本陣
△ ユウ視点 △
「や、やっと着いた~」
成瀬さんを追いかけて本陣を目指していた僕達は、やっと本陣まで辿り着いた。
かなり前に着いていたアカリがジト目で僕を見る。
「ちょっとユウ、シャキッとしなさいよね。これからお父様とタカノリ様にお会いするかもしれないんだから。……全く、何でこんな奴にときめいたりしたのかしら……」
「ん、何か言ったか?」
「何でも無いわよっ! ほら、さっさと行くわよ」
アカリが何故か顔を赤くしたまま、本陣の中にむかっていく。
「何者か?」
本陣の目印である橘の家紋が施された、大きな軍旗が立てられた所に立っていた衛兵だろうか、二人居る侍の一人に誰何される。
「——む? 待て。……アカリ様?! どうして本陣に?」
アカリの事を知っていたのか、もう一人の侍が、誰何した侍の肩に手を掛け留めながら、アカリに用件を聞く。
「こちらに西夷将軍の成瀬様がいらっしゃったと思いますが、どちらにお出でですか?」
「成瀬様にご用件でしたか。確かに成瀬様はこちらにお出でです。自分が案内致しますので、どうぞこちらへ」
そう言って、成瀬さんが居る所までの案内を買って出る侍は、本陣の奥に向かって歩き出す。
「成瀬様はどちらへ?」
「はい、そのまま本陣の奥まで向かって行きましたので、恐らくは殿の元かと」
「そう」
そうして、案内の侍と会話をしながら本陣内を歩いていると、
「これはこれはアカリ様。ご機嫌麗しゅう」
とても粘着質な声で、戦場での掛けられたとは到底思えないあいさつが聞こえた。
アカリと共に声のした方を向くと、派手な装飾がこれでもかと施された黒茶の鎧を身につけた、でっぷりとした侍がこちらに向かってくるところだった。
「金本殿……」
隣に立つアカリが、嫌悪感をたっぷり籠めて、声を掛けてきたその侍を睨む。
(金本って、たしか)
その名前に聞き覚えがあった。
アカリが昏睡状態から回復した時に聞いた、僕達がシンイチさんの屋敷に居た時に踏み込んできた皇軍の隊長がたしかそんな名前だった。しかもその踏み込みは個人の判断で行った事らしく、後で宰相さんにこっぴどく怒られたらしい。
金本と呼ばれた侍は、へつらう様に体を低くし揉み手をしながら、
「こちらに来て頂くのでしたら、この金本、キチンとお迎えを致しましたのに」
「いえ、それには及びません。それに今は戦時中です」
アカリが突き放す様に言い切る。
僕がアカリを騙して、アカリ達の国を乗っ取るなんて大それた疑惑を掛けられ、トラさんの居るお城の地下牢へ牢獄された後、ユキネさんとアカリの手引きによって脱獄した。
その脱獄した僕を捜索する名目で、シンイチさんの屋敷に強引に押し入ったこの金本さんは、当時僕に謀反と脱獄という罪が掛けられていたから、アカリに対しても不遜とも言えるほど大きな態度でいれたのだろう。
けれど、先日の合議で、謀反を企てていたカズヤに罪を認めさせ、僕が無罪放免となった事で、金本さんは僕やアカリに対して取っていた態度が流石にマズいと思ったのだろう。こうして気持ち悪い位に下手に出ているのであった。
アカリに対しては解るけれど、僕にまでなんでそんな下手に出るのか判らなかったが、
『真犯人を見つけた事で、お父様のユウに対する覚えが良くなったからでしょ』
と説明してくれた。
その金本さんを置き去りにでもしたいのか、案内する侍に「急ぎましょう」と急かすアカリ。
だが、
「では、ここからは不肖ながら私めがご案内いたします。おい、お前は任務に戻れ!」
と、本陣の入り口から案内してくれていた侍を追い返し、金本さん自らが先頭に立って案内する。
「金本殿には親衛隊の隊長として、やるべき事がお有りなのでは?」
アカリが、前を進む金本さんに向けて話す。
