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戦場の狼たち

 

 △ フミヒコ・橘 視点 △



「どうなっておる?」


 開戦の合図となる鏑矢が放たれてから半刻。

 近傍での備同士がぶつかり合い、せめぎ合う音が響いてくる中、橘家の家紋が装飾された陣幕内の庄几に座り、隣に控えていたじぃに戦況を尋ねる。


「——はい。一番槍は成瀬殿が務め、今はその戦端を徐々に西宮へと押し込んでいる模様です」

「そうか。さすがはタカノリ、西夷将軍は伊達ではないの」


 じぃの報告に満足して頷く。


 日之出国の西に位置する西宮国が攻め込んで来たとの報告を受け、急遽派兵の準備をしたのが一昨日の暮れ六つ。そこから一昼夜掛けて、この西宮との国境の町に着いたのが昨日の暮れ六つ。そこから西宮の使者と戦の取り決めを行い、開戦したのが今日の辰一つ時だった。


 西宮との国境には低い山並みと台地が広がっており、戦をするのには向いている地形だといえる。

 今は我が国側の高台に本陣を構え、相手の出方と窺っている所だ。

 斥候の報告では、相手の西宮の軍勢はおよそ三万。対する我が軍勢は二万。

 西宮は本陣の周りを左右三つずつの備で囲み、先鋒にそれより大きな備を擁する陣形だった。

 対する我が軍は、タカノリと西夷軍の一番隊が先鋒、その後ろの左手に大名軍、右手に西夷軍の二、三番隊を配置。その後ろにワシが居る本陣が構える。


 数の上では劣勢だが、こちらには西夷将軍を勤めるタカノリが居る。一万の差など奴は歯牙にもかけないだろう。全く頼もしい奴じゃ。

 本来なら東夷将軍であるシンイチも一緒なのじゃが、奴はわしの命令で、今は東雲の動向を見に行っておる。都に帰って来るのは、今晩位になるじゃろうか。


 だが、今回の戦に関してはそれほど心配してはおらん。西宮国の兵はそれほど強くは無い。シンイチやタカノリの様な豪傑もおらんしの。


 それに比べて我が兵は、西宮と東雲に挟まれて幾度と無く戦を経験しておるから、西宮とは練度が違う。その兵たちをシンイチとタカノリが鍛えておるからの。そんじょそこらの兵とは訳が違う。

 だが、まさか西宮との国境の町に攻めてきた西宮の三万の軍勢を、タカノリ率いる西夷軍の一番隊と二番隊、合わせて二千の兵だけで押し止めておるとは思ってもみなかったがな。

 そんな事が出来るのは、我が兵たちが精鋭だとしても、シンイチとタカノリだけ、・・・いや、あやつがおったか。


「先鋒の成瀬様より伝令! 敵方本陣に動き有りとの事!!」

「殿。西宮の本陣が動きます。ご指示を」


 思索に耽っていると、じぃが相手側の動向を報告してくる。

 今は戦時だというのに……。集中せねばな。


 橘家に代々受け継がれる紫紺の甲冑を鳴らしながら愛馬の元へと向かうと、ひらりとその背に乗り、こちらも代々受け継がれる家宝の宝刀、〔銘・御前(ごぜん)太刀(たち)(ばな)〕を抜き、相手本陣に向ける。


「うむ。ではこちらも本陣を動かし、相手本陣の正面にぶつける! 皆の者、続けー!!」

「「「おおー!!!」」」


 各備(そなえ)も有利に事を進めているようじゃ。この戦、間違い無く勝てるわい。


(……ただ、何故西宮はこの戦を仕掛けたのじゃろうな……)


 西宮を治める西ノ宮家、その今代であるタチミチ殿は穏健派だと聞く。実際タチミチ殿が当主になってからは、戦どころか小競り合いすらも無かった。


(……何か裏が有るのぅ)


 愛馬の手綱を捌きながら考えてみるが、さすがのワシもそこまで器用でなく、考えても碌な答えが浮かびそうにない。


(これで、タカノリの持ってきた情報の信憑性が高まる、が)


 ワシは先日、タカノリが持ってきた、西宮と東雲に関する情報を思い出す。


(が、どちらせよ、この戦を早々に終わらせ、シンイチの報告を聞かぬ事には動けんの)


