけ〈ファイアーボール〉が出来なかった事が浮かんでくる。風や水の魔法は上手く出来るのだが、火の魔法に関しては何故か上手く出来ない。
相性があるのだろうな、と学校の先生は言っていたけれど。
(生活魔法でも、火だけは苦手なんだけど)
だから、竈に火を入れるなど、火の生活魔法が必要な時は大体サラが担当していた。その分農作業をしていたからなのか、土についても問題無い。火だけなのだ、苦手なのは。
(だけど、迷っている暇は無いな。金本さんの命を救う為だ!)
杖をギュッと握りしめ、覚悟を決める。金本さんの命が掛かっているのだ、失敗は出来ない。
魔法を使う為、魔力を練る。不得意な火の魔法を使うというのに、やはり前よりも早く魔力が練り上がった。
(出すのはいつもよりも小さい火だ。傷が焼ける位の)
苦手な火の魔法、しかも小さい火を出す為に細かな調整が必要となる。
前までの僕にはかなり困難な作業。しかし、レベルアップした僕ならば!
「〈世界に命じる〉」
脳裏にしっかりと小さい火を想像し、
「〈火を灯せ。ファイア〉」
魔法を完成させた。
すると、相棒である杖の先に、想像通りの小さな火が生まれた。
「よし!」
やはりレベルアップした事が影響したのか、一回で思い通りの火を生み出す事が出来た。
(これを傷口に)
杖を短く持って、横たわる金本さんの傷口に杖先を近付ける。
「……ぅ……」
金本さんが、火の熱さに反応したかの様に微かに呻いた。
「我慢してね、金本さん」
意識が無い金本さんにそう謝って、肩口から傷跡を焼いていく。
肉の焼ける臭いと血が蒸発する音で、傷口が塞がっていく事を実感する。
そのまま金本さんの傷口を塞ぐ事に集中していると、
「ぐはっ!!」
「!?」
男の呻き声が聞こえ、そちらを向く。
すると、膝をつき口から血を垂らす禿頭の男と、それに近付くアカリが見えた。
「ったく、どうなってやがる!」
近付くアカリに悪態を吐く禿頭の男は、乱暴に口元を拭い立ち上がると、アカリに向けて小太刀を構えた。
「俺が弱くなった訳じゃねぇ……。【凶姫】がバカみてぇに強くなってやがる!」
そして、先手必勝とばかりにアカリに突っ込んでいく禿頭の男。自分の小太刀よりも長い太刀を持つアカリの間合いを掻い潜ろうと体を左右に揺さぶり、アカリからの攻撃を躱そうとするが、
「なんで得物を構えねぇ!」
禿頭の男が叫ぶ。そう、禿頭の男の言う様に、アカリは太刀を構えてさえいない。それは暗にお前は自分より弱いと、自分の相手足り得ないと言っているかの様だ。アカリのその仕草に禿頭の男の自尊心は傷付けられたのだろう。
易々と自分の間合いに入れた事に、禿頭の男は狂暴な笑みを浮かべる。
「その驕りが命取りってなぁ!」
禿頭の男は、己が一番信頼し何度も繰り出してきた、そしてこの日最速の突きをアカリ目掛けて放つ。
「あの世でしっかりと後悔しなっ!!」
勝利を、アカリを殺せる事を確信した禿頭の男の言葉。
だが、こうは考えなかったのだろうか。
アカリが刀を構えず、禿頭の男を安易に懐に入れた事に、何も考えが無いと思うのか、と。
———フッと。
———アカリが霞む。
「なっ!? ぐふっ!!?」
アカリを攻撃していた禿頭の男が吹っ飛ぶ。それほどまでの強烈な一撃。
アカリは変わらず刀を下げたまま、冷たい目で吹っ飛ばされ倒れている禿頭の男を睨む。
僕は呆然とする。アカリの一連の動きが見えなかった、気付けば禿頭の男が吹っ飛んでいた。その事に。
「凄い……」
僕だって目の良さには自信が有った。学校の先生に褒められた事もある。