その言葉は、表向きでは自分達のせいで手を煩わせたくはないという気遣いを感じさせるが、本音はさっさと何処かに行ってくれという感じである。
ま、シンイチさんの家に押し込んできた経緯を聞いているから解らないでもないんだけど。
「いやいや、そう仰らずに! それに親衛隊長だからこそ、こうして殿の元へとむかうのではないですか」
振り返り、汗を浮かべながらもアカリの言葉に筋の通った反論をする金本さんは、再びお殿様の元へと歩き出す。
こうした戦の時、本陣でお殿様を護る役目は皇軍が担当らしく、普段は皇軍の一番隊が務めるらしいのだが、今回は金本さんがどうしてもと切望したらしい。たぶん、シンイチさんの件で落とした評価を回復させたくて無理を言ったのだろうとは、アカリの談である。
ちなみに皇軍の他の隊はお留守番として、普段通りに都の警護に当たっているらしい。
思いがけず、筋の通った反論を返されたアカリはそれ以上何も言う事も無く、先を歩く金本さんが話す世間話に適当に相づちを入れる位で何も喋らない。
(ほんとに金本さんが嫌いなんだな)
前を歩くアカリを見て、少しだけ呆れていると、
フッ
と、視界の端に何かを捉える。
「ん?」
「? なに? 何かあった?」
アカリが立ち止まり、振り返る。
「——いや、何でもない……」
「そう?」
言って再び歩き出すアカリ。
(気のせいかな? )
目をゴシゴシと擦って、先を行く二人を追い掛ける。
周囲には皇軍の人だろうか、侍や兵が馬の世話や武器の手入れなどをしており、他にも本陣に設けてある大きな軍旗などが風でたなびいている。それらが目に付いただけかもしれない。
それから歩き進めること程無くして、橘家の家紋が施された陣幕前に着いた。
陣幕の前には誰も居ない。が、前の二人はその事を特段気にした様子は無いから、普通の事なのかな。
「金本です。アカリ様達をお連れ致しました」
立ち止まり、金本さんが陣幕内に声掛けをするも、返事が無い。
「殿、金本がアカリ様達をご案内してきました」
再度声掛けするも、また返事が無い。
「おかしいわね?」
「だな」
アカリが腰の刀に手を掛け、僕は持っていた杖を構えて、陣幕内へと進む。
「おい、ちょっと!?」
金本さんが驚いて制止を促したその時、
「ぐわっ!」
陣幕内から人の悲鳴が聞こえた。
「ユウ!」
「あぁ!」
刹那、アカリと共に陣幕内へと駆け出す。
そこには、質素な鎧を着け、太刀を手にしていた男が五人と、質素な着物だけで鎧も身に付けておらず、腰に刀を差したままの男が一人、お殿様たちと対立していた。
対し、群青の鎧姿の成瀬さんは苦悶の表情を浮かべながらも、お殿様と宰相さんの前に庇うようにして立ち、刀を男達に向けて威嚇していた。
だが宰相さんは蹲っていて、肩を切られたのか肩を押さえるその手には血が滲み、地面に付いた手から流れた血が、地表に染みを作っていた。
「お父様! 宰相様?」
アカリが陣幕の入り口に立って、刀を抜きながら奥に居るお殿様たちに声を掛ける。
「——アカリ!? 何故ここに?」
「成瀬様がこちらに向かって行ったのを見たので、何かあったのかと思いこちらへと赴いたのです! それよりもこれは一体!?」
「分からん! こやつらがいきなり現れ襲ってきたのじゃ! じぃ、大丈夫か!?」
「はい、傷はそこまで深くはありませんので。それよりも、殿の方にお怪我はございませんか?」
「あぁ、余は大丈夫じゃ。待っとれ、今こやつらを切り捨ててくれる」
そういうと、お殿様は近くに刀に手を掛けると、一気に引き抜く。
「さて、おぬしらが何者かは知らんが、この〔御前太刀華〕の切れ味をとくと己が体に刻むと良いわ!」
「おーおー、威勢の良いお殿様なこって」
