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これが、戦争……

 

 △ ???視点  △



「どうじゃ?」


 頭の上から聞こえてくるだみ声のそれは、色々な物が端折られた、一見とても無意な物に思える。

 だが、私にはその端折られた物以上の物が付き纏い、とても重く()()かる。


「……はい、万事抜かりは無いかと」

「そうか」


 私の返答に満足したのか、していないのか分からないが、それで終わり。

 用の済んだ私は一礼をし、本陣の陣幕から出て所定の配置場所へと向かう。


 日之出との戦が始まってすでに半刻。あちらこちらから怒号や剣撃が鳴り響く。砂埃が舞い、霞掛かるその戦場では、いくつもの血が流れ、そして人が倒れていく。

 大戦の経験に乏しい自分には、今、どちらが有利で不利なのか皆目見当もつかない。


(そんな事はどうでも良いか)


 そう、今の自分にはやる事があり、それを共に実行する部下たちもいる。

 お館様のご命令を確実に為す。今はそれだけに集中すればよい。


(そうする事が、お館様への御恩返しになるのだからな)


 あの日、妻と子供を失い、途方に暮れていた自分を拾ってくれた御恩に報いる為に。


 戦場を駆ける事しばし、自分が率いる部隊が潜んで居る林に辿りつく。


「……隊長」


 すると、自分の気配を悟ったのか、まとめ役をしている部下が姿を現す。

 姿恰好は普通の雑兵のそれであった。纏う雰囲気は全くの別物だが。


「どうなりました?」

「——変更は無い。我々はこのまま敵本陣へと向かう。他の者にも伝えておけ」

「分かりました」


 そう指示を出し、敵の本陣が置かれている丘の向こうを見る。

 今は、日之出の侍大将の一人である西夷将軍が、己の率いる西夷軍と共に大暴れしているに違いない。

 この場に居ない東夷将軍含め、自分達ではまるで歯が立たない程の豪傑。その豪傑に鍛え上げられた各隊の隊長も噂に名高い猛者揃い。

 その猛者を相手に敵本陣へと向かうのは自殺行為の他ない。


(ここで死ぬのも悪くはないがな)


 あちらに行けば、先に逝った妻に逢える。そう考えると悪くないのかもしれない。

 が、それは無いなと頭を振る。


(恩に報いずに逢いに行っても、一笑に付されるだろうな)


 そんな思いを巡らせていると、自然と口元が緩む。


(では、行くか)


 丁度、部下たちが林から姿を現し始める。その数三十名ほど。

 部下たちの表情は一様に高揚している様であった。

 自分達がこれから為す事に。その結果、将来自分達が英雄と持て囃されると信じて。


「行くぞ」


 部下の先頭に立ち、愛刀の小太刀を抜く。白刃が、曇り空から時折零れる陽の光を受けて鈍い光を放つ。

 己を奮い立たせる様に、叫ぶ。そして思うのだ。例え死んでも、必ずお館様の指令を成し遂げると。


 向こうで待っていてくれるあの笑顔に、胸を張って逢いに行ける様に。



 △  ユウ視点  △



「わわっ!」


 本陣からの連絡を受け、僕たちの居る(そなえ)もついに出陣、敵の本陣に向かう途中、両側を低い山に挟まれた谷あいで相手の部隊と出くわし戦闘に突入した。

 狭い谷あいという事もあって、敵味方入り乱れての混戦になるかと思いきや、


「そっち! 敵騎馬隊! 弓兵が対処! 構え! 射てっ!!」

「槍兵! 隊を成して前進! こじ開けろっ!」

「おらぁ、足軽に全部持ってかれていいのか! 侍隊、斬り込むぞ! 私に続けぇ!」


 と、普段の口調は何処へやら、石塚さんが出す的確な指示で混戦を回避する。

 そして槍隊が崩した相手の陣形に、他の侍と共に斬り込んでいった。

 だが、相手も激しく応戦。こちら目掛け、至る所から矢を放つ。

 前から飛んでくる敵の矢を何とか避けるが、周りに居た兵のうち数人はその矢を受けて倒れる。


(これが、戦争……。)


