紛糾
△ カズヤ視点 (一刻程前) △
「あいつらは、その《珠》を持ってこの城に向かっているんだな!?」
僕は参謀殿が送ってきた使いに怒りをぶつけた。
数刻前に参謀殿から、あのユウという小僧が、僕が謀反を企てている事の証拠を持っているかもしれない事、それが何らかの《珠》で有る事、今は配下の人間を使って、その珠の奪取、および小僧の殺害。そして【忌み子】の誘拐を実行しているとの連絡が入った。
今朝未明の【忌み子】との話合い、及び襲撃が失敗に終わってから、その後の奴らの動向が気になった僕は、屋敷に戻り着替えを済ますと、早々に登城、本条家に割り当てられた部屋で奴らが城に来るのを警戒していたのだが。
「いえ、違います」
その使いは僕の怒りを平然と流しながら、否定してきた。
「……どういう事だ? 襲撃は失敗したのだろう……?」
使いに説明を求める。
「襲撃自体は失敗しました。ですが、奴らにとって要の物はこの様に……」
そういって使いは懐にてを突っ込み風呂敷を取り出す。
「——これは?」
訝しげにそれを見た。なんの変哲も無いただの風呂敷包みに見えるが。
「これこそが奴らの言う証拠の《珠》でございます」
そう言って風呂敷包みを解く。
すると中から虹色に鈍く光る、不思議な珠が出て来た。
僕はそれをおそるおそる手に取る。
重さはほとんど感じない。鳥の羽の様に軽い。質感は水泡の様にゆらゆらと揺れていて、軽く力を入れるだけで割れそうだ。
「こんな物が証拠だと?」
怒りのあまり、手に力が入る。途端、ポンと珠が割れてしまった。
「しまっ!?」
慌てるも後の祭り。珠は消えてしまう。
爆発でもするのかと蹲りビクビクしていると、不意に僕の声が部屋に響く。
《「アカリ様は私が謀反を考えていると、いまだにお思いなのですか?」》
(ん? 今のはたしか)
顔を上げながら思い出す。今のは今朝方の【忌み子】との会話だったはず。
その後も部屋に響く【忌み子】との会話。《声》は僕が謀反を企てていると明確に口にしている。
《「この国を壊す! そして作り変えるんだ! それこそが母様が喜ぶ唯一無二! その為に僕はあいつらを利用しているんだから!」》
その言葉を最後に《声》は聞こえなくなった。
背中に冷たい汗がいくつも流れる。
こんなものを証拠として出されたら、間違いなく終わっていた。僕もあいつらも・・・。
「……危なかった……」
率直な感想だ。まさに破滅的な結果を招いていた代物だ。
「どうやってこれを? 襲撃は失敗したと言っていたよな?」
「はい、襲撃は失敗しました」
「ならばどうやって?」
「スリました」
「……はい?」
その時の僕はとても間抜けな顔をしていただろう。
使いは僕の言葉を質問と受けたのか、改めて答えた。
「ですからスリました。男の方が、仲間に追われて大通りに出た際にわざとぶつかって」
特に難しくは有りませんでしたと、使いの者は平然と述べる。
「スッた後、何も無いとすぐ気付かれるので、こちらで用意したガラス玉を代わりに奴の懐に入れました。特に気付いた様子は無いので、これで問題は無いかと」
「では、奴らはただのガラス玉と知らずにこの城まで来るという事だな?」
「はい。おそらくは」
「……くくっ、あーはっはっは!」
「……カズヤ様?」
これは傑作だ!奴らはこの前と同じく、わざわざ危険を冒してまでまた恥を掻きにこの城を目指している。これが笑わずにいられるか!
「もうすぐ奴らは城に来るんだな?」
笑いが収まった僕は、使いの者に質問する。
「はい」
「これは見物だ!また【忌み子】の絶望した顔が!あのユウという小僧の絶望した顔が拝めるとは!」
僕は部屋にある小窓から城下を眺める。
「早く来い!早く! そしてまた、僕を楽しませておくれ!!」
その時を今か今かと待ちわびる。
△ ユウ視点 △
僕の用意した《珠》はいつの間にか偽物にすり替わっていた。
(何時だ!? 出掛ける前に確認した時は本物だったはずだ!?)