お殿様が成瀬さんの横に立ち剣を構えると、襲撃した男たちの一人がおちゃらけた感じで前に進み出た。
「しかも、この場に【凶姫】まで現れてくれるとは、無駄な手間が省けるってなもんだ」
「!? お前はあの時の!?」
その喋り方で思い出す。お城に行く途中の裏道で、僕達を襲ってきた禿頭のやつらだ。
その事にアカリも気付いたらしく、
「お父様、成瀬様、その男たちは西宮の暗殺者です!」
「む、それは本当か?!」
「はい、そやつらの本当の得物は小太刀です」
「おいおい、いきなりバラすなよ……」
と、おちゃらけた男が愚痴る。
「おいお前ら、バレちまったからいつもの奴使っていいぞ」
そして他の暗殺者に指示を出すと持っていた刀を手放し、背中に隠していたであろう小太刀を手に取る。見ると、他の暗殺者も同じ様に小太刀を手にした。
が、暗殺者の一人、鎧を着けていない着物姿の男だけは、変わらず太刀を握っていた。
暗殺者たちはその着物姿の男を中心にお殿様側に禿頭の男を含む三人、僕達側に二人と分かれ、僕達と向き合う。
陣幕の奥にはお殿様と成瀬さん、出口側には僕とアカリが居るので、相手を挟み込む形の僕達の方が有利なのだが、油断は出来ない。なにせ相手はこの本陣の中枢まで侵入してきたのだから。
(いや、待てよ? 本陣に居た他の侍とかは気付いていないぞ。戦った形跡が無いんだから)
ここにいる禿頭の男たちが、力ずくでこの陣幕内まで来たのなら、本陣内に争った形跡があるのが普通だ。でもそれが無かった。普通にここまで案内された位なのだから、お殿様たちが襲われている事も、本陣内に敵が侵入している事も気付いていない。
(何でだ?)
その事を疑問に思っていると、陣幕の出口から、
「アカリ様、お待ちを!」
と間の抜けた声が聞こえたかと思うと、その声の主が姿を現す。
「この金本を置いて行かないでくだされ、って、え!?」
金本さんはこの状況をすぐに理解出来なかったのだろう、口を半開きにして立ち尽くす。
「金本! 敵襲じゃ!」
「敵、襲? はっ!?」
肩を抑える宰相さんに一喝された事で我に返ったのか、焦る様に腰の刀を引き抜く。
金本さんの腕の程は判らないが、仮にも侍。これでさらにこちらが有利になった。
「ちっ、やれ———」
これ以上時間を掛けると不利になると思い至ったのか、禿頭の男が他の暗殺者に合図を送る。
と、ほぼ同時に着物の男と禿頭の男以外の暗殺者が、一斉に襲い掛かってきた。
「ユウ!」
「うん!」
アカリの後方に下がる。僕の杖術ではこの人達に太刀打ち出来そうにも無いからだ。
その替わり、
「金本殿!」「うむっ!」
こちらにはもう一人侍が居る。
アカリに名前を呼ばれ、金本さんが僕の前に出る。
金本さんが持つ刀は、アカリの持つ刀〔姫霞〕に負けず劣らずの良い刀なのだろう、綺麗に光り輝いている。
「金本家に代々伝わるこの〔猪突〕の錆にしてくれる!」
アカリの横に並び立つと、襲い掛かってきた敵の小太刀を受け止める。
そして、上手く流すとそのまま刀を横に切り払う。
しかし浅かったのか、相手の鎧の表面を切るだけで体に傷を与えるには至らず、相手はそのまま後ろに飛び退く。
「む、あれを躱すか」
金本さんは、自分の攻撃が当たらなかった事で相手の力量を見極めたのか、気を引き締めたようだ。
「アカリは?」
アカリの方を見ると、こちらは金本さんと違い、相手を圧倒していた。
「はぁっ!」
「ぐはっ!?」
鋭い打ち込みで相手を追い詰めると、最後は刀を頭に打ち下ろした。
頭に強打を受けた敵はそのまま崩れ落ちる様に倒れる。
「さすがだな、アカリ」
ふっと軽く息を吐いたアカリは、僕の言葉を受けてニコッと笑う。
「ありがと」
だが、その笑みをすぐに消すと、真剣な面持ちで倒した敵を見下ろす。
「どうした?」
