偽物
天守の大広間で、僕の作った《珠》が証拠となりうる事を実証した結果、大広間は静寂が支配した。
まるで、何かを言えばその《声》が盗まれるのを恐れるかの様に。
「……うむぅ、凄い術じゃのう……」
だが、永遠に続くかと思われた静寂は、一国の主が感嘆の声を上げる事で終わりを告げた。
「……確かに、これなら証拠としては充分であると思うが、どうじゃ、じい?」
「……はい、私もそう思います」
お殿様と宰相さんから、〈レコーディング〉の信憑性にお墨付きを得た事で、それが確証たる物だと認めてもらった。
アカリが勝ち誇った顔で僕を見る。まだ何も解決していないが、この〈レコーディング〉を信じてくれるかが最大の難関だったので、そんな顔をするのも頷けるというものだ。
「な、なんという術だ……」「こんな事があの若造に出来るとは」「東雲の先にあるという国は、げに恐ろしい国なのでは?」「これは東夷軍に調査を依頼するべきでは無いか?」
お殿様と宰相さんが声を発した事で安堵したのか、周りの人達もそれぞれ思った事を口にする。
「——それで、小僧の出したその《珠》を用いて、カズヤに謀反の企てを明るみに出すというのだな?」
「はい」
お殿様がアカリに確認、アカリが返事を返すと、宰相さんを見る。
宰相さんは頷くと、
「城の中に居るカズヤを連れて参れ」
と大広間の出口に居た侍に指示を出す。
(アカリの読み通り、カズヤは城に来ていたのか)
今朝未明にアカリを攫い、僕を殺そうとして失敗したカズヤ。その後、僕たちがどういった行動をするのかが気になって仕方なかったのだろう。
何かの証拠、例えば僕たちを襲った追っ手の身元が判明し、それを城へ報告される事を恐れていたのかも知れない。居ない所で事が進むよりも、城に居て事が起きた場合はすぐに反論出来る様にしておきたかったのだろう。
(逆に居てくれた方が、こっちとしては都合が良かったんだけどね)
お殿様と宰相さんが保証してくれた〈レコーディング〉の珠という証拠を突き付ければ、カズヤも悪あがきは出来ないだろう。
このお城な逃走の恐れも無い。すぐに今回の企ての件は解決という訳だ。
(解決した後、どうしようかな……)
この件が解決したらどうするかは考えていなかった。いや、敢えて考えない様にしていた。
なんでこの世界に来たのかは分からないし、元の世界に戻れるかも分からない。
恐らく、何らかの魔法、例えばあの絶対的な死という状況から逃れる為に、無我夢中で何かの魔法が発動したのかも知れない。そんな記憶は無いけれど、この世界に来た時に記憶が無かったのは、その魔法が強力過ぎた反動だったのか。
ここでは無い違う国へ行って、元の世界に戻れる方法を探しに行くのも良いが、この世界には魔法という概念が存在しない事から、それも難しいかと思う。
(それに、元の世界に戻ってもサラは……)
——あの光景が蘇る。ザファングによって殺されたサラの最後を——
サラの居ない世界で生きたいとは思えない。僕はそんなに強くない。
今だって、サラが居ない事を考えただけで失意に潰されそうになるのだ。
(このまま、この国でアカリのお世話になるのも良いかな……)
幸い、皆優しくしてくれるし、この国にはザファングの様な魔物も居ない。戦争はあるが平和で安心できる国だ。
アカリに頼めば、住処や仕事を紹介してもらえるかも知れない。魔法以外取柄は無いけれど、それを生かした何かが出来れば良いし、別に違う仕事だって出来る。畑仕事も得意だ。
そんな来るべき未来を想像していると、大広間がざわついた。
振り向くと、カズヤが大広間に入室する所だった。
カズヤは多少オドオドしているものの足取りはしっかりしており、僕たちの所まで来ると並ぶ形で座り、頭を下げる。
「お呼びと聞き、このカズヤ参上いたしました」
「——うむ。さっそくだが、お主に謀反の嫌疑が掛けられておっての」
「はい、しかし、前回の合議において完全に否定し、証拠も無い事から嫌疑不十分となったのでは?」
「それがの、そこに居る坊主が新たな証拠を持ってきての」
「……新たな証拠、ですか?」
「うむ。だからお主をここに呼んだのだ」
「解りました」
そういうとカズヤはちらりと僕を見る。だが、その顔はどこか勝ち誇った様な表情だった。
(……なんだ?)
嫌な予感がし、頬に汗が流れた。だが、ここは天下の城内。やましい事は出来ない筈だ。
「うむ。では坊主、準備が出来たらその証拠とやらを聞かせてもらおうか」
だが、僕の懸案をよそに、お殿様が指示を出す。
「分かりました」
意を決して、目の前の畳に置かれている風呂敷の結び目をそっとほどく。
すると、ハラリと風呂敷がほどかれ、中から珠が姿を現す。
「——え?」
しかし、その珠を見て愕然とする。普通なら、ここで珠に力を込めて割るのだが、それが出来ない。
僕の様子がおかしいことに気付いたアカリが声を掛けてくる。
「ちょっと、ユウ。どうしたの?」
だが、その声は遠くから聞こえているかの様に僕の耳に微かにしか届かない。
震える手でその珠を手に取る。
「ちょっと」
再び声を掛けてきたアカリに僕は震える声で伝える。
「……物、だ……」
「……え?」
そこで僕は何故かカズヤを見た。カズヤは見下す様な薄ら笑いを浮かべ、嘲笑う。
(——やられたっ!)
瞬時に理解する。これはカズヤの仕業だと。
「ちょっ!?」
僕は持っていた珠を畳に叩きつける。アカリが焦った様に声を出すが、
ゴッ!
「……え?」
その珠は割れる所かヒビ一つ入らない。
当たり前だ。ただのガラス玉なのだから。畳では割れはしない。せいぜいが欠ける位だ。
「……なんで?」
アカリが呆然とする中、僕は答える。
「これは偽物だ……」