でも、アカリの攻撃も動きも僕の目には映らなかった。それほどまでの速さ。
「……くそっ! 何だってんだ……」
起き上がろうと腕に力を入れるも、ガクガクと震えて全く起き上がれない禿頭の男。同じく飛ばされていた小太刀を拾いにさえ行けそうにない。
その禿頭の男に、アカリはゆっくりと近づいて行く。
「おい!言う事を聞きやがれ!」
震える手足を叱り飛ばす禿頭の男。しかし、先程のアカリの攻撃の影響なのか、全く言う事を聞かないようだ。
そんな禿頭の男の傍まで近づいたアカリは、持っていた太刀をスッと構える。
「おう、とっとと殺りやがれ! 先にあの世で待っててやっからよ!」
意を決した様に、アカリに向けて叫ぶ禿頭の男。その顔には笑みが浮かんでいた。
その覚悟を受けたのか、アカリは無表情のまま持っていた刀を振り下ろす。
「———アカリっ!」
ピタッ。
刀が止まる。
「その男を殺しちゃ駄目だ! というか、誰も殺しちゃ駄目だ! その姿で人を殺したら、ほんとに【忌み子】になってしまう!」
それはただ単に僕の我が儘かもしれない。でもそんな気がしてしまったのだ。
紅に染まるその髪が、血で汚されてしまうと思ったのだ。
「うるせぇぞ、坊主! 勝った人間が負けた人間の命を奪う。自然の摂理じゃねぇか!」
「それでもだ! それがこの国で、この世界で正しい事だとしても、アカリはしては駄目なんだ!」
禿頭の男の喉元寸前で刀を止め、紅い髪で表情を見る事が出来ないアカリに、
「頼むアカリ! そんな男の血で、自分を汚さないでくれ! そんな男の命で、自分を貶めないでくれ!」
———スッ
「アカリっ!?」
アカリは禿頭の男の喉元に突きつけていた刀を引くと、
ドガッ!
「ぐぅ!?」
刀の横で禿頭の男の頭を殴り付け、禿頭の男の意識を刈り取る。
そして、顔を僕に向ける。顔半分が紅い髪に覆われて見えないが、見える側の顔は少し赤くなっている。
「——別にこんな奴どうでもいいんだけど……」
そこで、一度言葉を切ると、持っていた刀を鞘に戻し、
「あなたがそこまで言うのなら、命までは取らないでおくわ」
「……アカリ」
照れ臭そうに、突き放すように、それでいて目は僕を見るでも無く地面に向けて。
そう言ったアカリに、
「……ありがとう」
「べ、別にあなたの為じゃないわ。勘違いしないでよね」
お礼の言葉でさらに顔を赤くするアカリに、僕は微笑みかけた。
「——っ! なに笑っているのよ、全く! それで、金本殿はどう?」
「うん……、血がかなり出ていて危険な状態だよ。取り合えず傷を塞いでこれ以上血が流れ出て行かない様にしているところ」
「そう……」
嫌ってはいても、根はイイ奴なアカリは、それを聞くと少しだけホッとしていた。まだまだ予断は許されないのだが、これ以上出血しなければ、何とかなると思いたい。
「大丈夫よ、金本殿は曲がりなりにも侍だもの。そんな簡単に死にはしないわ」
「そ、そうなら良いけど」
アカリの根拠の無い自信に、顔を引き攣らせると、
「んぐっ!?」
「「殿!」」
陣幕内に悲痛な叫び声が響く。
声は陣幕の奥。出口近くにいる僕達の反対側から聞こえた。そこではお殿様が、着物姿の男と戦っている筈だ。
「お父様!?」
いち早く状況を把握したアカリが、そちらに向かうが、
「来るな!」
お殿様がアカリを制止させる。
金本さんが負った全ての傷を塞ぎ終えた僕が慌ててそちらを見ると、お殿様が刀を地面に刺して跪き、着物姿の男がそれを見下ろしている所だった。