「こいつら、この前私達を襲ってきたやつらと同じ位の強さよ。私でも充分倒せる相手。それなのに、なんで簡単にこの本陣に侵入出来たのかしら?」
「たしかに、僕もそれを考えていた」
神妙な空気が流れる中、
「うおぉ!」
「うぐっ!?」
金本さんが裂帛と共に繰り出した横薙ぎが、相手を薙ぎ倒す。
「もらった!」
「ぐはぉう」
倒れた敵に素早く馬乗りになった金本さんは、相手の喉元目掛け刀を突き刺す。
喉を突き刺された暗殺者は体をビクリと震わせた後、力尽きる。
「はぁはぁ! 殿、やりましたぞ!」
金本さんは息を切らせながらも立ち上がり、敵の血で濡れた刀を空に掲げる。
「そうだ、お父様は!?」
アカリはお殿様のいる方に視線を向ける。僕もつられてそちらを見る。
そこには、地面に倒れてすでに事切れている敵二人と、刀の血を落とす様に刀を振り下ろす成瀬さん。
「くっくっくっ、さすがは西夷将軍様ってところかぃ」
仲間が殺されたというのに、何か面白いものでも見たかの様に嬉々として笑う禿頭の男。
「お主ら、一体何者か?」
成瀬さんの背後に控えていたお殿様が前に出て、着物姿の男に名を尋ねる。
着物姿の男は少し考える素振りをした後に、
「名など特に無い」
「隊長!?」
着物姿の男が口を開いた事が意外だったのか、禿頭の男が驚きの声を上げた。
それを、片手で制した着物姿の男は続けてぽつりと、
「だが、〔引〕と言えば分かってもらえるか?」
そう名乗った時、
「なっ!?」
今度は成瀬さんが驚きの声を上げる。
「……そうか、お主が〔引〕か……」
お殿様が着物姿の男をじっと睨み付ける。
「アカリ、引って何だ? 知っている名前か?」
「……いえ、心当たりは無いわね」
という事は、〔引〕と聞いて反応したお殿様と成瀬さんだけが知っているという訳か。
「お主ら、どうやってここまできた? 余の率いる本陣、そう簡単にここまで来られん筈じゃ」
お殿様が[引]と名乗る着物姿の男に聞く。
が、着物姿の男はもう何も言わないつもりなのか、口を閉じたままだ。
「殿……」
そんな中、成瀬さんが絞り出す様に声を上げる。
「タカノリ、———お前か?」
「……はい」
「……そうか」
それだけの受け答えで、全てを把握したお殿様。
だが、
「そうだよ、そこの西夷将軍様に頼んで、この丘に本陣を構える事を教えてもらったのさ。戦が始まる前にな。あとはこの周りの木に隠れながら、お前さんが来るのを待っていたという訳だ。この戦場をそこの西夷将軍様や軍の隊長格と戦いながらじゃ無理だったが、初めから場所が分かれば、そんな猛者共を避けてここに来るだけで良いんだから簡単だったぜ」
ご苦労だったなと、成瀬さんを馬鹿にするかの様に笑う禿頭の男。
「謀ったな、貴様ら! お主らの指示には我ら日乃出がちゃんと撤退したのかを確かめる為に、本陣の位置を聞きたいという旨であったぞ!」
「んなわけねぇだろ。こちとら最初っから殺る気だったてんだよ。しかも、将軍様も人の事を言えねえぜ? 嘘の報告をしてきたんだからよ」
「……」
「最初はこの丘じゃなくて、隣の丘って書きやがったよな? ったく、念の為、部下に偵察に行かせておいて正解だったぜ」
「——おい、そこまでにしろ」
それまで、禿頭の男に好きな様に喋らせていた着物の男が、流石にしゃべり過ぎたのか、禿頭の男にこれ以上は喋るなと戒める。
「へい、済みません。 さて、話は終わりだ。 そろそろ死んでもらうか」
そう言って、一歩前に歩み出る禿頭の男。
その動きに反応して、成瀬さんも一歩進み出るが、
「おいおい良いのかよ。ここで俺らとやり合ったら、大切な弟さんがどうなっても知らないぜ?」
「くっ、卑怯な!?」
「自分の主君を売ったお前さんに言われたかねぇ、よ!」
キィン!
