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マキとコトハ

 

 《珠》が割れ消えると、今朝未明のアカリとカズヤの会話が大広間に響き渡る。

 そこから大広間は地獄絵図と化した。

 大広間に響く《声》を、大声を張り上げることによって掻き消そうとするカズヤ。

 それを、カズヤを上回る声量の持ち主である宰相さんが幾度と無く叱り付ける。

 大広間の後ろに居て、カズヤを煽て上げていた地方大名や侍達も自分は悪くない、自分は最初からカズヤ様が怪しいと言っていた、自分はアカリ様を信じていた等と思い思いに保身を口にする。

 それらを見て、こめかみに手を当てて首を横に振るお殿様。


 《「お前達、アカリ様を逃がすなよ! 攫って利用するんだからな!」》


 そしてようやく、アカリの作った〈レコーディング〉の珠の《声》が終わる。


「……私の証拠は以上で御座います」


 アカリが優雅に頭を下げる。

 もはやカズヤが何を言っても覆せない程の状況。それは本人も解っているのか、カズヤは途中で泣き崩れていた。


「嘘だ……。こんなのでっち上げだ……」


 畳に突っ伏し、涙声でそう訴えるカズヤ。その姿はもはや哀れとしか言いようがない。


「……殿——」


 宰相さんがお殿様に向かい、額を畳に擦り付ける。


「——この度は、我が愚息が犯した国家転覆を企てるという大罪。もはや許される事では御座いません。此度の責任を取り、この私も腹を切る所存」

「……じい……」


 お殿様は寂しげに宰相さんを見つめると、一転厳しい顔つきになりカズヤを見る。


「——カズヤよ、此度の一件、断じて許すわけにはいかぬ。最早極刑もあると心得よ。しかし、カズヤよ。お主も侍を目指し、この国に仕えていた者の一人。それが何故、国家転覆などという考えに至ったのか、余に教えてはくれぬか?」


 最初は厳しい声だったが、最後は諭す様な声に変わったお殿様。何故カズヤがそんな考えに至ったのかをカズヤの口から聴きたいらしい。


「証拠の《声》によれば、お主は東雲との戦を望んでいたと言っておったな。戦をしなかった事でマキ殿が殺されたとも」

「……」

「マキ殿を殺された報いを受けさせる為に、東雲と戦を、と。しかし、それが出来んかったこの国に失望し、その事から国家転覆を謀る様になった、と」

「……」

「——じぃ、あの件、カズヤには話しておらなかったのか?」


 お殿様は、いまだに頭を下げ続けている宰相さんに確認する。あの件とは一体?


「……はい。言っておりません」

「……父上、あの件って一体?」


 泣き崩れていたカズヤが体を起こし、土下座を続ける宰相さんに問い掛ける。

 しかし、宰相さんは答えようとしない。

 見かねたお殿様が、


「じぃが言い辛いのであれば、余から話すが良いか?」

「……ご随意に」

「うむ。カズヤよ、東雲との小競り合いが頻発していた頃、余やじぃを含めほとんどの者が戦に賛成しておったのだ」

「……え?」

「だが、その戦に待ったを掛けたのは他でもない、お主の母親である、マキ殿だ」

「!? 母様が!?」

「うむ。のちに判った事だが、その年、東雲では何年に一度かの凶作でのう。東雲の民の多くは飢えに苦しみ、そして死んでいったと聞く。その結果、東雲と境を面する町や村が襲われる様になった。小競り合いの原因は、東雲の民たちが食料を求め暴徒と化した結果じゃ」

「……」

「だが、余もじぃも他の大名達もそんな事とは知らなかった。結果、東雲との戦になり掛けた所を、マキ殿が反対したのじゃ。『何か訳が有るはず。それを調べてからでも遅くはない』とな」

「母様……」

「あの時のマキ殿の迫力と言ったら、それは怖かったのう、じぃ? 二人して震えあがったわ!」

「……その節はあれがとんだご無礼を働きまして」

「よい。過ぎた事で有るし、結果としてマキ殿が正しかったのだからな。調査した結果、東雲が飢え切っている事を知った余らは東雲に使いを出し、当分の食糧を譲渡し、代わりに東雲からは一人の美しい姫がやって来た。……名をコトハという」


