意気消沈
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
カールとの模擬戦の次の日から、僕は日課だった朝の鍛錬を止めた。上位クラスになってからは、一度もサボる事の無かった朝の鍛錬。それを止めてしまったのは、やはりあの模擬戦での惨敗が原因だった。
少しも進歩が見えない鍛錬。それでも毎日行えたのは、自分の中にあるかも知れない、ちっぽけな可能性にしがみ付きたかったからだ。鍛錬を行っていれば、いつかは魔法を使えるかもしれないという可能性に齧り付いていたかったからだ。
しかし、そんな可能性は微塵も無かった。模擬戦という、相手ある戦いの最中なら、もしかしたら魔法が発動していたかも知れない。しかし、父さん譲りの杖でも出なかった魔法が、学校にある普通の杖で出るとは思えなかった。それに万が一呪文を唱えて、いつもと同じ様に全く発動しなかったら、サラになんて顔されるのか分からない。すごく幻滅されてしまうかもしれない。兄としてそれは、酷く辛いものだ。まるで学校と同じ様に、家でも居場所が無くなってしまうと感じてしまう程に。
サラが診療室を出て行った後、頭痛がある程度収まった僕は、学校に居たくなくて、まるで逃げる様に家に帰った。どうせあのまま学校に居ても、後の授業に出る気も無かったし、それを先生に咎められても、体調を理由にして早退していただろう。
いつもより早い時間に帰った僕を、母さんは変な顔一つせずに心配してくれた。しかし人の優しさが痛かった僕は、母さんに何を言うでも無く部屋へ篭った。その後帰ってきたサラも、心配して部屋へと来たのだが、寝たふりを決め込んだ僕に、何も言わずそのまま部屋から出ていった。そして僕はいつしか眠っていた。
朝の鍛錬の習慣が残っているのか、朝早く起きてもそのまま二度寝をした。母さんが起こしに来るまで眠り、朝食を食べ、学校へと行く。そして学校から帰ってきて部屋に篭り、晩御飯を食べて眠る……。模擬戦後の一週間はそんな生活だった。サラも初めのうちは何かと気を使って僕を励まそうとしてくれていたが、いつまでも無気力な僕を見て、心配そうに見つめるだけになっていった。
☆
「「いってきます」」
今日も僕は、サラと一緒に学校に向かう。正直学校に行きたくは無いが、だからといって家にいた所で、今度は母さんに心配を掛けるだけだ。なら学校に行った方がまだマシだと思った。家族に心配を掛けるのはやはり辛いから。今さらだけど。
いつもなら、サラは僕の隣を歩き、他愛ない話をしながら登校していたが、今では僕の後ろをトボトボと付いて来るだけになっていた。兄として申し訳ないと思うが、今さら何をすれば良いのか、心に余裕の無い僕には何も思いつかなかった。
いつもよりも少し時間が掛かって学校に到着した僕たちは、そのまま昇降口に向かう。
「お兄、またね…」
そう言ってサラは自分のクラスへと入り、僕も自分のクラスへと向かう。そこへ──、
「いつまでもしょげてるんじゃないわよ。みっともないわね!」
いつの間にか後ろに居たアーネが、スパンっと僕の背中を叩いてきた。
「サラちゃんがとても心配してるわよ。男の子なら、一回負けた位でウジウジしないの!」
アーネなりに僕を励まそうとしているのだろう。それは分かるのだ。しかし、
「……アーネに言われなくても分かっているよ。良いからほっといてくれ」
アーネから距離を取るように歩く速度を速めた僕は、教室の自分の席に早く座りたかった。後ろでアーネが何か言っているが、耳に入らない。
教室へ入ろうをした時、ちょうど教室から出てくる生徒とぶつかってしまった。ぶつかった勢いで、お互い尻餅をつく。
「―っ痛、おい! どこ見てんだ!!」
その声はいつもカールと一緒になって僕を苛めている、カールの取り巻きだった。確かジョブは【シーフ】だった気がする。
「おい、聞いてんのか!この無能!」
ズボンをはたきながら立ち上がったカールの取り巻きは、僕を見下ろしながら、悪態を吐いてくる。いつもなら腹の立つところだが、全てにおいてやる気が起きない僕は、何も言い返さずに立ち上がる。ちなみに僕の方が背は高い。
「……ごめん、前を見てなかったんだ」
「んだと?! 前も見れない、魔法も使えないじゃ、もう学校なんか来なくていいんじゃないか、この無能!」
「……」
「おい、なんとか言ってみろよ!」
怒ったカールの取り巻きが、軽く背伸びして僕の胸倉を掴もうとする。と、その時、
「何してんだ?」
ちょうど登校してきたカールが現れる。最悪の状況だ。
「あ、カールさん。おはようございます! 実は、この無能が俺にぶつかってきて謝りもしないんっスよ」
カールの登場で途端に大きく出る取り巻き。というか嘘付くな! ごめんと謝っただろ!
「カールさんからこの無能に、なんか言ってやってくださいよ。 魔法も使えない無能なんて、学校に来るなって!」
そういって僕を突き飛ばす。僕は再び尻餅をついてしまった。
「ちょっと何してんのよ!?」
そこへアーネがやってくると、二人を睨みつけながら、僕の腕を掴んで引っ張り上げる。料理人のジョブの割に、かなり力があるなと少し感心してしまった。重たい鍋を振るうのに、力が必要だからかな。
「うるせぇ! 関係無いやつは引っ込んでろってんだ!」
「なんですって~~!?」
なぜか睨み合いを始める二人。すると、
「―ちっ、もういい。行くぞ」
「え、良いんスか。カールさん?」
詰まらない顔をして僕を見るカール。 そして僕の横を通る際、
「──女に守ってもらわなきゃ何も出来ねぇのか、無能」
そう言って、取り巻きを連れて教室へと入って行く。それを見た僕は、ただただ項垂れるだけだった。
「全く、ユウも何か言い返しないよ!」
そんな僕を見て、なぜかとても不機嫌になったアーネは、腰に手を当てて、怒り出す。……いや、さっきから怒りっぱなしか。
「うん、そうだね……」
しかし、いち早くこの場を離れたかった僕は呟く様に返事を返すだけ。それは、騒ぎが聞こえたのだろう、隣の教室の出入り口で、こちらを心配そうに見つめるサラと目が合ってしまったから。
アーネにお礼を言うでもなく、僕は逃げる様に教室の自分の席に向かった。そして机に着くなり鞄を机に置き顔をうずめる。
(何なんだよっ! 僕が何をしたっていうんだよっ!)
教室にいる同級生たちが皆、僕のことをバカにしている様な気がして、気恥ずかしさと泣きたい気持ちで一杯だった。やっぱり学校なんか来るんじゃなかったと、とても後悔した。この日は、今までの学校生活で、最低最悪な日だった……。