禿頭の男が一瞬の内に間合いを詰めお殿様に切り掛かるが、寸での所で成瀬さんが自分の刀で受け止める。
「……おいおい、忠告はしたぜ? 次やったらどうなるか判んだろ?」
「くっ!」
「よい、タカノリ。下がっておれ」
「——殿?」
お殿様が成瀬さんを後ろに下がらせると、禿頭の男の前に進み出る。
「お前さんが欲しいのはこの首じゃろう? だがな、高く付くぞ!」
「ぐっ!?」
お殿様が気合と共に禿頭の男の頭を目掛け、刀を振り下ろす。
禿頭の男は余裕を持ってお殿様の一撃を受け止めたが、その振り下ろしが思いのほか重かったのだろう、押し返す事が出来ず苦悶の表情を浮かべる。
「どうした? 余の首を取ると息巻いておったがそんな程度か?」
「クソったれ!」
禿頭の男は悪態をつきながら、持っていた小太刀の峰の部分を左手で打ち付ける。
「む?」
小太刀を打ち付けた衝撃で僅かの間お殿様の刀を押し返した隙に、体勢を整える禿頭の男。
そして、打ち払われた体勢からまだ回復していないお殿様にお返しとばかりに攻め込む。
だが、素早く体勢を整えると、お殿様は禿頭の男の攻撃をまるで予知しているかの様に軽く捌き、往なしていく。
「凄い、お殿様って強かったのか 」
「当たり前でしょ!」
二人の攻防を眺めながら呟いた僕の言葉が聞こえたのか、アカリは興奮しながら言う。
「お父様だって、立派な侍なのよ! 政務の間を見計らって日々鍛練しているの。シンイチ様や成瀬様には及ばないかも知れないけれど、それでもそこらの賊に負ける様な腕前じゃないわ!」
「そうだったのか」
僕の居た世界の王様は、護って貰うのが前提だから、あまり剣を鍛えるという事はしないという。だから、お殿様の強さには驚いた。
「どうした? この首が欲しいのでは無いのか?」
「くっ! この野郎!」
禿頭の男の攻撃が激しさを増すが、お殿様は涼しい顔で、難なく応対する。
「そんな程度で余の首を取れると思っておったのか? 余も見くびられたもんじゃのう」
「くっ! なめやがって!」
そう叫ぶと、禿頭の男は突然小太刀を水平に構える。
「ぬ?」
「おら、よ!」
そして鋭い突きをお殿様の足に放つ。
それまで、胸よりも上へ向けての剣戟だった為、太もも目掛けて放たれた鋭い突きに反応するのは難しいと思えた。
「お父様!?」
アカリも同じ様に思ったらしく、悲鳴に近い声を上げる。
だが、
「無駄じゃ」
「なに!?」
お殿様はそれすら読んでいたかの様に、鎧を着ているとは思えない程の身軽さで躱す。
そして、勝ち誇った様に、
「前に西宮の刺客に狙われた時に、その刺客も同じ技を使っておったから、簡単に見抜けたわ」
「くそっ!」
躱された事に腹が立ったのか、禿頭の男が吐き捨てる。
そこへ、
「———下がれ」
着物姿の男が、禿頭の男に下がる様に命令を下す。
禿頭の男は素直に後ろに飛び退くと、お殿様と間合いを取った。
「なんじゃ、もう終いか?」
「……言ってろ」
禿頭の男はそのまま下がっていき、着物姿の男と並ぶ。
「橘は私がやる。お前は【凶姫】を片付けろ。それが終われば次は宰相だ」
「……他のは?」
「好きにしろ。ただし、あまり時間を掛けるな」
「……承知しました」
そうして指示を出し終えた着物姿の男の前に、空から黒装束に身を包んだ人が落ちて来た。
「……隊長」
「——伝えたか?」
「はい」
「そうか」
着物姿の男はそれだけを言うと、刀を胸の前に真っ直ぐに構える。
「むっ」