 その瞬間、


「——!? お母様!?」


 アカリが反応する。


「そうだ。アカリの母親であるコトハは、その時この国に来たのだ。表向きは余の後添いとしてだが、実際の所は我が国の援助に対する見返りみたいなもんじゃった」

「……お母様が東雲のお姫様……」

「だが、そんな事は関係無い。余はすぐにコトハに惚れこんでしまったからのぅ。あれは美しい女だった……」


 アカリのお母さん、コトハさんを思い出しているのだろう、お殿様は少し顔を上げ、優しい顔になる。


「——だが」


 急に声が低くなる。その表情も険しくなる。


「あの事件が起きてしまった。コトハとマキ殿が殺され、アカリがケガを負ったあの事件が」

「……お父様」

「すぐさま事件の捜査が行われ、犯人が特定された。東雲の間者の仕業だと。余は絶望したよ。手を差し伸べた事を後悔した。それでもコトハの祖国じゃ。コトハの事を愛しておったからの。報復による戦などしたくは無かった。だが、余はこの国の元首。己の感情を優先させてはいけない立場じゃ。コトハもマキ殿も民に好かれておったから、民情は報復戦を望んでおったし、当時の合議でも、開戦派がほとんどだった。今回ばかりは余も開戦やむなしと思っていた時、一人の男が開戦に待ったを掛けたのじゃ。それはあの時のマキ殿の様に、の」

「……殿……」

「あの時は針のむしろだったのではないか、じぃ? とにかく、宰相殿が戦に全面的に反対、その理由も理に適っており、さらに合議を重ねた結果、戦は回避された。これが、余の知る限りじゃ」


 お殿様はこれで話は終わりとばかりに、傍にあった肘掛に肘を掛け頬杖を突き、目を瞑る。


「……父上、なぜその時戦に反対なされたのですか?」

「……」

「母様を、自分の妻を殺されて、何故報復しようと思わなかったのですか!?」

「……」

「僕は嫌だったのです! まるで母様が蔑ろにされたみたいで! だから、報復をしないこの国に嫌気が差した! それが僕が謀反を企てた理由だ!」

「……カズヤ……」

「父上、答えてください! なぜ、戦をしなかったのです!? 母様を愛してはいなかったのですか!?」

「……」

「答えてください、父上!!」


 カズヤの悲しい叫びに、宰相さんは土下座したまま、ポツリと呟く。


「……あれがそう望んだからだ……」

「——え?」

「——じぃ、もうよい。頭を上げよ。いつまでもじぃに頭を下げさせていると、余まで悪人になったみたいじゃ」

「……分かりました」


 そういって、宰相さんは頭を上げ、背筋をピンと伸ばす。

 そして、カズヤの方を向くと、


「あれが戦に反対したからじゃよ」

「……え? だって母様は殺されて……」

「いや、あいつは、マキはまだ息が有ったのじゃ。すぐさま医者が呼ばれ、懸命な治療が行われた」

「まさか、そんな……」

「だが、傷が深くての。医者に助からんと言われた。わしはマキが横になっている床に向かうと、マキに言った。『傷は深く無い。医者からは助かると言われた』、とな」

「……」

「だが、本人の事は本人が一番良く知っているもんじゃ。マキはわしを見つめると、『嘘つきね』と言って笑っておった」

「……母様」

「それからマキに言われたよ。自分が襲われた事が原因で、戦になる事が無い様にしてほしい事を。だが、わしは言った。コトハ様も殺されたとな。だからそれは避けられないと」

「……」

「するとマキはスーッと涙を流し、『アカリちゃん、ゴメンね』と謝っておった。そして、またわしを真っ直ぐに見つめると、『私もコトハちゃんも戦なんか望んでいない。戦で多くの民が死んでしまう事を望んでいない』と、そう訴え続けた。わしが分かったと言うまで、死ぬその時まで、な」

「マキ様……」

「……そんな」

「その後、マキは眠る様に逝った。最後に『カズヤを宜しくね』と笑って……」

「母様——っ」

「だからわしは、戦に反対したのじゃ。そして、いまでもわしはその決断が間違っていないと、胸を張って言える」

「父上……」

「それが当時の真相じゃ」


 そこまで言うと、宰相さんは改めてお殿様の方を向くと、再び頭を下げ、


「……殿、此度の事、私が未熟だった為に起ったことでございます。どうか、私めにも罰をお与えください」

「……父上……」


 すると、カズヤが宰相さんの隣に並んだかと思うと、畳に額をぶつける勢いで頭を下げる。


「殿!今回の謀反の企ての罪、全てを認め、罪を償います! ですから、父は、父上だけは、どうか!」

「……カズヤ……」


 親子が並んで頭を下げるその姿に、お殿様は肘置きから身を起こして、


「宰相殿と、その息子カズヤを牢に連れて行け。追って沙汰を知らせる」


 お殿様の指示により、大広間の階段に居た侍が、宰相さんとカズヤを連れて部屋を出て行こうをする。が、


 ドタドタッ!


 大広間に通じる階段下から侍が大慌てで駆け込んできた。

 そして、そのまま連れて行かれそうになっていた二人の横を通り過ぎると、お殿様の前に行き跪く。


「殿! 一大事で御座います!!」

「どうした?」


 すると、入ってきた侍は顔を上げて、報告する。


「——西の国境に、西宮国が攻めて参りました!!」


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