 矢を受け苦しむ仲間の兵の姿に、戦争の凄惨さを覚えた。

 村がザファングと魔物達に襲われ、サラや母さん、アーネを含む村の人々が無残に殺されたあの日。

 ある人は切り裂かれ、ある人は喰われ、そしてある人は燃やされた。その残酷さは今も脳裏に鮮明に思い出せるし、思い出すだけで胸が苦しくなる。堪え切れない何かに押しつぶされそうになる。

 だけど、それとは違う凄惨さがこの戦場にはあった。

 矢が頭に刺さり、槍に胸を貫かれ、刀で鎧ごと切り裂かれて絶命する兵たち。


(これが、人同士の殺し合い……)


 学校で、過去に人間同士の戦争が有った事は習った。だけど、戦争という言葉を習っただけで、それで全てを知った気になっていた。


(これじゃ、魔物相手と変わらないじゃないか!)


 僕は必至に、相手の矢を避ける。でも、それだけだ。僕から何かをしようとは思えない。


(僕は魔物と違う! 人を傷付けるなんて出来っこない!)


 甘ったれた考えなのは解っている。けれど、サラを、大切な人を失った悲しみを知っている僕には到底出来っこない。


 だが、戦場というのはそんな甘っちょろい考えを嫌うのか、仲間の兵の隙を突き、相手の兵の一人が現れる。


「お、弱そうなガキが居やがる。ん、何だぁ? 戦だっていうのに、棒っきれなんか持ちやがって。戦を舐めてんのか、あのガキ!」


 その兵は手に持つ短めの槍を真っ直ぐに構えると一直線に僕に向かってきた。


「死ねや!!」


 僕の目の前まで近づき、その槍を突き出す。

 幾ら傷付けたくないとはいえ殺されるのはもっと嫌なので、杖で槍を上から叩くようにして払う。

 次の瞬間、


「邪魔よ」


 と、冷たい声と共に、何かが煌めく。


「ぐはっ!」


 僕の目の前に迫ってきた相手の兵は、首を切られ血を噴き出し、倒れる。

 倒れた兵の奥に、長い黒髪を靡かせたアカリが立っていた。手に持つ刀に、血を滴らせて。

 アカリは肩越しに僕を見る。その目は細く、蔑む様な冷ややかな物だった。


「助かったよ、アカリ」

「……何で?」

「えっ?」

「何で戦おうとしないの?」

「……」


 何も言わない僕の正面に立って、僕をじっと見つめる。


「……何で?」


 少し怒気の籠った声で再度問い掛ける。


「だって、怪我をさせたくない。ましてや、殺すなんて」

「……」

「この人たちにだって、親も居る。子供も居るかもしれない。だから」

「だから?」

「……」

「——良い、ユウ」


 アカリが肩を掴む。


「確かに相手には大切な人が居るでしょう。死にたくない人も、戦いたく人もたくさん居るかもしれない」

「……うん」

「でもね。あなたを傷付けようと、殺そうとする人は、あなたに対してそんな感情も考えも無いわ。あるのは目の前の敵を、あなたを殺す。ただそれだけよ」

「……」

「それはもう人では無いわ。獣と同じ。あなたは獣に襲われそうになっても何もしないの?」

「……そんな事は無い」

「でしょ? だからあなたを害しようとする獣には遠慮しないで」

「……分かった」


 心の底から納得した訳では無い。でもアカリの言っている事も解る。

 そして、ここは戦場。アカリの言っている事の方が正しいのだ。


 少し俯く僕を、そっと影が覆う。


「え?」


 アカリが僕の頭を抱いていた。鉄の臭いでは無い、お日様の様な柔らかな匂いがする。


「でもね、ユウのその考え、私は好きよ。甘い考えではあるけれど、人としては当たり前の考えだもの」

「アカリ……」

「……忘れないで、ユウ。あなたにも大切な人は居るのでしょう? その人の為にも死んでは駄目」

「……うん」


 僕は素直に頷いた。僕の大切な人は既に死んでしまったとしても、今それを言うのは野暮だと思ったから。


「それにあなたが傷付く事によって悲しむ人も居るのを忘れないで……」

「……うん、ありがとう……」


 心が安らぐ。周囲では相変わらず命のやり取りが行われているというのに。


「僕は死にたくない。だから戦う。でも相手は殺さない。それで行こうと思う」

「うん、それで充分よ」


「あれ~? 戦場で乳繰り合っている不届き者が居るっすねー」


 ドンッ!