正対したお殿様は、その構えを見て気を引き締めたのか、自分も刀を構えた。
「お主、中々の腕前よのう。しかも小太刀では無く、太刀とは。ただの暗殺者では無いな?」
「……」
お殿様が向き合いながら、相手の素性を探るが、着物姿の男は応じない。
「ユウ!?」
「!?」
そんな、お殿様と着物姿の男のやり取りを見ていた僕の耳に隣に居るアカリの警戒の声が聞こえた。
声の方を見ると、着物姿の男からの指示を受け、禿頭の男が間合いを詰めて来ている所だった。
「マズっ!?」
「坊主、あの時は良くも吹っ飛ばしてくれたな!」
禿頭の男は小太刀を水平に構えていた。あの突きを放つ算段のつもりか!?
「させないわ!」
アカリが横から割って入ると、迫ってくる禿頭の男に同じく突きを繰り出す。
「はっ!」
気合なのか、ただの吹き出しなのか、禿頭の男は鋭く息を吐くと、水平に構えていた小太刀を捻る。
「な!?」
「もらった!」
捻った小太刀をアカリの放った突きに合わせると、手首を捻り垂直に振り上げる。
「くうっ!?」
まるでアカリの刀を巻き上げる様に繰り出した禿頭の男の攻撃。アカリは何とか刀を落とさない様に踏ん張るが、体勢は大きく崩されてしまった。
「あば、よ!」
禿頭の男は振り上げていた小太刀を返し、そのままアカリの頭目掛けて振り下ろす。
「アカリっ!」
「なんの!」
だが、アカリに小太刀が届く前に、禿頭の男は小太刀を引いた。
それは、アカリの後ろから自分目掛けて、刀が突き出されたからだ。
「金本さん!」
そう、暗殺者に一人を倒した後はまるで空気みたいだった金本さんが、禿頭の男の攻撃からアカリを護ったのだった。
「金本殿、有難う!」
いつから嫌いなのか分からないが、大嫌いなその金本さんに命を救われた事にちゃんとお礼を言うアカリ。そこはちゃんと分別があるみたいだ。
「いえ、礼には及びませんぞアカリ様。さぁ、不届きな賊め! この金本が切り捨ててくれる!」
すっかり調子に乗ったのか、金本さんは自慢の〔猪突〕を構え、禿頭の男を睨み付ける。
「あーあ、ほんと嫌なんだよなぁ。ああいう勘違いした奴ってさ」
その金本さんの挑発を受けた禿頭の男は、うんざりした様子で小太刀で肩を叩きながら頭の後ろを掻く。
そして、獰猛に笑うと、
「お呼びじゃねぇんだよ!」
「金本さん!」
金本さんに迫るなり、小太刀を振るう。
「ぬぅ!」
金本さんは初太刀を何とか受け止める。
「おらおら! 休んでる暇はねぇぞ!」
しかし、禿頭の男は攻撃の手を緩めるどころか、更に激しさを増す。
「くっ!」
何とか致命傷を避けているが、鎧や着物に切り傷が増えていく。それによってさらに対応が遅くなり、新たな傷が増えていく金本さん。
「金本殿!」
見るに見かねてアカリが援護しようとするが、
「行かせません」
通せんぼをするかの様、新たに現れた暗殺者がアカリに正対する。
「邪魔!」
アカリがイラついた様に刀を振り下ろすが、暗殺者は小太刀で難なく受け止める。
「くっ!?」
「アカリ!」
「私の方は大丈夫だから、金本殿の援護お願い!」
「分かった!」
先ほどまでの暗殺者より強いのか、アカリに余裕がなさそうだったので魔法で援護しようかと思ったが、自分よりも金本さんの援護を頼まれる。
その金本さんを見ると、出口の陣幕際まで追い込まれていた。金本さんの着ている鎧は既にボロボロで体の至る所に傷を負い、一目で満身創痍だと分かる。
(マズい、急がないと!)