屋敷を出る際、念の為に風呂敷の状態を確認するついでに《珠》も確認したが、問題無かった。
(襲撃の時か!? いや、あの時は僕も集中していたから無理なはず。じゃあ一体!?)
焦る気持ちで原因を探る。だが、本当に焦って、いや、混乱していたのだろう。今はそんな事を考えている場合では無いというのに。
「小僧……」
凄みの含んだその言葉。
はっとなり、顔を上げると、そこには大層ご立腹なお殿様が僕を睨んでいた。
「——お主、一度ならず二度までも、余を謀る気か?」
「いえ、そんな事はっ!?」
「では、そのガラス玉は何だぁっ!?」
そう言って指差す所には、僕が叩きつけたガラス玉が転がっていた。
それは、〈レコーディング〉で作った《珠》とは全然違う物。
「こ、これは、誰かに入れ替えられたんです! 本物とガラス玉を! ここに来る前に僕とアカリは襲撃に遭いました! 多分その時に——」
「まだ嘘を吐くかぁ! 余の治める日之出国の天下の城下町で、しかも昼間に襲撃などあろう筈も無かろうが!!」
「いえ、お父様。襲われたのは本当です。私はまた攫われそうになったの!」
「うぬ!? アカリがそう言うなら本当の事なのか?」
お殿様の勢いが明らかに落ちた。やはり娘には弱いのだろう。
って、そんな事を悠長に考えている場合では無かった。
「ですが実際、僕が謀反を企てている証拠は無いんですよね? 僕も疑われたのは二度目。幾ら僕が寛大な男でも、こう頻繁に疑われるとなると……」
とカズヤがそこまで言うと、周りの人達も、
「そうだ!カズヤ様のご迷惑だ!」「私は最初から、あの男が信用出来ないと言っておったでは無いか!」「きっと、さっきの術も何かカラクリがあるに違いない!」
等と捲し立てる。
その声に後押しされている訳では無いが、カズヤはフフンと鼻で笑うと、僕を見てニヤついた。
(ほんと、頭に来るよな、あいつ! だが、困ったぞ!? これではカズヤの企てを立証する事が出来ない。 これじゃ前回と同じだ!)
前回同様、証拠が無いとしてカズヤは無罪放免。僕はまた捕まって、今度は二度とあの牢屋から出られないかも知れない。
「ほら、出しなよ。 僕が謀反を企てているって証拠をさ。無いなら、名誉棄損で逆に僕が君を訴えるけど?」
「そうだ!カズヤ様のご名誉を傷付くる愚か者が!」「そんな奴、とっとと打ち首でもなんでも掛けてしまえば良いんだ!」「奴はきっとこの国を陥れようとする、東雲の奥の国とやらから送られた間者かも知れぬぞ!」
周りが騒ぎ立てる中、どこかで息を大きく吸う音が聞こえた。
(!? あ、これは!?)
僕は瞬時に耳を塞ぐ。それは前回の合議で学んだ事。そして耳を塞いだ瞬間、
「静かにせんかぁあ~~!!!」
と、宰相さんの怒声が大広間に炸裂した。
耳を塞いでいたのに、耳の奥がキィンと痛みを訴える。
前回はこれをモロに食らったのだ。しかも至近距離で。耳に障害が残らなかったのは奇跡だと思う。
「皆の者、殿の御前で何たる醜態! ——殿、大変お見苦しい物を」
「いや、じぃ。余も悪かった所が有ったのじゃ。済まぬの」
「……殿。勿体のぅ御座います」
と、互いの非を詫びあうお二人。良い関係なのだろうなと感じる。
(って、何を暢気に!)