 それが一番手っ取り早いと判断し、愛馬の頭を敵本陣へと向けるのであった。



 △ ユウ視点 △



「……まさか、この世界で戦争をするハメになるとは思わなかったよ」


 アカリと二人、周りに比べると少しだけ小高い丘の上で、曇りがかった空を見つめながらぽつりとそう口にした。

 カズヤの謀反の企てを明るみにし、それを阻止する事に成功した僕たちだが、その直後、西宮という国が攻めてきた事を受け、急遽戦に参戦する事になった。

 と、いうのも、アカリが真っ先に参戦の意思表示をしたからだ。

 本来、こういう戦事はお殿様しか参戦しないらしいが、女の子、しかもお姫様が参戦するのはあり得ない。そう、断じて無い。絶対無い。

 ところが、今僕の隣に立って出陣を今か今かと待ちわびているこのお姫様は、西宮が攻め入って来たと聞くや否や、


『お父様、僭越ながらこのアカリ、未熟者ではありますが、是非、今回の戦に参加致したく』


 と、頭を下げてお願いしていた。

 その場にいる、合議に参加していた地方大名や侍の誰よりも早く。

 とはいえ、地方大名はもとより、侍に至っては絶対参加らしいので、いちいち参加表明などはしないのだろうが。

 だが、お殿様は良い顔をしなかった。当たり前だ、自分の可愛い娘を戦地に連れて行く事など、反対して当然だと思う。


 だが、


『お父様の戦姿、このアカリ、傍で見とうございます』


 と、アカリが上目使いでお殿様に懇願すると状況は一変、お殿様はあっさりとアカリの帯同を許してしまった。


 かくして、アカリの相棒の僕も無事、戦争に参加する事と相成った訳である。

 それから一昼夜掛けて、ここまで来たのだ。それも歩いて。

 馬に乗って来ても良かったのだが、僕自身馬に乗れない。アカリは馬に乗っての戦闘訓練を受けたみたいだけど、『後ろに乗って、しっかり私に捕まるのよ』と言われ恥ずかしくて断り、で結局二人揃って徒歩での移動。元居た世界で馬に乗る訓練位しておけば良かったと後悔した。


「あら。別に戦わなくても大丈夫よ? あなた一人くらい、私が守ってあげるわ」


 隣に立つアカリが意地悪気に笑う。


 今のアカリは、その長い髪が戦闘の邪魔にならない様に、頭に巻いた鉢巻きで押さえ、アカリ用に作られた、赤い〔甲冑〕と呼ばれる革や鉄などで造られた鎧を身に纏っている。所々に金の装飾もあるその鎧は初めて身に付ける割にアカリに良く似合っていて、腰に差すアカリの愛刀   〔姫霞〕と相まって随分と様になっていた。  

 その赤い色は甲冑を作る際にアカリ自らが選んだらしく、戦場ではかなり目立つ色だ。普通なら標的にされない様に、目立たない様にすると思うんだけど、アカリ曰く、『戦をするなら武勲を上げなきゃ!』らしい。ほんとに君お姫様なの?と疑う。考えはもう傭兵のそれである。

 そんな目立つアカリの恰好に対し、僕は〔足軽〕と呼ばれる、一般の歩兵用に用意された少し赤みがかった焦げ茶色鎧を、これも借り物である着物の上から身に付けている。アカリの物よりも質素な造りのそれは、思いのほか軽いので、動き辛さをあまり感じない。歩兵用に作られた鎧らしいと言えた。これで持っているのが刀や弓矢なら恰好も付くのかもしれないけれど、あいにくといつもの杖だからなんとも締まらない感じだ。