僕は体内で魔力を練る。使う魔法は風。
すぐに魔力が練り上がる。やはり気のせいなんかじゃなく、魔力を練るのが早くなっている。
(いや、それより今は!)
金本さんを援護する為、魔法を使った。
「〈世界に命じる! 風よ吹け! ウインド!〉」
練った魔力が失われると同時に、持っている杖の先に風の塊を生み出す。
「いけー!」
そして、禿頭の男に向けて杖を振るう様に風の塊を飛ばした。
見えない風の塊が男の顔に向かっていく。風で視界を塞いだその隙を金本さんに突いてもらうのだ。
禿頭の男の顔に迫る風の塊。禿頭の男は金本さんという獲物を追い詰めている事に酔っているのか、恍惚とした表情で小太刀を振るっていて、迫る風に気付いている様子は無い。これなら当たる!
しかし、
「———はい、残念」
風の塊が顔に当たる直前、禿頭の男がヒョイっと顔を後ろに逸らし、あっさりを躱してしまった。
「なっ!?」
「焦んなって、小僧。こいつが終わったら次はお前なんだからよ」
陣幕に寄り掛かる様にして、しゃがみ込んでしまった金本さんの目の前に立ちながら、首だけをこちらに向け、ニヤッと口端を上げる。
「ひっ?」
「むぅ!」
僕が悲鳴を上げると同時に、余所見をしている禿頭の男の脛に向け斬り付ける金本さん。
だが、狙われた足をヒョイと持ち上げると、目標を失って通り過ぎようとしていた金本さんの刀を踏み付け、動きを止める。
「なっ!?」
「はい、おしまい」
「——ぐふっ」
にこやかに宣言するや、小太刀を振り下ろす。振り下ろされた刃は金本さんの肩を抉る。
切られた金本さんは口から血を吐きだしながら、前のめりに倒れる。倒れた金本さんが流した血で、地面に血だまりが出来始める。
「金本さん!!」
「さーて、坊主。お待ちかねの時間だ」
小太刀を戻し、刃に付いた血を軽く一振りして払うと、禿頭の男は小太刀で肩をポンポンと叩きながら、ゆっくりと向かってくる。
そんな禿頭の男に、杖を構えながら質問した。
「なんでさっきのが躱せたんだ! 見えなかった筈なのに!」
「あーん?」
禿頭の男は、歩みを止めずにゆっくりと顎をさする。
「……あぁ、さっきの坊主のおかしな術の事か」
そしてニヤッと笑うと、
「あんなもん、気配で判る。初見じゃねーしな」
「……そんな」
「あぁ、残念だったな」
そこで、禿頭の男と相対する。
「だから、あんなチンケなもん、俺には通じねぇ、ぞ!」
言って、小太刀を肩に乗せたまま迫る。
対する僕も、何もせずにただ禿頭の男が近付いて来るのを、指を咥えて見ていた訳じゃない。
練った魔力に力を宿す為、魔法を口にする。
「〈世界に命じる! 明かりをともせ。ライティング!〉」
いつもの様に練った魔力が失われていく中、禿頭の男に向けている杖の先端に、光の玉が生み出される。その数二つ。
「またおかしな術を使ったな?」
禿頭の男はそう口にするが、大した事は無いと判断したのか、迫る速度を緩めない。
「だが、俺には効かねえぞ!」
肩から正面に移した小太刀の切っ先が、僕に迫る。
(だけど、こっちの方が速い!)