 アカリが僕を突き飛ばす様に離れる。


「うわっ!?」


 突き飛ばされた弾みで尻餅を付いた僕に、声を掛けた石塚さんが近付いてきて、僕を見下ろす。

 その顔は気持ち悪い程にニヤニヤしていた。


「ユウ殿、さっきの告白、上手く行って良かったっすね~♪」

「!? いや、違いますってば!!」

「またまたー、誤魔化さなくっても良いですよ~。これは是非とも殿にご報告致しませんとなぁ~」

「「!? それだけは止めてください!」」 僕とアカリの声が重なる。

「ん~、どうしましょうかね~?」


 と、僕に手を差し出す。

 その手に捕まり、立ち上がらせてもらうと、周囲を見渡した。

 すでに戦闘は終わっているのか、敵側の兵隊の姿は見えない。

 代わりに、旗や兜、折られて使い物にならない弓や矢、槍や刀、そして死体や怪我人で溢れている。濃い血鉄の臭いが辺りに充満いる筈だが、すでに鼻が麻痺しているのか、あまり気にならない。その他、怪我人を手当する者や自分の武器を手入れする人、生き延びた事に安堵しているのか、ぼーっとする人など様々だ。

 中には西宮の兵だろうか、縄で手を縛られ、どこかに連れて行かれていた。おそらくは捕虜なのだろう。


 そんな光景に圧倒されていた僕の肩に、石塚さんがポンっと手を置く。


「お二人とも、初めての戦で、良く生き延びましたね」

「でも、僕は敵を倒せなかった所か、何も——」

「いや、生き延びるだけでも上出来っすよ。最初から全てが出来る人間なんて居ないっす」

「……そうですか?」

「そうっす♪」


 そう石塚さんに励まされていると、アカリが面白く無さそうな顔をしながら、


「あら、私も初めての戦だったんだけど、5人倒したわよ」


 誰かさんと違ってね、とプイと顔を逸らす。


「ぷ、あはははっ!」


 それを見た石塚さん。お腹を抱え笑い出す。そして、


「いや~、ユウ殿。将来、完全に尻に敷かれるっすね!」


 と、目尻に涙を浮かべる程笑い、満足したのか溜まった涙を拭った後、


「いやー、それにしてもアカリ様は流石っすねー。だてに次期侍候補とは呼ばれていないっす」


 と、アカリに微笑み掛ける。


「ど、どうも」


 照れ臭かったのか、アカリの言い方がとてもぶっきら棒だ。見ると微かに顔が赤い。

 それで、話は終わったのか、石塚さんは真面目な顔に戻り、


「さて、怪我人の治療が終わるまでここで待機だ。伝令! 本陣に今の戦闘の報告と、敵本陣の場所をもう一度訪ねてこい。比較的傷の浅い者は、西宮の捕虜を本陣まで連れて行け。それ以外の者は今の内に休憩を取れ。以上!」


 他の侍や兵に指示を出すと、その場に座る。

 すると、〔小荷駄〕と呼ばれる、主に補給などを担当する人が、おにぎりと水を持ってきた。見ると、僕たちの分も有りそうだ。


「さぁ、今は体を休めましょう。しっかり休むのも戦の内っす」


 そういって、石塚さんがおにぎりを渡してくるので、僕たちも座り受け取ったおにぎりを口に頬張る。


「……旨い……」


 緊張で空腹を感じていなかったが、確実にお腹は減っていたみたいで、貰ったおにぎりをあっと言う間に食べてしまった。


「そんな焦らずとも、まだあるっす。どうぞっす」


 石塚さんから、おにぎりのお替りを貰う。それを一口含んで、周りを見た。

 すると、何故かスーっと涙が頬を流れた。それを認識するともう駄目だった。


「……うっ……。うぐっ、……ぐすっ」


 止めどなく流れる涙。自分でも何故ここまで泣いているのか分からない。

 そこに、村を、サラを、大切な人を重ねてしまったからなのか。

 それとも生き延びた事への安堵なのか。


 ただ、生きている実感、口に含むおにぎりの美味しさだけは、確かに心に深く残った。


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