だが、無い物は無いのだ。
〈レコーディング〉の珠をもう一度作る事も不可能だ。今回の事でカズヤは警戒し、僕たちの前では二度と謀反の事を口にしないだろう。
もう、カズヤの企てを止める手段は潰えた。完全に僕たちの負けだ。
絶望に打ちひしがれて項垂れている僕を見て、耳の痛みからやっと解放されたカズヤが両腕を掻き抱きながら、愉悦の色を浮かべていたのが垣間見えた。その表情がとても気持ち悪くて、まともに見れない。
「——小僧、前回に続いて今回も、確たる証拠も無いままカズヤに嫌疑を掛け、貴重な合議を混乱させた罪、許す訳にはいかん」
項垂れている僕の耳に、お殿様の沙汰が聞こえる。
「しかも、先程の怪しい術に関しても質疑せねばならん。異論はあるまいな?」
お殿様の最終確認。それは僕たちへの降伏勧告……。
「……何も無ければこれにて終了とす——」
「——ちょっと待ってください」
それは黙って座っていたアカリが発した、敗北を、殴って、蹴って、切り捨てるかの様な、清楚で、精悍で、覇気に満ちた声。
「……なんだ、アカリ。何かあるのか?」
お殿様が厳しい顔をする。その顔には、もう何も言うな、これ以上立場を悪くするなと訴えかけている様だった。
それが、そんな親心が解らないアカリでは無い。だが、
「——はい」
お殿様の目を真正面から受け止め、逆に自分の意思を乗せてお殿様に向ける。
そして、その目は項垂れていた僕にも向けられた。
その目に宿るは、まさに戦闘開始の合図。漂う絶望感など微塵も感じさせない。
「——ではアカリよ、申してみよ」
「有難う御座います。ではまず始めに、私は謝らなければなりません。カズヤ殿とユウに」
「……ほう。して、二人に何を謝る?」
「はい。ではまずカズヤ殿。何度も嫌疑をお掛けして本当に申し訳御座いません。これを最後に致しますのでご容赦ください。そして、今までの数々のご無礼、許して頂きたい。これもこの国を、国民を守る為に行った事。平に……」
「何をおっしゃいます、アカリ様。僕とアカリ様の仲ではございませんか! これも互いをあまり良く知ろうとしなかった事が発端。これを機にもっとお互いの仲を深めようではありませんか!」
「さすがカズヤ様だ!あれほどの無礼千万をああも簡単に許すとは!」「なんて懐の深いお方なのだ!」「これでこの日之出国も安泰ですな!」
アカリの真意をまだ計れていない僕は、突然始まったアカリの謝罪を、どこか釈然としない気持ちで聞いていた。
だが、そんな事は気にも留めないカズヤや地方大名達は、アカリの敗北宣言にも聞こえる謝罪を聞き、ご満悦で騒ぎ立てる。
一方で、上段に座るお殿様と傍に控える宰相さんは憮然とした表情を浮かべ、こちらの真意も判らない。
やんややんやとカズヤへの称賛が騒ぎ立っている中、今度は僕に対しての謝罪を始めるアカリ。
もしかすると、前回と同様に、今回も僕を牢屋に容れてしまう事への謝罪かもしれないと思ったが、アカリの表情を見るにそれは絶対無いと確信出来る。じゃあ、一体何を?
「——ユウ。今回もあなたに多大な迷惑を掛けた事を許して欲しい。【忌み子】と言われ忌避されたこんな私に優しくしてくれて、力になってくれて、……相棒だと言ってくれて。本当に嬉しかった。怖い思いをしてまで、体にたくさんの傷を負ってまで、私を助けてくれた事、本当に感謝しています。本当に有難う」
そう言って深々と頭を下げるアカリ。そのアカリの言葉に何故か「ぐぬぬっ!」と唸るお殿様と、「まぁまぁ、殿」と抑え宥める宰相さん。
深々と下げていた頭を上げたアカリ。その顔はこれからとっておきの悪戯でもする様な、底意地の悪い笑顔だった。
「そして、本当に御免なさい。あなたを騙していた事を。でも相棒のあなたなら、きっと笑って許してくれる筈よね♪」
と、そこまで言うとお殿様の方に向き直り、着物の懐に手を入れる。
そして取り出したのは、一つの風呂敷包み。それをそっと目の前に置くと、包みを解く。
ハラリと風呂敷が畳に落ちると、現れたのは七色に光る水泡の如き丸い《珠》
「……え? なんで?」
無意識にそう発していた。
僕の持っていた《珠》とは違う。使っていた風呂敷も違う物だったし、何よりあの《珠》に込められた魔力は僕の物では無い。——僕の魔力じゃない!?
「何でそれがもう一つあるんだよぉ!!」
カズヤも《珠》に気付き、絶叫する。その言葉はまるでこの場に来る前に《珠》の存在を知っているかの様な口ぶりだ。
それに気付いた宰相さんもピクリと眉を上げる。
「——お父様、そして皆さん。お待たせしてしまい済みません。これがカズヤ殿が謀反を企てている証拠で御座います!」
そう力強く宣言すると、アカリは《珠》に力を込めた。