迫る禿頭の男に向けて、〈ライティング〉で生み出した光の玉の一つをぶつける。そして、咄嗟に目を瞑った。
瞬間、昼間だというのに辺りを白く塗り潰す程の強烈な光が溢れた。
それは瞼越しでもそれが分かるほどの光の暴力。
「ぐわあっ!?」
「ぬぅ!?」
「なんじゃ!?」
禿頭の男、そして少し離れた所でせめぎあっていた着物姿の男、そしてお殿様までもが光の暴力に晒され苦悶の声を上げる。
(今だ!)
僕は目を開け禿頭の男と距離を取ると、魔法で生み出していたもう一つの光の玉を上空に向けて打ち出す。
それは周りに生えている木々を遥かに越える高さで弾けると、同じ様な光を発する。周りの木々よりも高い位置にも関わらず、その光の爆発も周囲を白くする程の威力だった。
(……凄い)
僕は呆然とその光の残滓を見つめた。
ある程度の量の魔力を練り上げた事は確かで、そのせいで今は軽く疲労感に襲われていた。
でも、これ程の威力になるほどの魔力をあんなにも簡単に早く練れるとは思えなかった。
二つの〈ライティング〉の玉を生み出せる様に、普段の〈ライティング〉の二倍の量の魔力を練った。という事は練る時間も二倍になる筈。
だけど、時間はいつもと同じ位。そして、威力はいつもの倍である。これで驚かずに居られる訳が無い。
(まさか、【レベルアップ】か!?)
【レベルアップ】
ジョブによって色々違うみたいだけど、戦闘などである程度経験を得ると、ジョブのレベルが上がる事があるらしい。
「くっ! やりやがったな、あの坊主!」
そんな光の玉を至近距離で食らった禿頭の男は、まだ視界がハッキリしないのか、頭を振り、目を瞬かせながら悪態をつく。
僕が〈ライティング〉を二つ出した理由。
一つは迫ってくる禿頭の男を、少しの間無力化する事。禿頭の男に対しては一度でも見せた魔法は通じない事から、初見である〈ライティング〉を使った。
結果は狙い通りに、今も視界がハッキリしない禿頭の男の足止めに成功した。
さらに、間接的にお殿様と着物姿の男の戦いにも影響を与えた。これによって少しでもお殿様が休める時間があればと思う。……お殿様も驚いていたけど……。
もう一つは、〈ライティング〉を上空に打ち出した事により、本陣の他の侍や兵達に、陣幕内に異常が起きている事を報せる為だ。
金本さんが倒れ、こちらの最高戦力である成瀬さんは相手の謀略によって手が出せないこの状況は、明らかにこちらが不利だ。ならば、この本陣内の他の戦力をこの陣幕内に招く事が最も良い。
そして、
「やっと見えてきやがった。あの坊主、色々とやってくれる!」
徐々に視界がハッキリとしてきたのか、禿頭の男はうっすらと目を開けると僕を見て、
「これ以上色々やられる前に、さっさと殺っちまうか」
そういうと、常に浮かべていた軽薄そうな笑みを消し真顔になったかと思うと、スッと消える。
「えっ?」
気付けば、目の前で小太刀を振り下ろそうとしている禿頭の男。
「ま、色々と楽しかったがこれで終いだ」
振り下ろされる小太刀。やけにゆっくりに感じる。
「じゃあな、坊主」
別れを惜しむ言葉とは裏腹に、その顔には人の命を奪う事への愉悦が浮かんでいた。
だが、
「いいえ」
禿頭の男が繰り出した小太刀を、綺麗な模様が浮かんだ太刀が受け止め、弾く。
「ちっ!」
禿頭の男は舌打ちし、大きく後ろに跳躍する。
その開いた間合いに、一人の女の子が割って入った。
「まったくよう。人の楽しみは奪うもんじゃねぇぜ?」
「あら、そう」
「そうだぜ、【凶姫】よぅ。それに何だぁ、その頭?」
禿頭の男と対峙する様に、自然と僕の前に立つアカリ。
その立ち居姿と紅い髪の美しさに、僕は息を飲むのだった。