「せっかくここまできて、ただ守られるだけって。そんな事になったら、後々までアカリに何を言われるか、簡単に想像が付くよ」


 僕は肩を竦めてお道化てみせる。実際そんな事になったとしても、アカリは気にもしないんだろうけど。


「それに、僕だって杖で戦う位は出来るしね」

「それもそうね。私と打ち合えたんだから、自分の身くらい守れるでしょう」


 それで充分よ、とアカリは再び相対する軍勢の方を睨む。


 僕達は〔(そなえ)〕と呼ばれる、一つの部隊に配属されていた。

 本来なら、お殿様の雄姿を見たいと言っていた事だし、アカリもれっきとしたお姫様なので、本陣に配属されるのだろうと思っていたのだが、


『お父様、アカリはまだまだ未熟者でございます。ゆえにもっと戦を勉強したいのです。つきましては本陣では無く、もっと前線で活躍しとうございます』


 と、この戦地での作戦会議時に、お殿様に直訴していた。

 それに対しお殿様は、娘の安全と、何より自分の雄姿を愛娘に見せたい事から反対したのだが、


『殿、良いではないですか。アカリ様が己の成長を願っての言葉。いや、このじぃ、感服致しました』


 と、思わぬ所から、援護射撃が飛んでくる。


『それに、アカリ様にはユウ殿もいらっしゃる事ですし、大丈夫だと思います』


 と、目頭を押さえていた手を下ろし、宰相さんは僕を見る。

 その顔はとても柔和で、昨日のカズヤの一件はすでに過去の物としている感がある。

 反対に、お殿様は鬼の形相をしていたが。


 そのカズヤだが、一昨日の合議の後、地下の牢屋に容れられる事となった。処分については宰相さん同様、この戦が終わってからになるそうだ。

 カズヤ自身、合議の際のお殿様と宰相さんの話を聞いた後は、己の罪を認め、洗いざらい全てを話す事を約束したとの事で、戦支度を整えた後、カズヤに会いに行ったアカリの話では、憑き物が取れた様なスッキリとした顔をしていて、アカリに対して行った数々の無礼について謝って来たらしい。その姿は心の底から反省した人間のそれだったとの事だった。


(——そういえば、戦の準備やら夜通しの行軍やらで聞くのを忘れていた——)


「そういえば、今ちょっと良いか、アカリ」

「ん、何よ?」

「一昨日の合議の事なんだけどさ。僕の〈レコーディング〉の珠が偽物で万事休すって時に、アカリが〈レコーディング〉の珠を出したでしょ。あれって僕の作った〈レコーディング〉の珠なのか?」

「違うわよ。あれは私の作ったものだもの」


 結局、あなたの珠はどこ行っちゃったのかしらね?とアカリは首を傾げる。


「私が作ったって、どうやってさ?」


 アカリの言った事がとても信じられない僕は、アカリが冗談を言っているのだと決め付けていた。

 だって、この世界には魔法が無いのだから。アカリが魔力を産み出せた事だって、とても信じられなかったのだ。それが、いきなり魔法を使ったなんて言われても、信じられないのも当然だと思う。泥団子とは訳が違うのだ。しかし、


「簡単よ。【忌み子】になったら魔力が使えるでしょ。その影響なのか、【忌み子】になるとユウの魔法の言葉っていうの? それが理解出来る様になったの。何故だかは判らないけどね」

「……ほんとに?」

「何よ、疑っているの? じゃあ、やって見ましょうか?」

「……うん」


 しょうがないわね、と肩を竦めると、アカリは何かに集中する様に目を瞑る。

 すると、アカリの黒い髪が赤み掛かり、あっという間に髪全体が紅く染まる。


「何か、前より早くなってない?」

「そう? 慣れよ、慣れ。そんな事よりも、何か魔法を使ってみてよ」

「じゃあ……」


 僕は杖を握る手に力を籠めると、魔力を練り始める。


(せっかく魔力を使うなら、何か役に立つものが良いよな)


 うーん、と頭を悩ましていると、ふと喉が渇いている事に気付いた。

 これから戦争をするって事に知らず知らず緊張していたのかも知れない。


(よし、決めた)


「いくよ、アカリ」

「えぇ、いつでも」


 アカリの返事を聞き、僕は魔法を唱える。


「〈世界に命じる。水よ湧け。ウォーター〉」


 体内で練った魔力が失われる代わりに、杖の先からゴポッという音がしたかと思うと水が湧き出した。

 生活魔法の一つである、水を生み出すウォーターの魔法。

 喉が渇いていた僕は、水が湧き出している杖の先に口元を近付けそれを口にする。


「……それって飲めるの?」


 アカリがキョトンとした顔で聞いてきたので、口を離し手で拭う。


「当たり前だろ。ただの水なんだから」


 昔、僕がまだ小さかった頃、アーネ達と遊んで喉が渇いた僕達に、父さんが良くウォーターの魔法を使って、僕達の喉を潤してくれていた事を思い出す。


「ふーん、便利な物ね」

「——で、どうだ? 魔法、使えそうか?」


 すると、アカリは腰に手を当て胸を張る。


「当然。まぁ、見てなさい!」


 と、腰に当てていた手を胸の前で組む。


「えーっと、たしか。……〈世界に命じる。水よ湧け。ウォーター〉!」


 アカリが力強い言葉で魔法を口にした。しかし、何の変化も見られない。


(やっぱりな……)


 まだ手を組み、目を瞑っているアカリに声を掛けようとした時、


 ——チョロ


 組んだ手から、ごくわずかだが確かに水が流れ出している


「……うそ……」

「ん? あ、水が出た! ほらね、ユウ。言った通りでしょ!」


 どれどれ、とアカリは口を自分の手に当てて、自分の生み出した水を口に含む。


「あ、美味しい。井戸の水と比べるとすっきりした感じね」

「……」

「でも、ユウのとは違って、ちょっとしか出ないわね。何でだろ?」

「……」

「なんか違ってたのかしら? ——ってユウ、聞いているの?」

「……何で?」

「もう! ほんとに信じて無かったのね!」


 信じられないわ!と頬を膨らませるアカリは、〈ウォーター〉が使えた事に満足したのか【忌み子】化を解く。

 その姿をボーっと見ていたが、僕は完全に混乱していた。


(なんで? この世界には魔法が無いんだろ? 僕の魔法だって、自分の魔力を利用して……。——あっ、そういう事か……)


 そうだ、僕だって魔法が無いこの世界で魔法が使えるんだ。【忌み子】になったアカリも魔力が使えるのなら、何ら僕と変わらないじゃないか。今になってそれに気付くなんて。でも、


「ねぇ、アカリ?」

「何よ!?」


 アカリは僕が信じていなかった事に腹を立てたのか、語気が荒い。


「ごめん、機嫌直して。 一つ聞きたいんだけど良いかな?」

「ふん! ……で、何よ?」

「アカリはどうやって魔力を練ったの?」

「魔力を、練る?」

「うん」


 幾ら魔力が扱えるといった所で、魔力集中は別物だ。

 学校に入ってから最初期に教わるそれ無くして、魔法は行使出来ないと教わった。それは、この世界でも例外では無いはず。

 でも、魔法の概念の無いこの世界では、アカリにそれを教える事が出来る人は存在しない。僕を除いて。だが、僕はアカリに教えた事は無い。じゃあ、一体?

 その謎について、アカリに聞いてみたが、


「何、それ?」

「何って、こう、自分の中の魔力をこう、練り上げるみたいな」

「? そんな事はしていないわ。普通にユウの言った言葉を言っただけだもの」

「え? それって」

「あー、ここに居たっすねー!」


 僕が次の疑問を口にしようとした時、戦場には場違いな明るい声が聞こえた。

 声のした方を振り向くと、赤茶色の鎧を身に付けた侍が一人、僕達の元へとやってくる。

 この侍は、僕達が今居るこの(そなえ)の隊長である、石塚さんだ。

 石塚さんはシンイチさんが率いる東夷軍の三番隊を任されている女性の隊長さんで、僕たちはこの石塚さんの支配下に置かれていた。

 年齢は判らない(女性に年齢は聞いちゃダメっすよ~と言って教えてくれなかった)がユキネさんよりかは年上だとアカリは言っていた。

 僕はもとよりアカリより背は低いが、大人の女性らしい体つきをしており、今は鎧の下にその豊かな胸を無理やりしまっている感じだ。

 肩までの、少し褐色掛かった黒髪を一つに纏め、それを揺らしながら僕たちの元までやって来ると、ポンと手前に居た僕の肩に手を乗せて、


「そろそろ出陣っす。アカリ様もユウ殿も戻ってきて欲しいっす」


 と丘の下に居る、僕たちと一緒に戦う弓矢や槍、旗を持つ侍や兵たちを指差す。


「分かりました。ユウ、戻りましょう」

「待って、まだ聞きたい事が」

「この戦が終わったらね」


 だからさっさと終わらせましょう、と歩き出す。


「……そうだね」


 たしかにこの話は簡単に終わる様な話じゃ無さそうだ。

 だったらこの戦争を終わらせてからの方が良い。

 そう決断して、アカリに遅れて歩き出す僕の耳元に、石塚さんがそっと、


「何すか? もしかして、愛の告白っすか?」

「違います!」


 僕の声に振り向いたアカリは、そんな僕と石塚さんのやり取りを可笑しそうに見つめていた。


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